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怪傑ロビィあらわる

ロビィとシスターヴィゴレット

作者: にゃ~

「"照準(スコープ)"。レールガン」

「グウッ! うう……」


 年中夜間のゴシック都市、ルーベリージャム。

 薄暗色のとばりを切り裂いて、深紅の誘導ビームが炎病熱(フレイム)アーマードのヨロイの体にヒットした。


 誘導用の布石ビームとはいえ、その威力にアーマードは後ずさる。しかもヨロイの隙間から漏れる炎が、わずかに吹き消え、ちらめいた。


「……効かんわ~! たかが、これしき! これしきの事で!」

「あらそう? ならば、"病"断ち。"点火(イグニッション)"」


 拳を振りおろし、雄叫びをあげるアーマード。だが、彼の気合いむなしく、金属を分か断つ斬撃音が鳴り響く。


「かっ!? ぐわ~!」


 ビームが当たったヨロイ胸から、赤黒い剣閃が斜めにはしり、アーマードは悲鳴をあげて砕け散った。


 下手人の女は、凶器の大型ハンドガン「斬撃(スラッシュ)マグナム」を持ち上げ、幅広い銃身の先──銃口ならぬ、真ん中欠けの諸刃の剣先にフッと息を吹きかける。

 ……別に煙など出てないのだが。


「棒振りの腕に限界を覚え、拳銃格闘に手を出したわ。威力は充分ね。わたくしだから、当然だけど」


 表は葡萄酒(ワインレッド)、裏地は山吹色の長い髪、肩まで捩れ伸びたサイドテールの根元には、ビーム・ツバキの花かんざし。

 羽織にはカキツバタの意匠がちりばめられており、膝丈スカート袴の裾が、夜風にハタハタひらめいた。


 冷めた表情で、病魔を一方的に惨殺した、この女の名はロブリンシュハリ。

 通称ロビィは、わけあって修行の旅をしている。今宵の病魔退治も、その一環というわけだ。


 ちなみに、この話を最後まで読んでも、ロビィは修行の理由を話すつもりはない。


「……んっ!」


 持ち上げたマグナムを顔の横までやると、ロビィはキッと辺りを見回した。

 ガチャンガチャン、ガチャンガチャン。複数の金属的足音がして、たちまちロビィの周囲を、ヨロイ病魔たちがとり囲む。


「小娘が~! たった1騎、倒した程度でいい気になるなよ!」

「我われ"第七機甲隊"は、7人小隊! 残り6人を一度に相手どれば、どれ程きさまが強くとも、ひとたまりもあるまい!」

「ふん。しかし、その作戦は不可能というものね。なぜなら……」


 言葉を切ったロビィはマグナムを持った手を横へ伸ばしながら、ガンスピン。

 次に胸へと引き寄せながら、またガンスピン。先とは反対側の、顔の前まで持ってくる。


 そしてロビィは、次の言葉を律儀に待つヨロイ達のうち1体に、素早く銃を向け発砲した。


「ギャブッ!? ぐわ~!」

「なっ!? 貴様ァ!」


 着弾し、吹っ飛んだヨロイ体が、剣閃に貫かれ砕け散る。

 怒りにどよめいた残りのヨロイが、次々に剣や槍をとり出した。


「なぜなら、これで5体になったからよ。戦いは数ではないわ」

「おのれ~! 者ども、かかれいっ!」

「えい、おうおう!」


 声を張り上げ、一斉に飛びかかるヨロイ達。

 ロビィは素早くスライディングをかけて、跳躍したヨロイの真下へ滑り込んだ。


 銃声銃声銃声(ドガガガガガガガガ)

