SKILL1 『始動――スタンバイ――』
東京はその昔よりも規模を大幅拡大し、その昔の東京一つ分の大きさを一つの地区にして――――現在東西南北中央と、五つに分かれている。ついでに言えば、その一つの中も細かく別れていた。
そしてまたその昔、平和を守るというお題目を掲げで政府に作られた国家公安委員会。それは現在、治安維持委員会と名を変えて平和を維持し続けていたのだが、一週間ほど前その本部がある中央地区が原因不明の爆発に見舞われた。
本部が巻き込まれたのかは分からぬが、地区の区画ごとに置かれる支部局員は誰も連絡が付かぬ様子。そして――――その爆発には様々な憶測が飛び交っていた。
その真実を確認するためにナツメ、涼谷両名は中央地区へと向かうのだが……。
――――中央地区へは電車でしか行けない上に、其処へ向かう『中央線』が走ってるのは西地区の駅か、東地区第三区の駅にしか通っていない。
その上、西地区に到着した彼等の耳に届く駅員の言葉は非常に残酷なモノだった。
「此方寄りの爆発だったようで、未だ中央線の復旧はしておりません。東地区第三区画からでしたら走っていますので……」
有線の黒電話の置かれる駅員室。天井に備え付けてある大きなプロペラ――シーリングファン――は穏やかに廻り、室内の温度を下げて涼しくする。
もしかすると不機嫌になって怒鳴り散らすのではないかと思われた涼谷は、存外に大人な態度で丁寧に頭を下げ、受け取ったコップを口にして喉を潤していた。
ナツメも水を貰って――――それから親切な駅員にまた頭を下げて、彼等はプラットホームで電車を待った。
「あと三十分。そしてまた五十分」
指折り数えて、「足して八十分だ」と不平を漏らす彼女は、電車の待ち時間と、乗ってから目的地へ到着するまでの時間を指していた。
電車は一周するために乗換えなど手間が掛かることが無いので便利なのだが、車両が限られている為に廻ってくる時間は遅いという程ではないが、タイミングがずれれば数十分待つのは確実である。
「それくらい我慢してくださいよ」ナツメは言った。「これから嫌でも忙しくなるかもしれないんですから」
回転式拳銃で純銀製のM二九は、手に取るとやはりずっしりとした重さを持つ。陽光に金属光沢を見せてその丁寧な造りに神々しさを垣間見ながら、ナツメは純銀の弾丸の変わりに四四マグナム弾を詰め込みながら、様子を伺う。
「分かっている」と涼谷は殊勝に頷くのを見て、今度は自分で木製グリップに改造した愛用の自動拳銃――――べレッタの弾数を確認する。
それから愛用の散弾銃――レミントンM八七○――を丁寧に調子を見て、彼女に言葉を返した。
「見てますね」
腰の弾倉帯の中をまさぐり、弾の種類を選り分けているフリをしながらナツメは言った。
「ああ。敵意はなさそうだが」
外套をマントの様に羽織り、露になるベージュ色の制服のズボンのポケットに手を突っ込み、彼女は答える。その脇で――――ナツメの髪が逆立つのを、横目に見ていた。
プラスチックケースの弾丸。念のためにその腹に『危』のマークが入ったモノを散弾銃に詰め込んで――――制御操作によって、遠くの鳥の囀りまでも聞こえる程にまで上がった聴力は、設置してある大き目のゴミ箱に姿を隠す男の息遣いまでも聞き取れるようになっていた。
短く荒く、呼吸は繰り返し、ジリジリと靴の裏は砂塗れの地面を擦ってはゴミ箱から身体を出して様子を伺う。一体何が目的なのか、分からないし、分かるはずも無い。
治安維持委員会の所属証明書を誰かに見られたわけでも無いし、そもそもナツメは以前ゴタゴタに巻き込まれた際に紛失してしまったのだ。財布ごと。
自宅に帰って所持金と必要なモノは持ってきたが、なくしたものは二度と帰ってこない。この東京に戻ってくる際に乗っていた砂船も砂蟲に襲われたせいで――――本局から配られる高性能無線携帯通信機も広大な砂漠に落としてしまった。
