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1 ――拍動――

――北地区ノウスシティ第四区画。一四時三八分現在――



 本来一般人は電車でしか中央地区セントラルへは入れない。日本でもより科学に進歩したそこは、あきらかな区別を行って中へ入れる民を選別するのだ。


 故に徒歩で入れる通路も、教えられるのは治安維持委員会の関係者のみで――――ナツメは休まず走り続け、そこへ目指していたのだが……。


 ――――派手な発砲音が彼の耳に届いて、人通りの少ないそこで彼は足を止めた。背後からの一撃。怪我は無く、また弾丸が素通りしたという感覚も無かったので恐らく空へ向けた銃撃だったのだろう。


 ナツメは空気を貪るように吸い込んで、激しく肩を上下させる。流れ出る汗を拭う一方で、もう片方の手は素早く握った散弾銃ショットガンの安全装置を弾いて解除しながら振り返った。


 丁寧に、だが素早く背後を睨みつける。


 その中で目に飛び込む光景は、突然の発砲に近隣の街人は驚いて逃げ惑い――――やがて直ぐに静かになる街であった。


 広い通り。並ぶ商店。そこには人っ子一人残らずに、互いに睨み、視線を交差させる二人。


「怨みは無いが――――狩らせて貰う」


 先に男が口を開く。


 黄土色の外套が翻り、雑に掻き上げられた頭が動作に応じて揺れ――――同時にナツメは、構えた散弾銃を男の腹目掛けて撃ち込んだ。


 乾いた発砲音の応酬に、ナツメは強い衝撃を身体に受けて僅かに押される。散弾銃を支えた右手は酷く痺れてしまう。


 一瞬にして男へと肉薄する散弾は、まるで動かぬその目標を綺麗に撃沈させてくれると思いきや、その散弾は突然、目に見えぬ壁に弾かれたように辺りへ弾けて――――弾の一つが、凄まじい速度でナツメの頬を掠って過ぎた。


 左手に抜いた回転式拳銃はそのままに、ナツメは驚いたように眼を見開いて息を呑んだ。


 そうしてから直ぐに我に帰ると、撃鉄を起こしながら男へ拳銃を向け、言葉を吐き捨てる。


「能力者か」


 あの速度の弾を跳ね返したのだから、恐らく腕はそれなりに立つのだろう。種類は念能力か反射か、磁力操作……考えても埒が明かないが、モノを跳ね返す能力だ。


 外套を脱ぎ捨て、それからその暑苦しいスーツを着る男はネクタイを緩めながら首を振った。


「だからどうした」


 ナツメは油断無く拳銃を男に向ける。先ほどの能力展開でそれが無意味だと言う事がすぐさまに理解できたのだが、彼の威圧は変わることなく男を睨み続けた。


「貴様の組織のやっていることはテロ行為だ。反逆罪、内乱罪、国家転覆未遂――――つまり政府おくにに逆らったという事だ。それを、そんな奴等を抑え排除するのが治安維持委員会。つまり……俺だ」


「そうやって、なんでも力で抑えりゃ良いと思いやがって……ッ!」


 男は弾き出された弾丸のように飛び出した。自身の能力で『地面を弾いて』凄まじい速度で迫るソレに、ナツメは一瞬にして制御装置リミッターを解放し、力強い脚力で飛び上がる。


 ナツメが蹴飛ばした地面はヒビが入って――――次の瞬間には、彼が居た所を男は通過する。身体を半回転して男を目で追うナツメは、何故だか自身の足元より少しばかり進んだ場所で既に停止していた男に、そんな何故ぎもんを持たずに発砲する。


 銃口で火花がハジけて、腕が衝撃に押されて僅かに上がる。銃弾は刹那的に背を向ける男へ寄るのだが、それはまた不可視の壁に弾かれた。


「気に喰わねェんだよ、テメェッ!」


 男は振り返りながら叫ぶ。そうして反射した弾丸は、また操られているようにナツメへと迫って――――刹那に集中した神経は、跳ね上がった動体視力は、冷静にまた銃口から弾丸を撃ち出した。