 真下からの銃撃を腹で受け止め、槍持ちのヨロイが空中でうめく。


「ううっ!? ぐわ~っ!」

「うわ~!? 止まれ、女が逃げたぞ~!」

「だめだ、ブレーキが間に合わない──うわ~!」


 生き残った4体が、病滅爆風にあおられ、勢いそのままにぶつかり合って落下する。

 もみくちゃになるヨロイたちに、ロビィは片ヒザ立ちで起き上がってマグナムを向けた。発砲。


「ぐわあ! ぎゃあ~!」

「重たい、どけぇ! うぎゃあ!」

「ひっ……!」


 発砲の度に悲鳴があがり、ヨロイの体が次々に赤い色を帯びる。

 ロビィはマグナムの刀身をなぞり、トドメの斬撃ビームを頭上へと撃ち上げた。


「メテオバレット。無双斬り」


 ビームはロビィの頭上で膨れ上がり、巨大な菱形の陣をえがく。

 そして菱形から極太のビーム・ブレードが伸び放たれ、もみくちゃのヨロイたちへ突き刺さった。


「いかん! クッ──」

「ぐわわわ~!」

「ぐわぁ! おのれぇええ……!」


 ヨロイの一体が抜け出そうとするも、間に合わない。

 ついには、すべてのヨロイが斬れ砕け、連続爆発音と共に、塵へと消えた。


「ふう……ん?」

「フッ、やるではないか。侮ったよ」


 立ち上がるロビィに、近付く人影。振り向くと、そいつはアーマードだった。


「なあに、まさかの8体目?」

「まあ、そんなようなものだ。散っていった仲間の仇、とらしてもらおう!」

「ふん……あっさり片付けてやるわ」


 長剣を振り上げ、突撃するアーマード。ロビィも銃を突き出し、何度も発砲しながら走り出した。


 ビーム(バレット)を剣撃で跳ね散らし、肉薄したロビィへヨロイが剣を振り下ろす。

 それを素早くロビィはマグナムで受け止め、即座に前蹴りをヨロイの腹に叩き込む。


「ううっ……」


 続けざま、うめくヨロイに発砲するが、すぐに立て直し、剣撃でガード。

 返す刀で、ロビィに袈裟切り一閃した。


「甘い!」

「何!? ぐお!」


 それを跳び上がってかわしたロビィが柵に掴まり、アーマードへ向けてマグナムを突きだす。

 次に降りかかるは、銃撃の雨。アーマードは防ぎきれずに、たたらを踏む。


 そしてロビィは柵を蹴ってアーマードの前に着地、よろめくヨロイにハイキック。


「ぐう! うわ~!」


 剣が間に合わず、ガードした腕ごとブッ飛ばされるアーマード。

 ロビィは再び、ガンスピン。空中のアーマードへ、ビタッと剣先(じゅうこう)を向け、


「これにて、御免(ソーリー)。"病"断ち」

「がっ──」


 一閃。


 赤黒の剣閃がはしり、病魔のヨロイが散り消えた。

 冷めきった顔のまま、無言で銃を顔横にやるロビィ。たたずむ彼女の頭上から、


「──きぇえええーッ!」

「!? な……」


 9体目のヨロイが躍りかかった。


 "第七機甲"とは、常に7人からなる、7人小隊。

 一度に7人すべてを倒さないと、何度も復活して数を保つ、群生型の病魔なのだ。


「アックス、ソード、ランス! トライアングル・アタックを仕掛けるぞ!」


 ヨロイが空中で3体に分裂し、それぞれの武器を振り下ろす。

 振り向きざまのロビィが咄嗟に1体のヨロイに飛び回し蹴りを浴びせるが、残りの2体は止められない。


「死ね~!」

「く……!」


 ロビィの背中に死のハサミが迫る。その時、


「──"フォルツァ"」

「!? ぎゃあ!」


 どこかから飛来した片手チェーンソーが、1体のヨロイにぶつかった。

 驚愕する生き残りに、神速で片メカクレの長身女が肉薄。女は剣型(グリップ)チェーンソーを回収すると、ノコ刃を自身の肩に擦りつけ起動し、それからギャンつきノコ刃を生き残ったヨロイに叩きつけた。


