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SKILL2 『確信的テロ事件』

――北地区ノウスシティ第五区画。○五時五三分現在――



 暗き闇。全てを飲み込む深淵の如きソレが存在するのは、電灯の普及率が極めて低いからである。


 気温は低く、零度に近いのは――――極端に暑く、極端に寒い砂漠故の常識あたりまえであった。


 その中で外套も羽織らぬ一人の男が直立不動で動かない。とある通り、商店が立ち並ぶそう広くも無いが、狭くも無い場所で。


 一陣の風が吹き――――短髪は微動だにしないものの、だらしなく纏われる衣服はなびいて、


「君に幸あれ」


 何かを願うように、だがソレこそが皮肉だと言うように男は嫌らしく口角を挙げ、笑むと言うより蔑むように目を細めると、男は背を向けてその場を去って行く。


 少しすると東の空は明るんでくるであろう時間帯。早朝と呼ばれる時間帯ではあるが、まだ誰もが活動を開始しない頃。


 男は眺めていた建物を遥か後方に送りながら、時計を確認する。


 長針は一一の数ミリ手前に。秒針は直ぐに一二の位置まで迫って、やがて到達する。そうすると長針は時間の経過を過敏に察知したように身体を動かし、時刻を五五分と表示させると――――同時に、彼が前にしていた店が吹き飛んだ。


 辺りが一瞬にして真赤に明るく光った後、凄まじい爆発音と共に商店は紅い炎と黒い煙に包まれる。凄まじい煙の臭いに彼は服で口元を押さえて振り返った。


 それは近辺の建物に被害を及ばせ――――誰かの悲鳴は、多くのソレを呼び起こし、やがて幾重にも重なるソレは酷く鬱陶しい騒音と化す。


 バチバチと火花が弾ける建物。寒い夜は一瞬にして熱気篭る。骨組みが露わになった頃に、知らせを受けた消防隊員は慌てた様子でその火へと砂を掛け始めた。


 男は店を囲む野次馬に紛れてソレを眺め、ほくそ笑みながら――――そっと其処を抜け、また闇の中へと溶け込んでいった。



――中央地区セントラル第二区画。○八時○四分現在――



「あれからまた爆発テロが起こってな」


 大変な時期だなあと煙草をふかす課長の話を、ナツメは後ろで手を組みながら真剣に右から左へと聞き流していた。


「中央第一区が大きなもので、西三区駅は一週間運行不可。そして今回は北五区の商店だ。中央はまだ分かるが、それ以降に起こる小規模な爆発テロは関連性が無く、手がかりが掴み難い」


 一連性はあるが、それが同一の犯人による犯行だという関連性も証拠も全ては爆炎の中に散る。


 もしかすると、考える通り一番最初の大規模テロからずっと同じ組織が爆発テロを起こしているのかもしれないし、またそれに感化され、且つ社会に不満を持っていた人間がそうしているのかもしれない。


 平等でもそうでなくとも、世の中は常に不満で溢れているものである。


 いつ暴動デモが起こるかわからないだけであり、今回はたまたまソレがテロという形で爆発し、政府に、民に脅威と恐怖、それと大きな不安を与えているのだ。


 今回は商店が爆破されたと言う話だが――――それが酷く厄介である。


 それが単なる力の誇示なのか、それとも政府に対する脅迫状なのかが判然と出来ないからだ。


 政府かれらがそうやって探す羽目になるのは、水中のぼやけて仕方が無い条件下しかいで外から放り投げられた、ペンで印が書いてあるだけの石である。それも酷く小さいもので、大体親指の先ほどの大きさの。


 言われただけでも嫌になることを――――彼、ナツメは今正にソレを探せと命ぜられている最中であった。


「……、俺は有能ですか? 万能ですか?」


 聞き流そうと努力をするも、性格上どうにも無視できないので仕方なく脳に刻んでいると、やはりどうにも、無視できない言葉の数々ばかりであり――――どこから聞こうか迷う内に、彼は自分を問うた。