 一瞬。また腕が押されて、体が宙で後退する。


 弾は真っ直ぐ狙った弾へと迫って、衝突した。甲高い音が鼓膜を突き破るように弾けて、ぶつかり合った弾はそのまま軌道と速度を変えて落ちて行く。


 完全なる精密射撃。高速で肉薄する中で捉えられるのは米粒の大きさ。空中という支えの無い場所で、その弾丸を同じ弾丸で撃ち落す事はおよそ人間業では無く。


 良くも悪くも恐れられる――――ソレが彼ら、能力者アクマと呼ばれる者たちである。 


 ――――同時に、街を一望する高さから落下する。奇妙な浮遊感。腹の臓腑が浮かび上がるような感覚を全身で感じるナツメは、同時に、下方から男に肉薄されていた。


 驚くべき速度に、素直に驚く余裕が無い。恐れるべき機動力に、彼は恐れる要因を手探りで探すことも出来ずに、ただ真っ直ぐに、ただひたすらに迷うことなく――――また足元に、弾丸たまを叩き込んだ。


 頭の上でまた同じ事をやるナツメを冷視し、懲りない奴だとせせら笑う男は、顔面に鋭く迫る弾に対してまた壁を作り、慣れた様に弾いて――――。


 するとその瞬間、不意に、容量の大きい物体を弾いた感覚が襲いこんだ。 気がつくと、反射の範囲内――展開した不可視の壁――に入っていた――あるいは触れていた――ナツメの足は弾丸諸共弾かれて――――空へと向かう男は、弾丸と共に地面へと弾き叩きつけられようとするナツメとすれ違った。


 短い舌打ちの直後、それが激しく地面を叩き鳴らす音が耳へと届く。


 ――ナツメの思惑は見事に成功し――、彼は背中に強い衝撃を受けながら受身を取って、流れるように這いつくばって立ち上がる。


 まるで大男に殴り飛ばされたような強さに酷く身体が痛む。骨が軋む。立ち上がろうと力を込めるだけでも激痛が走る。それでも彼は軽くむせながら、『弾く』要素の無い空中から、さっきに比べると異様なほど緩慢に降りてくる男を、拳銃に弾を装填しながら待っていた。


 男は弾を弾かなければ逆に頭を弾かれていた。だからこそ彼は反射しなければならず、散弾とマグナム弾を弾いた二回で見切った射程に入り込む時、既にナツメの足も其処に入っているので、その場を免れることは出来た。


 状況は奇跡的であったが、そうした状況に落ち込んだ事は結局意図的であった。そう考えていると、男は軽々と空から落ちてきて――――地面を弾き、衝撃を和らげて大地を踏みしめた後、彼は苛ついたように歯を食いしばってナツメを睨んだ。


冷静クールぶりやがって、テメェはそうやって、貧民みんなを見殺しにしたのかよッ!」


 胸元から外したネクタイを地面に叩き落して、男は拳銃を構えた。銀光りする自動拳銃デザートイーグル。銃は撃たれたことの無い人間こそ脅すのには不向きであるが、それを十分なほど味わった人間には十分なほど通用する。


 彼が持つソレは、ソレが十分なほどに通用『しすぎる』代物であった。


 ナツメも同じように銃口を向けて睨み返すが、状況は圧倒的に不利なのは明らか。彼が弾を受け付けない時点で、ナツメは一方的に銃口を突きつけられているだけなのだ。


「我々に抗うものは弾く。選り分ける。区別する。それだけの話だ」


 だがナツメは、態度を崩さず諦めること無く、意志を貫く。


 額から滝のように流れ出る汗は絶えることなく、ナツメの体内の水分を必死に排出させていた。同時に、外套の帽子が外れている今は凄まじい太陽光線に襲われていて――――疲弊の極地にある彼はそれでも揺らがず、必死に地面を踏んでいた。


「……、あぁ、弱かったのはどうしようもねェ。抗わなかった奴も、ソイツの責任だと今までムリヤリ理解してきた俺だが――――『抗うものは弾く』だァッ!? テメェ、射程外のモンまでハジいてまで仕事外手当て欲しいのかよォッ!」