「ぐげっ。うぎゃががががっ!? ぎゃあ~っ!」


 仲良く吹き飛ばされた、2体のヨロイがもみくちゃに転がる。ロビィの背後に着地したメカクレ女は、片手にハンドガンを取りあげた。


「"カブラナ"」

「ぐわわわ~! 無念……!」


 起き上がれぬまま、弾の雨に晒され、2体のヨロイが共に砕ける。

 そして、蹴っ飛ばされた最初の1体が、女を背後から襲いかかった。


「くらえ~!」

「あんたがね。"病"断ち」

「ありゃっ! 忘れてた──」


 怒り狂い、宙に踊り出る斧持ちのヨロイ。蹴り終わりの屈んだ姿勢でいたロビィが視界に入らず、彼はそのまま撃たれて死んだ。


 立ち上がったロビィはマグナムを構えたまま、振り向かずにパンクファッションの長身女へ声をかける。


「助かったわ。ありがとう」

「こちらこそ。みんなの避難は済ませました。首尾はどうなってますか?」


 オレンジ染めの髪先を揺らし、メカクレ側の砂色前髪を少し向けて、長髪長身女は言った。

 彼女も両手にハンドガンとチェーンソーを握ったままの、絶賛臨戦続行中だ。


動く鎧(リビングアーマー)が複数体。倒す度に現れてくる。自称7人小隊で、今ので12人目を越したかな」

「チッ……群体型か。しかも恐らく、治療に条件があるタイプ。しち面倒ですね、7人だけに」


 しかも、今は病魔が姿を見せてこない。敵の数も増えたので、潜伏して作戦を考えているのだ。

 知能まで備えた、厄介な病魔の治療だ。砂色の長髪を伸ばした女──ヴィゴレットはウンザリした顔で、両手の武器を手放した。


 背中越しにそれを感じたロビィが、見るからにイヤそうな顔をする。

 一応、質問してみるが、彼女の答えなど分かりきっている。


「ねえ、ヴィゴー。まさかとは思うのだけど」

「その、まさかです。"フランク"、そして"エスコヴィレ"」


 ヴィゴーのかたわら、形を失い消えゆくチェーンソーを押し潰すようにして、ドン、と荘厳な装飾の衣装ケースが現れる。

 さらにヴィゴーの両手には、ビーム・ショットガンとビーム・マシンガン。それぞれ名付けて「エスコル」と「ヴィーレ」。


 ヴィゴーが背の高い衣装ケースを蹴りつけると、観音開きのハッチが開く。なかの弾倉は空っぽだが、使い手の神聖力を弾薬として装填できる加護がかけられている。


 次に"エスコヴィレ(病ぶっ治しブラザーズ)"の銃口が、ジャキキンと揃って持ち上がる。

 これで、ヴィゴール最強医療の準備は完了。


 ロビィは慌てて着物の左胸部にマグナムを取りつけ、その場に屈んだ。

 そして"倒壊"斬りの意味を込めて、両手のひらを地面にかざす。


「まるごと全部、吹き飛ばす。神聖出力100パーセント。治療規模、最大(フルマックス)。ファイナル医療、エンドオブ(やまい)。いくわよ~……」


 轟音。


 轟音、轟音、轟音!

 轟音轟音轟音轟音轟音!