「少なくとも無能ではないな」


 課長は曖昧に返してから、思い切り煙を吸い込んだ。火種は勢いを増して紙と草を灰へと変え、それから濁った白色の息を吐いて彼は軽く笑った。


「ああ、お前は上限が見えない程吃驚することをいつでもやってくれる。それは特A能力者がやっても当然なことを、お前も真似てやってくれるから、だと思うんだが……どうだ?」


「わかりませんが、誉めているのならばありがとうございます」


 妙だと疑うほどソレは実に高評価であり、ナツメはそれに少しばかり照れながら、だがソレを表情に出すことは無く一礼する。


 課長は不敵に笑んでから言葉を、続けた。


「警察はテロだというだけでさじを投げた。迷惑な話だが――――ああ、確かに迷惑だ。だが仕事が流れてくる限りソレを受けなければならない。そうだろう、そう言うものさ」


 うんざりするように肩をすくめ彼は自己完結する。そして大きく息を吐きながら煙草を擦り潰すように灰皿に押し付ける。煙は鈍く空気に溶けて、やがて火共々ソレは姿を消した。


 途方も無いようにソレを眺めながら、ナツメは彼の言葉を耳へと流し込む。

 

「だから今回、君に捜索をしてもらおうと私は考えた。低能力の君にソレを頼む私は愚かかな?」


「それは断じてっ!」


 課長の微笑が浮かぶ直後、ナツメの気だるそうな背中の後ろ――――つまり背後の扉が勢い良く開かれて、


「話は全て、聞かせてもらいましたわっ!」


 振り返ると見える、金髪の女性。ソレに対して――――ナツメは少しばかり肩を落として息を吐いた。


 事務用の身体に吸い付くようなスーツを身に纏う彼女は、ただでさえ高い声をさらに高らかに上げて歩み進む。腰より長い金髪を左右に軽く躍らせながらズカズカと、だが何処と無く品があるような歩き方で。


 そうしてやってくる彼女は――――間近で見るとそれはどこかのお嬢様のような巻き髪で、そして人形のように整った顔は非常に感情豊かであった。


「課長は愚かな判断ではありませんわ。なぜならソレは――――この私、『エリック・ジェーン』が居るからです!」


 尖るような凛とした瞳は課長を睨み、得意気に釣りあがる口元は意気揚々と言葉を打ち鳴らす。


 課長は彼女が聞き耳を立てていることに気がついて、わざとそうに登場するタイミングを与えたのだ。


 ナツメがソレに気が付いたころには既に、彼女の申し出を断るタイミングは計られずに過ぎ去ってしまっていた。


 エリック・ジェーン。彼女は例の選別チーム、Aのプラスの能力者である。能力や身体能力は不明――と言うか機密事項扱い――だが、性格は彼女の台詞を聞いた通りである。


 酷く自己主張が強い美人。異邦人特有の髪と瞳を持ち、正確は強気一筋。


 ナツメがまた息を吐くと、彼女はきっとナツメを睨んで――――。


「噂は聞いていますわ。ナツメくん……? 『その程度』の実力で霞むほど上に居る実力者たちを打ち倒していると言う『噂』を、聞いていますわ」


「それはそれは。かのジェーンさんに名前を覚えてもらえるとは光栄です」


 嫌味に聞こえる台詞だが、彼女は真っ直ぐ思ったことを口にしているだけであり、別段、他の意味を込めて言っているつもりではない。


 彼女はそう言う人間なのだ。


 最も、ナツメも影でコソコソと言われるよりかは幾分か気分が楽である。だから少しばかり、実力にモノを言わせて他を蔑ろにするような人間でも彼女はマシだと、そう思えた。


「ええ、光栄に思ってくださいまし。このわたくし、エリック・ジェーンと行動を共にできるのだからっ!」


 この――――やかましいほどの自己主張が無ければもっと良いのだが、とも。


 しかし、挨拶を交わして自覚の無い嫌味を言われただけなのに、一体いつ行動を共に、だなどという話になったのだろうか。甚だ不思議である。これが――――選別チームというものなのかもしれない。