涼谷が言うには、爆発があった時から電波が乱れて無線では通信できないらしい。故に有線の電話は、地下に敷く電話線が無事な限り通信は出来る。だから駅員室で試してはみたのだが、そもそも本局の電話か電話線が破損しているらしく、連絡が取れなかった。
要らぬ事を思い出したがばかりに、飛ぶ鳥を落とす勢いで落ち込むナツメの心は大きく油断していた。
だが、だからといってその妙な様子の男が大きく動くわけでもなく。
やることも失ったナツメは、能力の使用を止めて大きくため息を付いた。
「敵意よりももっと危なげなモノを持ってます」
彼が聞いたのは、プラスチックが何かに擦れて立てる音。スイッチ装置のカバーに乗る指が重さを足して、起動しない程度に押され、離されが繰り返されている音であった。
冷静に言っみる。確信が無いのだが、彼の頭の中では既にソレは事実だとして受け止められているために、落ち着いた言動とは裏腹にその顔は冷や汗に濡れていた。
そして向かい合うプラットホームに挟まれる線路を覗いてみると――――そこには予想したものが無かった。
「ああ、ばくだ――――」
そういえば、それを口にするなと止めておくのを忘れていた。もしそれを聞かれてしまえば敵は完全に後戻り出来なくなる。そんな事を彼女が言葉を紡ぐ間に、ナツメが考えていると――――不意に巻き起こる凄まじい衝撃と、消えて行く足場に涼谷の呟きはかき消されていった。
閃光が辺りを包み、その後に耳に劈く爆発音が全てをかき消した。
何も見えず、何も聞こえない。感じるのは全身を嬲る瓦礫による痛み。妙な浮遊感の後に落ちた其処は恐らく線路の下だろう。
ナツメは事が起こってしまった直後に、全てを吹っ切らしたように受身を取って、ホームの一部が崩れ、そのせいで巻き起こった煙と、純粋な爆発による煙が混じるそこで立ち上がり、自動拳銃を抜く。
脆いホームの崩壊は未だ続き、瓦礫が地面を振るわせる衝撃と音はそれから暫くしてから鳴り止んだ。それでも人の悲鳴は止むことが無かった。
一度荷物を置き、外套を脱ぎ、そして肩に掛けるモノを全て掛けてから、外套で隠すようにソレを着なおす。ナツメはそうしてから息を潜め、腰を低くして線路を足裏で確かめる。
手を伸ばせば指先が見えぬ程の濃煙。外套を口元に当てても硝煙臭い故に、ナツメはむせ返りながらも線路を伝って煙から脱出しようとするのだが、
「い、狗がァッ!」
そんなどもる叫び声の直後に発砲音が空気を震わせて――――煙を突き破ってやってくる、尻に棒の付いた手榴弾は、彼に避ける間も与えずに腹で炸裂した。
凄まじい衝撃に彼の身体は強制的に後ろへと押され、無防備になる全身に飛び散る破片は突き刺さる。頬を擦りきり、右腕の関節に突き刺さり、腿を切り裂いて――――ナツメはその中で迷わず、発砲音がした方向へ銃を向け、撃つ。
爆発のお陰である程度晴れた煙の先に入る男は、そうした動作の後に胸に血の華を咲かせるや否や、その被弾場所を押さえながら前のめりに、そして未だ晴れぬ煙の中へと落ちていった。
その後、衝撃を利用して背後へと飛び退き、全方位を警戒しながらナツメは声を上げる。
「中央で待ってます!」
同時に――――ナツメが駆ける方向とは真逆の場所で、炎が激しく唸りを見せては、銃声が連続して響き渡った。
恐らく加勢する必要も無く、逆に足手まといになってしまうだろう。ナツメは強化繊維製ライダースーツのお陰で露出部分以外の傷が皆無である故に、突き刺さる破片は全て服の上で止まっていた。だからナツメは軽快に、そのまま引き金に指を駆けたまま背を向け、その場を去って行く。
背後で小さく返事が聞こえたのは、恐らく気のせいでは無い――と信じたい。
――西地区第一区画。九時一○分現在――
激しく乱れる呼吸を整えながら、ナツメは建物を背に寄りかかる。抜き、構えたままの銃をそのままに、開いた手を乱暴にバッグの中に突っ込んで、水の入った革袋を取り出した。
「んっ……ふぅ、はぁ……」
口で栓を抜き、紐で繋がるソレをそのまま落として飲み口を口に。そうして些かぬるくなる水で喉を潤してから、彼は汗を拭って髪を掻き揚げた。