 一体――――誰と戦っているんだ。無抵抗なモノまで駆逐する? 一体、何の、誰の話をしているんだ。


 疲れているから脳の巡りが悪いのか、本当に身の覚えの無い話なのかすらも区別が出来ぬナツメは、また叫び声と共に迫る男へと弾丸を撃ち込んでから――――大きく左腕を振り上げた。


 男は彼の弾をギリギリまで引き寄せてから弾く事に慣れ始めていた。トランポリンが押される力に最も伸びる部分まで延びきるようにしてから、跳ね返すのだ。


 その行動は僅かに迫る勢いを落とす。時間にしてコンマ秒よりも遥かに少ないが――――それを計算に含めたナツメの動作は、見事に男の顔面に食い込む位置へとはじき出されていた。


 その直後に弾は反射され――――ナツメの腹を直撃する。同時に男はナツメの拳を知覚して、倣うように自身も拳を出して見せて。


 全ての考えはその通りに動き――――拳は激しく接触する……ことは無かった。


 見えない力。磁石の同じ極同士を近づけるように拳同士は共に、理解しかねる程の力で弾き返すのだが――――ナツメの強化された全身は、力強くそれに喰らい付いていた。


「ッザケやがってッ!」予測し得ない力強さに、無意識に舌打ちが漏れた。


 だが――――果たして、膠着状態は持続することはなく。


 ナツメの全身が激しく揺れ始めた。体力が、筋力が保たないのだ。故に少しでも気を散らすと抜けそうになる力に、強く集中して、


「黙れ、負け犬が」


 苦しく放つ発言の後――――不意に膨張した名も知らぬ男の力は、呆気なくナツメを背後へと弾き飛ばした。


 知覚する余裕の無い力。まるで突然鉄砲水に飲み込まれるようであった。


 身体は妙な浮遊感を覚える間も無く轟流に呑まれて――――彼の身体は勢い良く地面を激しく削り、通りの奥まで滑っては、やがて停止する。


 激しい砂煙が立ち上がる。予期せぬ力に跳ね返されたという事実が余りにも複雑な事象に思えて、ナツメは立ちこめる砂塵の中で軽く、笑う。


 思考すらも消えそうになるナツメはそれでもまだ立ち上がろうとして地面に手を突き立てるが、体重をかけた瞬間に関節は崩れて、地面に倒れてしまった。


 ――――数百メートルに及ぶ地面の削り跡。終点地に向かうにつれてその幅は狭くなって、


「はんっ、あんだけ吼えてこの程度かよ。負け犬さん!」


 砂煙がそよぐ風に消えた頃、彼はそうしてまたナツメの前に現われた。 


 その跡をゆっくりと沿ってナツメへと到達した男は、倒れるも未だしぶとく意識の残るナツメの頭に銃口を突きつけ吐き捨てる。


「テメェがどんだけ下ッ端で事情を知ってても知らねェがな。最期の最後で諦めた自分を怨みな」

 

 男はそう言ってから――――思わず浮かび上がる苦くも辛い思い出に、歯を食いしばって、


「……ナニした自分を、怨めって……?」


 不意に顎に、鈍い冷たさを感じた。僅かに気が緩んで――――動くはずが無いと判断したナツメの行動を許してしまったのだ。


 背筋が凍りつく。こんな零距離で撃たれては跳ね返すことも出来ないが――――どちらにせよナツメは重傷だ。避けて撃つ事も出来る。そう考えた矢先に、


「貴様がどれだけ雑魚したっぱでどの程度の命令で動いているかも分からんがな。最期の最後で緩んだ貴様じぶんを怨め」


 ナツメの左手は力強く、また素早く握る銃口を額からずらし、一瞬にして圧倒的優位に立ちなおした、が――――予測すべくしてやってきた斥力は、凄まじい力でナツメの拳銃を腕ごと地面に叩きつけ、


「舐めんなァッ!」


 絶対的に押しぬける事の出来ない地面を押し、逆に浮かび上がった男は発砲しながら空へと向かう。


 弾丸の進行方向へ加わる押す力は、弾丸に付加し、その速度を急速に上げたのだが――――既に目標はその場から離れていた。


 男は地面と水平に空へと弾けた。故に彼は、地面に立ち直るまで地面以外は反射できず――――ナツメはソレを理解し、その場からの脱出に全力を尽くして、その近場に転がったのだ。