「いや、光栄は光栄なのですが、ただ捜査をするだけです。わざわざジェーンさんが出てこずとも――――」


わたくしは貴方の力を確かめたいと思いました。貴方は非常に不可思議な程強いという事実があるのに、その噂は極一部でしか信じられて居りません。最も、私自身もそれが事実かは分かりませんので、貴方と同行してその力を見極めたいのですわ」


 真摯な眼差し。先ほどの貶すような台詞とは矛盾する言葉。彼女はソレを意識無く言いながら手を差し伸べた。


 飽くまでも、拒否権は存在すると言う事らしい。この手を引っ叩いてこの場を後にすれば個人でのみの捜査が出来るという事だ。


 相手はエリート中のエリート。生まれも育ちも、能力の質でさえ霞むなどと言う位置では無く、遥か雲の上、大気圏内に存在するほどの場所にあるのだ。とてもナツメには届かぬ場所ではあるが――――。


「ここの人とはあまり関わりはありませんが――――俺で良いのなら、こちらこそよろしくお願いします」


 いずれは到達する場所だ。下見は早い方が良い。絶対に、確実に。少なくともナツメはそう考えた。


 だからナツメは力強く握手を交わしてから、課長の告げる情報を受けてから、ジェーンと共に行動を起こした。



――北地区ノウスシティ第五区画。○九時三四分現在――



 中央線から東地区の駅へ。そこから北へと向かい、到着するが空はまだ気温も日差しも優しかった。


 ナツメは腰に下げる拳銃だけを装備するが、エリックは着のみ着のまま自由気ままにやってきている。


 中央とは全く違う寂れた雰囲気。事実、其処は寂れているのだが――――人の活気さがソレを打ち消してくれているようで、一概に寂れている、と口に出来るものではないようだ。


「根本から別の街みたい、ですわ」


 中央生まれで中央育ちという生まれながらの人間エリートは、下を簡単に侮蔑する。ソレが大体を占める為に、ナツメは、純粋に感心する様な彼女の言葉に少しばかり虚を突かれてしまった。


「はい、科学技術に置いてかれてますからね」


 電気の普及すらも全ての建物に行き渡っているかすら定かではない街。現在は豊かな時代であるため完全に政府が保障してくれているのだが、そもそも電気工事がはかどらないらしい。


 そんな事を平々凡々、仕事など忘れ呑気に考えている彼女は、委員会の制服を着ているという理由もあるが――――周囲から激しく注目を受けている。その美貌もさることながら、程よく引き締まる身体がどことなく淫靡いんびなラインを描いているからである。


 だが彼女は気にした様子も無く。ナツメは仕方なく拳銃に手を掛けながら、目的地までの道のりをただ漠然と歩いていった。


 だが相手がどれほど美人であろうと、政府の人間に煩悩だけで襲い掛かる人間など居るはずが無い。結局周りの人間の注目を浴びるだけであり……。


 そして間も無く前にする――――黒く焼け落ちた建物の残骸。


 今では野次馬も消え失せ、『Keep out――立ち入り禁止――』の黄色いテープが張られるのみの虚しく寂しい場所。


 隣接する建物も半焼けし半壊しているようで、そこの家主は忙しそうに中の荷物を外へと運び出していた。荷はリヤカーに乗せられ、その近くには荷を盗まれないようにガタイの良い男が腕を組んで辺りを警戒している。


「あの――――すいません。話をお聞きしたいのですが」


 腕部分に縫い付けてある、委員会を示す腕章を見せながらナツメは男へ近づくと、彼はこちらへ気づき、友好的な笑顔で手を広げる。どうやらあんな風貌をする男でも緊張していたのだろう。