休むことなく逃げて十数キロ。駅を抜けてその区画を出るまでで数人の男に狙われた。同時にではなく、順々に。まるで敵の体力を削ぐことを目的としているように。
人通りの多い通りから抜けた裏路地で一息つきながら、彼は頭の中を整理する。
敵は――――恐らく、中央地区で爆発を起こした敵の一味か、それに感化された関係ない組織によるテロか。全てが見知らぬ個人で、偶発的に彼を見つけ、攻撃したという事も考えられるが、それは確率的に低すぎる。その昔、脳みそをネットワークに繋げる技術があった時代には意識の並列化など小難しい技術で、無意識に周りの人間に同じ行動をさせる事も出来たようだが、今の時代では遠い話である。
武装は個人それぞれだが、武装コテコテの人間は大抵、治安維持委員会の人間である可能性が高い。そして割と技術の発達したこの都市でも少なからず貧民がいる。
決して平等ではない故に、だからこそ、テロの起きる要因はどうあっても存在してしまうのだ。
ナツメは拳銃をホルスターに仕舞い、外套の中に手を入れて散弾銃の安全装置を外し、その下で構えながら辺りを伺い続ける。
追っ手を退けたつもりだが、無力化したわけではない。弾を当てたが、動けなくなるほどではないのだ。最も、追ってくる気配は無いので、ナツメは幾分かは気を抜いているのだが。
――――最初の手榴弾もどきは、擲弾発射筒というよりは、小銃でも擲弾を撃てるように改造した手榴弾である。スティック型グレネードと呼ばれ、銃身に負担が掛かる代わりに、特別な準備が要らないのだ。
つまり、銃をあまり大切にしない人間。いくらか資金は持ち合わせているという事になる。それでいて、周囲にまで被害を及ぼす大味な武器を使う辺り、戦いなれていないのか。
ナツメは考えて、首を振る。少なくともそんな考えが油断を生み、死の可能性を覗かせるからだ。
「だが、まぁ……」ナツメはまた水を口に含み、革袋をバッグに仕舞ってから飲み込んだ。「しんどいわ」
恐らく先ほどの爆発のせいでまた電車が止まるのだろう。一、二時間はざらであろうと考えては、また漏れ出る溜息をそのままにしてナツメは裏路地を出てその区画の中央公園を目指した。
南地区よりも人通りの多い其処は、故に話し声も格段に大きく聞こえる。聞こうと思わなくとも耳に入ってくる会話の殆どは、ついさっきの爆発騒ぎのことであった。
なんでもテロが起こっただの、なんでも能力者同士の戦いがあっただの。隕石が落ちただの、電車がぶつかっただの。
だんだん頭が痛くなってきたので、その足を速めていくと――――丁度向こうからやってきた、見知った男が手を上げた。
「もうてっきり中央へ行ったかと思ったが」男――御影慶――は治安維持委員会、北地区第五区画支部の局長である。
そんな彼が西地区第一区画に居る理由は、ナツメの尻拭いが理由であった。
ここより少し進むと、すぐにお金持ちの住宅街があり、その奥に貴族の屋敷がある。そこでナツメは少しばかりトラブルがあって――財布を紛失し――物事を収拾したのだ。
屋敷を治める一人娘の貴族になりすまし、資産を丸ごと使いまわしていた女の犯行である。その一人娘は人買いに売られ、現在御影らが、犯人の裏と同時に捜査を進めているのだが、生存は期待薄だそうだ。
そしてそれを見逃したままだった、西地区第一区画支部局長である涼谷涼子は一ヶ月間の謹慎処分。彼女と貴族の一人娘が親しい関係だったことはあまり知られていない。
「行きたいんですがね」ナツメはため息を付きながら手短に話した。
テロ行為の事。的確に治安維持委員会局員を狙ったこと。もしかすると、先述の事件で得た資金がそこに回っているのではないかと言う事。
「……そりゃあもう、北五区支部の力じゃどうにも出来ん。手が足り無すぎる」
彼の泣き言は確かにどうしようもないから出た。
貴族はその昔から政府と共に並んで歩んできた。故に貴族に逆らった時点で政府に逆らったも同然となる。
そもそも本来ならば本局が人員を割いて捜査に当たる。
だが今回、それが不可能故に仕方なく彼が出てきたのだが、