「認めたくはないがな……、強いぞ、奴は」


 誰に言うでもなく、一人呟いた。商店の壁を支えにして上半身を起こし、それから立ち上がって寄り掛かるナツメはそうしてまた撃鉄を起こした。


 最早疲労が云々の話ではない。吹き飛ばされた際に、全身を地面に叩き付けたせいでまともに動けないのだ。先ほど地面に叩きつけられた痛みなど比ではない。


 事実、そうして立っているだけでも全力を尽くしている。ナツメは威勢を見せるだけで精一杯であった。


 だから――――男が余裕ぶって、目の前に降りてきた時などは絶望すらも垣間見たのだが、


「お前、名前は?」


 そんな、突然友好関係でも結びたくなったのか、それとも単に自分が殺す相手の名前くらいは知っておきたかったのか。


 動機などは全く以って察せ得ないのだが、ナツメはそんな台詞にまた虚をつかれて、


「夏目だ」


 素直に教えると、彼は腰のホルスターに拳銃を仕舞いながら――――地面を弾いて高く飛びあがった。


「ナツメか、分かった、覚えた。次はお前が覚えろよ――――俺の名前を、このアキラという名を!」


 そうして彼――――アキラと名乗ったスーツ姿の男は建物の屋根に飛び乗って、そうして瞬く間に姿を消していった。


 一体何が目的だったのか。果たして見逃されたのか。そうだとしたら何故――――考えていると気が抜けたのか、一瞬にして訪れた脅威と安堵は身体を多い尽くし、そのまま崩れて地面に倒れ、激しい痛みが全身を襲うのにも関わらず、その瞼は呑気に重さに耐え切れずに視界を暗く塞いでいく。


 そうしてナツメは、瞳を閉じると次いで意識も失った――――。



――中央地区セントラル第六『緊急連絡通路ホットライン』。一五時○○分現在――



 男から情報を得て、それから辺りに居た男色家二人に売ってその場をさった涼谷は、配布された地図に書かれている通りの場所へと向かい、見つける。


 とある商店――政府の傘下に置かれる名も無き雑貨屋――の地下に存在する威圧的な鉄の門扉。知らされている暗号と治安維持委員会局員の証明書を店主に渡してたどり着いたソコ。


 開けると、常に電灯が点灯している広く長い、溜まる埃が無い綺麗な廊下。冷えた空気は扉を開けると共に身体に触れて――――店主の気遣いか、水と食料を貰い受けた彼女はソコを進んだ。


 軽く立つ足音すらも大袈裟に反響する。気がどうにかなってしまいそうなほど底の、もとい奥の知れぬそこは何もなかった。


 打ちっ放しの人造石コンクリートで四方を覆う通路。地上でどれほどの爆発が起こっても崩れそうに無いそこは、地下深くにあることもさながら、人造石の堅牢さが信頼の元である。


「あー、あーあーあ……」


 無意味に声を上げる。意味不明すぎる呟きは、彼女の思惑通りに透き通るように響き渡って、


「おー、コレなら気持ちよく歌える」


 これから始まる何もなさ過ぎる故に苦痛なそこは、彼女が歌う歌によって色がつけられていった。



――中央地区セントラル第三区画『治安維持委員会本部』。一五時○五分現在――



 適度に緑の生い茂る広い通り。人は何事も無かったように道を行き、砂まみれの街とはまるで時代の違うソコを住処とする。


 車が走り、自動二輪車が走り。大きな高層ビルが何軒も立ち並び、液晶モニターで様々なニュースを映し出す。


 街の人間それぞれが携帯端末式電話を持ち、友人や親、自身の勤め先などと連絡を取り合いながら歩いて行く。日差しなど関係ないように露にする肌は、熱を逃がすジェル状の薬用液を塗ることで火ぶくれを防いでいた。