「ああ、良く――――来れたもんだな、お前等はァッ!」


 などと勝手に好意的解釈を――最も見たままの感想――を思い浮かべると、男は腰から勢い良く振り抜いた何かを、間髪置かずにナツメの頭頂部へと振り下ろした。


 不意に襲い掛かる凶器乱舞。脳裏に過ぎる閃光の瞬きは、手に掛ける拳銃を離せと強く命令を下していた。


「なんで大事のときに、いつも遅いんだッ!」


 男の叫びは素早く次の台詞を紡ぎだし、ナツメは拳銃を手放して素早く頭上へと手を振り上げた。


 一瞬。日常生活で鍛えられた身体は戦闘にも生かせると、感情の赴くままに頭上へと振り下ろされる鉈を両手で挟み込む様に受ける防衛方法――白刃取り――を実行する最中に彼は感じていた。


 身体に、腕に、鈍く重い衝撃が極端なまでに負荷される。進行方向を防ぐ掌の肉が裂けるのを感じると共に、腕は強い力に僅かな間痺れてしまう。


 それでもナツメは機械的に万力の如く、肉がソレによって裂けても無論関係無しと、鉈を押さえ込みながら痛みを押し殺し、情けなく、一つしか浮かばない言葉を口にした。


「申し訳ございません……」


「貴様が遅いせいで娘が死んだッ!」


 間を置かずに男が理不尽を叫ぶ。その声は涙ぐんでいるようであり、垂れる鼻をすする音が耳へと届いた。


 ナツメの横ではエリックが腕を組んで彼の選択を待ち、またナツメ自身は――――。


「申し訳ございません」


 言い訳も浮かばず、またそんなその場凌ぎを吐けるほど、彼は肝の座った男ではない。


 故に、ただ無力に、男の怒りを抑えるわけでもなく抵抗することもせずに、言葉を繰り返すだけであった。自分でも何が真に良いのか見出すことも出来ず……。


「謝れば許されるのかッ!?」


 謝罪で済んでしまうような世の中ならば治安維持など不必要で、謝罪一つで許されるような世の中ならば世界平和などは夢のまた夢。そんな一言は、現在の彼の行動を根底から否定する一言である。


 が、彼は未だ、知恵の足らぬ者のように台詞を繰り返し、


「貴様は……、クソがッ!」


 痺れを切らした男は、鉈を振り抜けぬと理解して他の行動に移る。


 その直後の判断は目を丸くするほど素早く的確で――――鉈から手を離した彼は、左足で大きく踏み込むと其処を軸にしてその筋肉のみで構成されたかのような巨体を軽々と翻した。


 その間に収縮されたような右足は、回転して勢いを付加し、そしてナツメを正面に捉えると鋭く突き刺さった。


 全ての体重を乗せる大木のような足は見事にナツメの腹を蹴り抜ける。彼は背後へと大きく姿勢バランスを崩しながら、それでも倒れぬように地面を擦りブレーキを掛け、そして力強く踏ん張ってまた――――直立する。


 男は憎らしげにそれを見ながら、その最中で巻き上がる砂煙の中に落ちた鉈を拾い上げ、動くこともせず乱れる衣服も正さず――――逃げることも抵抗することも、許されることも放棄したナツメの首筋に、殺意無き刃は凶器らしい冷たさを伝えた。


「娘は、コレよりも苦しかった筈だ……」


「申し訳、ございません」


 ――――彼とてぶつけようのない怒りに苦しんでいたのだ。


 そんな時に――――治安維持を謳う割には何も出来ずに、ただ権威を振るい威張り散らすだけのナツメ達が現われた。恐らく、堪らない程の怒りが彼の中で炸裂したのだろう。


 だからその限界値を超えた怒りに背中を押されて襲い掛かったのに、ナツメは命を守る程度の抵抗しかしない。


 本当に憎むべき相手が分かっている上に、八つ当たりすらまともに出来ない彼は――――悟ったように、その手から鉈を零して、背を向けた。


「もう良い、帰れ」


 流れる涙を、吹き出る鼻水を袖口で拭い去りながら、最早どうでも良いように彼は吐き捨てる。


 これで退ける。逃げることが出来る。今回の選択は失敗していた。これから個人でコツコツと調査して裏で事件を解決すれば良いのだ。情け無いが、これが最善――――。


 そう考えた矢先に、襲い掛かるのは酷く苦い嫌悪感。


 先ほどの無抵抗はなんだったのか。ただ単に、これ以上の意味の無い問題を起こさないためだったのか――――否、それは断じて違う。抵抗する必要が見出せなかったからである。