「今回のことで他支部も混乱してる」
彼も彼で酷く忙しいらしく、額に浮かぶ汗を手で拭い、そのまま髪を掻き上げて息を吐いた。
「目的がブレんなよ」
白髪混じりの髪に苦労が見える。ナツメはそれに申し訳ないと思いながら、
「だからって、これを放置したらまた被害が……」
「対策も予測もできない。中央区がぶっ飛んでタダでさえ貧弱なネットもバカになった。全員が出るわけには行かないから二人だけを留守番に置いている――――この状況で、そんなデカい事をまた押しつけるのか。勘弁してくれ」
「他の支部は」
ナツメが聞くと、彼はダメだと頭を振った。
「ここいらは皆、留守番を置いて中央に向かってるらしい。支部ってのは、本局がダメんなっても動けるようにって建てられたって話なんだがな……」
「もしこの一連の事件が――――ここまでを見越したものだとしたら、敵は組織でしょうか」
「だろうな。だが、流石に誰も、治安維持委員会がここまで『ダメ』だったとは思いも寄らなかったろう。良くも悪くもな……。最も、ダメだと気づいてるのは身内と、敵組織くらいだがな」
言いながら彼は止めていた歩みを進める。そう激しくは無い雑踏の中に、彼はあっという間に紛れ込んで姿を消していった。
もし――――彼が考えていることがその通りならば、捜査している彼等は最も事件の真相に近い位置にいることになるのだろうか。
いや、正確には誰よりも事件に触れられる位置というだけである。捜査も犯人の裏さえ取れない有様であった。
ナツメは消えた御影に一つ息を吐いてから、外套の帽子を被って、彼も雑踏中へと紛れて目的地を目指していった。
――西地区第四区画。一○時一八分現在――
中央地区へ行くには幾つかの手段がある。それは主に電車か、自動車か自動二輪車か、徒歩である。
電車という手段が断たれた涼谷は勿論何の迷いも無く徒歩を選び――――そして迷っていた。
見慣れたお金持ちが住む住宅街を抜けて、自身の持ち場を通り過ぎて来たのだが……。
「おっかしいな」
駅前の大きな看板に貼られてある周辺地図で自身の場所と、中央区へと繋がる道を確認し、それを持参した地図にメモをして――――看板の裏、日陰となっているそこで一先ず休憩を取った。
先ほどの――――プラットホームでの戦闘は酷く大変だった。
そもそも敵の数が少なかったお陰で相手にするのは一人で済んだのだが、殺すわけにもいかないので大剣が使えず、辺りに被害を出せないので能力も出せず。
仕方なく素手で殴り飛ばして、ソレが落とした銃で脅し、好意的に話を聞こうとしたのだが、袖の中に隠していた掌サイズの銃――”デリンジャー”――で即座に自身の頭を撃ちぬき自殺された。
そしてナツメが去った後を見るとまた、襲撃犯は皆姿を消していて――――涼谷はとりあえずの非難を促してからその場を去ったのだ。
何故あの時敵である涼谷ではなく自分を撃ち抜いたのか。あのタイミングならば避けることも出来ずに頭を弾丸で叩き割ることも出来たはずである。
死も恐れぬという事だから人を殺せないというわけでも無いだろうが――――相手を殺すくらいなら自分が死ぬというほどの正義漢だったのかも知れないと思えてきて、彼女は大きな溜息をついた。
「まぁ、どうでもいいか」
考えても仕方が無い。ただ弾け飛んだ頭部には酷く気分を害したが、それだけである。
ウエストポーチから真鍮製の丸いような水筒を取り出し、それで水分を補給してから大きく息を吐いた。
口から垂れる水は喉を伝って胸をぬらす。大きくはだける制服の下に着るシャツは濡れて――――ナツメが居たら小うるさく注意されるだろうなと、思い浮かべては微笑んで、彼女は足を進めた。
街並みは静か。無駄に建物は無く、大人しい風景の大通りには、慰め程度に木々が聳えていた。
背中に固定する大剣は歩くたびに、大剣用ホルスターの金具部分とぶつかって金属音を掻き鳴らす。だがそう気にはならないので彼女はそのまま進むのだが――――不意に気がついた。
街があまりにも静か過ぎることに。