「まだ分からないのですか?」


 大きな瞳は凛と男を睨んだ。目に掛かる髪を掻き揚げながら、彼女は背にする全面ガラスの壁の向こう、平和の二文字が支配する街の景色へと目を移した。


 少し遠くを見れば――――巨大なクレーター。あそこだけが科学技術で蘇った街の黒い点であり、現在、能力者同士はソコに引かれるのか、多く集まりつつあった。


「はい、全力を尽くしているのが……」


 恰幅の良い男はスーツのボタンが弾けそうになる腹を折って頭を下げた。現在、彼は大きくクレーターを作った主を探している。先ほど西地区サウスシティの駅でテロ行為があったらしく委員を向かわせたのだが、犯人らしきものは既に死に絶えていた。


 そこに委員が居合わせていたという情報も入った。行方は不明だが――――味方ならばこちらへ向かってきているだろう。


第三課のうりょくしゃは全員集まりましたか?」


 若々しく成熟した身体をスーツに包み、しなやかな指でガラスをなぞる彼女は問う。

 

 すると男は困ったように、


「爆発に巻き込まれた瞬間移動能力者テレポーター筒井つつい』と、外の開発地区へ助っ人に出した……、確か、制御操作リミッターコントロールを使う少年が戻っていません」


 前者の彼は委員会でも名の知れた実力者であるが、後者――ナツメ――の実力は中程。決して弱くは無いが、強くも無い。特徴といえば珍しく『使えない』能力を持つことくらいであった。


 だから委員長である彼女も、筒井の生存も期待薄かと感想を漏らすだけであり、


「なら、早く第一課に外への通信ラインを復興させるように伝えて置いてください」


 第ニ課は情報を主に扱い、第一課は科学技術の研究を主とする。第一課の課長である男に彼女はそう告げると、


「分かりました華月はなつき委員長。……失礼します」


 彼は深く頭を下げて、その場を去っていった。華月と呼ばれた彼女はそれから広い役員机に備え付けられている牛革製の高価な椅子に腰を落として、深く溜息をついた。


 ――――昔、天使の轟雷が世界を砂へと変えたと言う。だがそれでも繋がったままであった海底のトンネルや通信線によって世界は加速度的に復興する。


 海外も自国の事が忙しく、他国に攻め込む余裕が無い。だから現在は、情報提供という形で関係を執りとめていたのだが――――日本も同様に、海外ばかりにかまけている余裕は無かった。


 治安が無いに等しい。秩序が崩壊の極みにあった。


 自分勝手にする生き残りの殆どは――――我侭の権化である特殊能力を備え付けていた。


 だから徐々に絶対的な政府を見せ付けて、現在に到るのだが……。


「何故、今更……」


 その現在に起こったテロ行為に彼女は頭を抱えていた。中央地区の人間には実験の失敗だと言って混乱を収拾した。この組織の長たる総理大臣に連絡を取るも、捜査を続けるという現状維持を言い渡されているのみ。


 確かにそれ以外、やることが無い。日本政府は更なる科学技術を発展させ、最初は東京を、続いて関東を。それから日本全域に高等科学を広めて豊かにしていく。それの前に立ちふさがる悪たる障害を、物理的に除外するのが彼女等の仕事であるために。


 この組織にある技術研究課などはその手助けにもならぬ緩慢さであるが、そもそも研究内容が国とは違うのだが、それはまた別の話である。


 机の上に鎮座するパソコンを起動させると、空中に画面が展開する。彼女はその触れても感覚が無いソレを指で操作して――――第三課の能力者を確認した。


 数十人という数。弱いと言われても少なからずエリートの印を押された彼等は、選びぬかれた人材である。


 本来――――能力者たる素質を滾らせるものは、生まれたその時からその可能性を感じさせる。故に、そのような者は選ばれて、東京郊外の能力開発学園へと送られる。


 政府に勤める大体の人間はそこを出身としているが、極稀に異端児も居る。


「夏目鳴爪……。性別は男で、性格は温厚。能力は制御操作リミッターコントロール。自身の身体能力を自在に操り、また応用技術により触れた物体の本質を操作することが出来る……?」


