1-16. 悲劇で終わらせない冒険者たち
約3,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
「リッド! リッドオオオオオッ!」
「GIGI……GICHICHICHICHI……GIGI……」
ウィノーのサファイアブルーの瞳が潤み、涙混じりの悲痛な叫びがダンジョン中に響き渡る。
クレアは固唾を飲み込みながら【屍霊浄化】の準備を始め、ハトオロはこれ以上魔物の大顎がリッドに突き刺さらないように全力で防御力上昇の歌を歌い続けた。
リッドがウィノーに目を向けて弱々しくとも笑った。
「ウィノー……うぐっ……そんなに叫ばなくても大丈夫だ……まだモーニングコールには早いだろ?」
リッドは受け止め損なって手ぶらになっている左手を魔物の大顎に掛けて、これ以上深く突き刺さらないように押し戻そうとしている。その彼のせいいっぱいの冗談に、ウィノーがお返しとばかりに笑みを浮かべて口を開く。
「ああ、なんなら子守唄もまだ早いぜ……だから、そんなところで寝ようなんて許さないからな? 晩飯もこれからってことも忘れてないだろうな?」
「ははっ……それはまだ寝られないな」
咬みついている蟷螂の魔物が大した動きもせずにリッドに没頭する中、その周りの地面からボコボコボコと骨や腐肉付きの死体などが息を吹き返したように起き上がってくる。
蟷螂の魔物からはほかのアンデッド系魔物との連携がなく、一方で、アンデッド系魔物たちは蟷螂の魔物と徒党を組もうとする行動があった。
「ウィノーちゃん! スケルトンとスケルトンハウンド、リビングデッドまでもが出てきました!」
「KATAKATAKATA……」
「GURURURURURU……」
「AAAAA……AAAAA……」
「っ……晩飯は舞踏会付きのホームパーティーだったかな? おっと! オレの相手はクレアちゃんって決まってんだ。お前ら全員、一人で楽しんでいろよ!」
ウィノーは軽い調子のままに油断を一切せず、迫り来る魔物たちの攻撃を華麗な身のこなしで躱し、ハトオロやクレアの方へと近付けないために注意を引いていた。
リッドは持ち上げられて見下ろすような場所にいたからこそ、【屍霊浄化】の残滓を避けている魔物たちの動きがよく見えている。
「ぐっ……クレアさん! 【屍霊浄化】は発動後、屍霊除けの効果があるようなんだ! 準備ができたら速攻でウィノーに放ってくれ!」
「は、はい! もう少しです!」
クレアの【屍霊浄化】は魔法で使われる呪文の代わりに祈りの言葉が用意されている。
祈りは口に出して言う必要がない。しかし、少なくとも頭の中で祈りの言葉をイメージすることで、魔力を【屍霊浄化】用の魔力に変換していく必要がある。
「いきます! 【屍霊浄化】」
クレアの周りが聖域のように淡い光で包まれていく。その淡い光が彼女の言葉が放たれると同時にウィノーの方へと勢いよく広がっていく。ハトオロも彼女とウィノーの直線上に立つようにしてその恩恵を受ける。
「A, AAAAA……」
「GUUUUU……」
「VAAAAA……」
ウィノーを中心に放射状に広がっていく淡い光によって、スケルトンやリビングデッドは浄化され消えていく。広がりきった淡い光の周りには、魔物たちがその光に警戒して近付かないようにしつつ、少しずつ数を増やして群がり始める。
「クレアちゃん、ありがとう! さて、しばらく、リッド救出に気を割けるぜ……だけど、今のオレが一度に出せる魔力じゃ、さすがに2枚も同時に使えないし……」
「ふぅ……ふっ……すぅ……すぅ……すーっ……」
リッドは決して芳しくない状況を見ながら、ある決意を固めていた。
大逆転の可能性が非常に高い打ち手の反面、一気に窮地へと陥るかもしれない大博打の一手。打つしかないその一手を、彼の中で打つつもりであり、後はタイミング次第となっている。
だからこそ、今この瞬間をウィノーに任せて、彼自身は冷静に息を整えて己の気をひたすら落ち着かせていた。
「GICHI……GICHI……」
「そうだ、クレアちゃん! 何度も悪いけど、オレに合わせて、リッドに【屍霊浄化】を! あの大顎と大鎌をなんとかしたい!」
「は、はい! すぐに準備します!」
「よっしゃあっ! オレも魔力つぎ込むぜえええええっ!」
ウィノーは甲高い声を大にしてクレアに指示をした後、ふらふらと二本足で危なげに立ち上がりながら、器用に赤巻紙を1枚取り出して魔力を込め始める。
ウィノーの視線の先には落ち着きを払ったリッドがいた。
「……ウィノーちゃん! 私、いけます!」
「オッケー! クレアちゃん、いくぜ! 赤巻紙を1枚、【情熱的な抱擁】!」
「【屍霊浄化】」
クレアの【屍霊浄化】と【情熱的な抱擁】は同時に放たれ、【屍霊浄化】がリッドを優しく包み込み、【情熱的な抱擁】が蟷螂の魔物の頭部と大鎌の関節部に着弾する。頭部は燃え盛っていくものの、大鎌は魔力を打ち消す効果を持っているためか、【情熱的な抱擁】が着弾しても瞬時に消え去る。
一歩間違えれば、ウィノーの【情熱的な抱擁】がリッドに当たり燃やし尽くそうとするが、ほとんど動きがなかったこと、【屍霊浄化】でさらに動きを鈍くできること、ウィノーの命中精度が非常に高いことが重なって、リッドへの影響はほとんどなかった。
「GIGIGI!」
蟷螂の魔物も耐えきれなかったのか、大顎がリッドの左肩から外れるも、大鎌は彼の右腕を掴んだまま離さない。それどころか、頭部の燃え盛る火を払うように大鎌が大きく振られたため、彼は勢いよく振り回された。
ただし、彼はそれに一切動じることなく、さらに気を落ち着かせていく。
「うっし! 大顎が外れたぞ!」
「やりましたね!」
「ウィノーさん! クレアさん! 大顎は外れましたが、大鎌はまだリッドさんを捕えたままですよ! いずれまた咬まれてしまいます!」
大顎が外れたことを見て、ハトオロも歌を止めて、状況把握の話し合いに参加する。その時、クレアがある箇所を見て大きく口を開いた。
「あっ! 見てください! そんな……さっき壊した大鎌が復活してきています!」
クレアの言葉の通り、地面に大量にある骨たちが独りでに大鎌を形づくっていき、その復活も間もなく終わろうとしていた。
大鎌が2つに戻って大顎も含めて3か所で再度リッドが捕えられてしまえば、救出することがほぼ不可能になる。
「ちっ……このままじゃジリ貧だ……考えろ……考えるんだ、オレ……何か……くそおおおおおっ! せめて物理系がもう一人いれば……」
「おいおい、ウィノー……忘れたか? ないものねだりはしないって前に約束しただろ? 俺もむざむざやられるわけにいかない……俺の準備ができた……あれを使うから後は頼むぞ」
機は熟した。
蟷螂の魔物が鳴らす絶望への警鐘とともに、リッドの希望と不安を織り交ぜた反撃の狼煙がつけられようとしている。
「にゃっ! あれか……使うな、とは言えねえ……ごめんな……だけど、絶対に無理して死ぬなよ!? 約束だからなっ!?」
「……あぁ……約束だ。うおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオッ! 【乾坤一擲】オオオオオッ!」
リッドは【乾坤一擲】と叫び、周りの魔力をすべて一気に搔っ攫っていった。
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