自分以外、周囲には誰も居らず、気配すら無いことに。
そして前から、一人の男が迫ってきていることに。
手には悪意の塊である銃器。特徴的なドラムマガジンを装着するソレはトンプソン・サブマシンガン。頑丈で重く、それ故に『撃ちっ放し』を簡単にした短機関銃である。
敵意丸出し。恐らく呑気な彼女とは違う街の住民は、いち早くソレを嗅ぎ付けて避難したのだろう。
昨日、というには時間が経っているが、近くで貴族関連の事件が起こったばかりだというので皆敏感なのだ。涼谷はいい事だと頷きながら――――軽々と、背中から大剣を抜いた。
黒いタキシードにシルクハットを身に着ける紳士風。この砂漠の街には似つかない姿の彼は、大昔のマフィア映画でも意識しているような格好で、
「お前は、治安維持委員会の人間……だよな」
男との距離は既に十メートルを切っていた。そこで両者は止まるが――――その間合いは短機関銃にとって最も戦い易いモノであり、大剣といっても高々一四○センチ程度の刃渡りだ。
これで向こうが対等な戦いを、との口弁を垂れたとしても、それは誰が聞いても戯れにしか聞こえないだろう。
だがソレを補う特異の力がある。必ずしも絶対が為しえない、誰かが割り振って与えたようなバランスを保つ特殊能力の数々。
圧倒的な火力は、だがしかし圧倒的な氷雪や水量には勝てない。だがソレも凄まじい電量の前には無力であり、地面はそれを無効化する。
「だったら、どうする?」
シルクハットに隠れた顔。陰になる口元はニッと口角を上げて、高らかに叫んだ。
「粛清だッ!」
男の身体が僅かに反れて、代わりとばかりに銃口は涼谷に少しばかり近づくように突き出されて、そこから火花が散ったかと思うと同時に轟音が掻き立って――――涼谷は横に飛んで避けると、連なり弾き出される弾幕の槍は、彼女の後を追う。
足元で銃弾が弾ける。それでも彼女は飽くまで冷静に、器用な小走りでソレを避け続けると、それは直ぐに収まった。
「下手糞」
涼谷は馬鹿にするように笑むが、男は然して気にした様子は無く――――銃口を彼女に向けたまま、ポケットからリンゴのような形をした手榴弾を取り出した。
「俺は動く的はキライなんだ」
頭から胴へと伸びる安全レバーを握りながら口で栓を引き抜き――――男は彼女へと全力投球するのだが、
「同感だ」
同時に涼谷は大剣を振り上げて駆け出していて、二秒と経たずに迫るソレへと到達したのだが、また同時に、男は慌ててM六七破片手榴弾――通称アップル・グレネード――に向けて弾丸を撃ちっぱなしに、ソレへ当てて誘爆させようとするのだが、
「ッ!」
近距離での撃ちっ放しですら当てられないのに、遠くへと離れて行く小さなソレに当てられるはずも無く――――大剣は無事、手榴弾を打ち返す。
二秒と少しで打ち返されたソレは、帰る頃にはソレより早く持ち主へと到達し――――それから間も無くして、男の下腹部近くでソレは爆発音を撒き散らしながら、同時に破片を辺りへと吹き飛ばしていた。
爆発。巻き起こる炎。立ち上がる煙。その中で、何処へ向けられているかも分からぬ銃口は、絶えぬ轟音をあたりに響かせている。
飛んできた破片を僅かに受けて、掠り傷を作る涼谷はソレを眺めながら――――あの阿呆は一体なんだったのだろうと、考える。
だが考えても仕方が無い。現在は思考することは然程重要ではないのだ。
だから彼女は、大剣を背負いなおし、その掌に『焔術』の焔を滾らせて近寄った。
手榴弾被弾の炎は鎮火済みで、弾切れなのか嫌気が差したのか、短機関銃は弾丸を吐き出すことをやめていた。
うつ伏せに倒れる男の出血は酷いもので――――涼谷は男を蹴飛ばして仰向けにし、そうして胸倉を掴んで激しく頭を揺さぶった。
ガクンガクンと前後する頭はやがて呻き声を鳴らして、それから目覚めるなり、彼女の顔を見て驚く。小さな悲鳴を上げて――――頬を殴られ、また悲鳴。
「お前等は何者だ」
澄んだ、否、冷え切った瞳で男を射抜く。弾丸を要せずに簡単に男の心を貫いた涼谷は、それから――――男の拷問を開始した。