 つまりは剣ならば剣をより鋭く、バネならばバネの『跳ね具合』を強化することが出来るのだが、彼女はその物体が剣としてなのか、鉄としてなのかイマイチ理解できずに居た。


 華月は、続けて脳に刻み込むように呟き続ける。


「……ッ? 北の……開発地区出身? 肉親は不明、友好関係は……不明」


 北の開発地区とは、東京に次ぐ第二都市と為り得る場所である。然程広く無いが故に治安は良く、能力者の数も極端に少ない。


 水も自給自足でき、何よりも海に面しているために東京とは異なる発展を遂げていた。


 だからこそ、何故わざわざこんな過酷な場所へと来たのか理解できなかった。学園を介さずとも能力を発現させる者は居るし、大抵、そのような人間は自分の力を試したくなる。


 だがその場合は大体が人を脅したりして――――人間と同様に進化を遂げた生き物が生息する、未知が多い砂漠を、命を掛けて超えるものなど居ないのだ。


 月に一度だけ走る砂船サンドシップも、ソコまでは行かずに身近な開発村までであったが――――そこに行っただけでも砂蟲サンドウォームに襲われる始末なのだ。


 他と比べて短すぎるプロフィール全てに目を通し、妙な少年だが、やはり特別に目を張るような事は無いと息を吐いて、それから適当に考える。


 妙だ。そう――――妙なのだ。ランクはCと表示してあった。AからEまである能力者の実力振り分けのランクであるが、治安維持委員会は選ぶ能力者の実力は最低ラインをCとしている。


 故に彼は決して強くないのだが……。


 華月はナツメの、気張った様な真面目顔を見て、何かを感じていた。


 こんな時は必ず何かがある。良くも悪くも、彼女のそんな勘は確実に当たるのだ。クレーターを作る爆発があったときも、数日前から妙な、胸に何かが詰まる感覚がしていたし――――委員長に選ばれたときも、妙な胸の高鳴りが続いていた。


 だから――――もしかすると、裏が深いか浅いかも分からぬ今回の事件をどうこうしてくれる重要人物かもしれないと期待する一方で、もしかすると潜入スパイかもしれないと、疑ってしまう。


 恋心よりも複雑な思考は、彼女の頭を痛くさせて――――気がつくと、背にする外の景色からは、紅い夕日が差し込んできていた。



――南地区サウスシティ第二区画。一八時二五分現在――



「馬鹿野郎共がッ! まだ一週間は大人しく様子見てろって言ったじゃねーかっ!」


 薄暗くなる中、全く何一つとして眩しいものが存在しないそこでサングラスをかける男は並ぶ男たちに怒鳴り散らしていた。


 砂塗れになるスーツの男。服がボロボロで武器を失い、尻を痛そうに押さえている男。血まみれで泣きじゃくっている男。


 様々な状況に男は思いを怒り一色にして、それからまともに会話が出来そうな、まだ大人の仲間入りをしたばかりであるような風貌の男に視線を向ける。


「おいアキラ。なんで委員会に直接手を出しやがった」


「仲間がやられてるかもしれねーのに、一人知らねぇような顔して歩いてるのがムカついたんだよ」


「お前は、んなチンピラみたいな事をするためにここに居るわけじゃないだろうが……。まぁ、分かってるだろうがいいが――――兎に角、相手をした敵の情報を教えてくれ」


 叱り始めてみて、怒りではなく相手を考えて叱る事がとても難しい事が分かった男は、サングラスのズレを直しながらアキラに聞いた。


 他は自然的に、解散という空気を察したのか闇の中へと姿を消して行き――――アキラはそれを確認してから答える。


「身体の弱い貴族を病院に送って、貴族の代わりやってて、何を勘違いしたのか委員会が突っ込んできた事があっただろ?」


 彼が話すのは上守という、人買いに売られた貴族の話。彼にはまともな情報どころか、嘘しか教えられていないのだが――――サングラスの男は頷いて聞いた。


「あん時の、西篠をやった男が居た。それが弱いくせに妙に手強かったんだが――――」


 そして憶測で彼の能力を語り始める。決して諦めなかったことや、結局見逃したこと。


「取るに足らなかったから」


 とだけ言い訳をして、サングラスの男は頷いた。それから酷く冷静に、


「そう言うタイプは叩かれて強くなる。次遇ったら迷わず殺せ。それから、明日の事だが――――」


 そうして夜は、更けて行く。

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