 死なないから大丈夫だという意味ではなく――――自分を守るためだけに力を行使してよいのかと考えさせるべく現れた偽善心の所業。


 男に謝罪しか出来なかったのは何故か。それは無難に無様なままその場を潜り抜ける為ではなく、悲しみに明け暮れる人間の気持ちを知った風に口を利きたくは無かったから。


 ナツメはそうしてから、自身に問うた。


 このまま、退くのか? 


 その答えは問いを紡ぐと同時に全身へと伝達された。


「爆発は何時頃に――――」


「帰れってんだよ!」


 来ると予想されたように放たれる、振り向かぬ男の叫び声はされど激しく、ナツメの声は霞む間も無く飲み込まれて消える。だが退くことを捨てたナツメは、次いで声を張り上げた。


「この店の――――」


 ――――そんな懲りぬ、よほどの間抜けや阿呆に見えるナツメへと男は振り返り、そうしてまた距離を縮めて胸倉を掴み上げた。


 だがナツメの表情は変わらず、そんな顔に苛立ちを覚える男は吐き捨てる。


「そんなに傷心してる街の中を掻き回して楽しいか? ああ楽しいだろうな、てめぇの所にゃそんな危険はねーんだからよ」


 見も知らず、また自身に襲い掛からぬ危険はただの娯楽であると、言葉は意味を孕んでいた。


「――――傷心、だと……?」


 そうして彼も――――男の台詞に、心電図の波が跳ねる様に心が弾けた。


 ナツメは吹っ切れたように、その口は鋭く滑らかに言葉を打ち放ち始めた。


「野次馬心ばかりが逞しく、灼熱の中泣き喚き助けを呼んでいる者もただ興味半分に眺めている人間までもが傷心とのたまるか」


「なんっ、だとォッ!」


 癪に障る。口の減らぬナツメに男は大きく腕を振り上げると、


「殴るのならば殴ればいい。だがそれで貴様の心は晴れるのか。ただの同情すらしない周りに迷惑を掛けぬようこの場を離れる貴様が、ただ俺を殴るだけでその気が晴れるというのならば好きにしろ」


 自分の思想や理念を押し付けるようなことは酷く見苦しい。だがこれだけは――――何もせずに悲劇を語る人間ばかりは、どうにも我慢の限界であった。


 だからナツメは捲くし立てる。簡潔に、どんな結果になろうとも口を滑らせると――――案の定、男の拳は綺麗なほど真っ直ぐ、ナツメの鼻筋を撃ち抜いて、


「爆発時刻は午前六時少し前。店は道具屋を営んでいて、だが少し前から非合法の薬を取り扱っていた。警察に伝えた情報だが――――そこまで言うなら、なんとかして見やがれ!」


 ナツメは垂れる鼻血を拭いながら、また背を向けてリヤカーへと向かう男を一瞥し、


「ご協力ありがとうございます」


 深く一礼してから、彼もまた同じように背を向けて歩き出す。そうして意識が緩むと同時に、掌に嫌に鋭い染みるような痛みが走って、


「――――全く。無茶と言う言葉以外、掛けられませんわね」


 ほら、手を出してくださいましと、いつの間にか隣に現れたエリック・ジェーンはどこから拾ってきたのか、消毒液と包帯を手にしていた。


「ですが、わたくしの目は狂っては居なかったようですわ」


 消毒液に渋むナツメの顔を見ながら、その顔に対してか、今後を想像してか、エリックは何かに対して楽しそうに微笑んだ。


 一日が始まったばかりである青空の下――――事件の歯車は錆びた音を立てて廻り始める。

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