 撃ち出し、撃ち続け、撃ち放ち、射出する。

 それぞれリズムの違う射撃の虹が、リージャム街の上空へ打ち上がる。


 そして夜間の街一帯は、弾丸の雷雨にさらされた。


「決めた! やはり1人が身を隠し、6人で襲い続けよう」

「持久戦だな。これで、やつらも終わりだ」

「待て。何か音がしたぞ……硬質的な……何か開いた。ドアか?」


 時を少し戻して、街に潜むヨロイたち。

 3人寄れば、何とやら。作戦会議に勤しむ2人に、見張り係が声をかけてくる。


 そして、その直後。

 神聖力弾薬の雨が、スコールとなって、コソコソ隠れる病魔連中を撃ち抜いた。


「動くぞ。どうやら名案が浮かんだようだ」

「やっとか。殺してやるぞ、医療協会のクソアマど──」


 同じ頃、別のポイントに隠れたグループ(4人)も、弾薬の嵐に貫かれる。

 どちらも、断末魔すら出なかった。


「たった今、生まれたァアア。殺すゥウウウ」

「すばらしく不健康な街だァアア。みな殺──」


 あと、特に関係のない赤ちゃん病魔も巻き込まれて死んだ。

 発生直後とはいえ、これも症前予防の一種といえるだろう。


 別に描写の必要はないが、彼らは虫歯の病魔で、イモ虫の形をしていた。


 ──カララララッ。空回りの音が、ヴィゴーの医療殺技、停止の合図。

 依頼にあった病魔は根絶できたのだろうか。これで出来てないなら、お手上げだが。


 恐ろしい嵐に見舞われたというのに、街そのものには傷ひとつない。

 いい腕前の見学人がいたものだ。おかげで2か月前と比べて、協会に届く苦情の数も激減した。


 愛すべき治療道具たちを閉じ消して、ヴィゴーは背後で潰れた見学人に振り向く。


「さ、帰りましょうか。今回も助かりました。ありがとうございます、ロビィ」

「……」

「代わりに答えますね、どういたしまして。では、神聖力も尽きたので、いつもどおり帰りの護衛を頼みます」


 起き上がれるのなら、その冷めきった面に斬撃をブチ込んでやるのに。

 そんな思いを込めてヴィゴーを睨むも、悲しいかな。肝心の彼女に見えるのは、うつぶせロビィの後頭部だけだ。


 明日からは、別の人についていこう。

 ロビィは心の中で、何度目になるか分からない決心をした。


「見えてきましたよ、ロビィ。あれが古代遺跡、アイスクリーム・パークです」


 数日後。

 空中スカイレールをはしる、新幹線の屋根の上。


 風にはためく髪を押さえながら、ヴィゴーが衣装ケースを担いで起立した。

 ならってロビィも立ち上がり、自分の体を抱くようにして、眼下に広がる超巨大空中庭園を見おろす。


 かつて失われた王国の超技術により、石造りの遺跡を乗せた、大小さまざまな石のベーゴマが、いくつも空中に浮かんでビクともしない。


 建物の形もとりどりだが、それぞれのベーゴマに最低ひとつ、ドーム屋根に円い壁の巨大建造物がある。

 それらが、アイスクリーム・パークの名前の由来だ。


「確認です。今回の依頼は遺跡調査の護衛、および居着き病魔の撃退または治療」

「わかったわ。それじゃあ、現地で」

「はい。打ち合わせた通り、合流にはマシンガン"ヴィーレ"を使います。行きますよ!」


 3、2、1。ピョーン!

 ロビィはヴィゴーの合図に合わせて、共に新幹線から飛び降りた。※


※マネしないでください。


 落下にあおられながら、ロビィは合図を喋ったヴィゴーの顔を思い出す。

 今のは彼女なりのジョークだったのだろうか。どうも、この友人はロビィの仲間のなかでも特別、表情が変わらないので分かりにくい。


 衣装ケースを抱えてる分、凄いスピードでヴィゴーが庭園へ落下していく。

 ロビィも全身で空を斬りつけて、なるべくヴィゴーについてき落ちた。


 ドッスン! とうてい乙女が出していいものではない着地音を立てて、ヴィゴーがベーゴマ庭園のひとつに降り立つ。

 その傍にロビィが滑り込み飛んできて、着地したのを確認すると、ヴィゴーはマシンガンを(そら)へと向けた。


 銃声銃声銃声(ドガガガガガガ)

 神聖力のエネルギー弾が、もの凄い音で宙に吸われていく。耳を塞ぐのが間に合わなかったロビィが、「ぎゃあ」と言って座り込んだ。


 別のベーゴマ遺跡。遠くマシンガンの弾柱を確認し、女は暗がりで扇子を閉じた。


「あら、お早い到着で。でも、よかったわ。わたくし、待つのはキライだもの」


 ──死ぬほどね。


 置いた書類から手を離し、女は遺跡を後にする。

 やがて日差しのもとへ出てきた頃、女は眩しそうに手をかざし、その頭上で逆立ちの長い襟足が、けもの耳のように揺れた。


「こんチャオろ~! ご指名あざすマジ謝謝(シェイシェイ)! あっし、チャチャイはシラタマ支部のシスター玉焔(ぎょくエン)と申しまするっす!」


 以後、よろしくっす! と、元気に親指を立てる薄ピンク頭のミニスカワンピースっ娘。

 その手を自分に向けられたにも関わらず、ロビィには「ご指名」の意味が分からなかったので、曖昧に頷いた後、無言でヴィゴーに助けを求める。


 ヴィゴーは、いつも通りの無表情顔で、2人を交互に見回して紹介した。


「ロビィは依頼人ではありません。見学です。ロビィ、こちら同僚の玉焔(ギョクエン)17さい。玉焔、こちら見学のロビィ」

「えっ、あっ。すみません、とちりましたっす! 改めて玉焔っす!」

「ど、どうも。依頼人ではないロブリンです……」


 タハハと頭をかき、片手を差し出す玉焔。

 ロビィは表情こそ変わらないが、その勢いに圧倒され、おずおずと手を握った。


「それにしても見学っすか! シスターの医療業に興味がおありで?」

「修行です。危険な医療業についていけば、学べるものが沢山あるのではないかと」

「そっすか! いや~、その気があったらシスター登録、欲しかったすけどね。協会はいつでも歓迎するっすよ!」


 ここでのシスターとは、医療協会に名を登録した、医療戦士のことを指す。

 自然世界に満ちるエネルギーのバランスが崩れた時、発生する病魔の治療──要するに滅殺が主な業務だ。


 協会に登録したシスターは、支給されたスマホに連日さまざまな依頼の知らせが届く。

 それを受けるか受けないかは、シスターの勝手。そして依頼の報酬は、どこに居るとも知れない依頼人の笑顔──つまるところ、ボランティアである。


「それで、指名って何のこと?」

「言ってませんでしたか? 今回の依頼は、わたし達にのみ──ああ、丁度いいですね。依頼人が来ました」


 ヴィゴーが振り向いた方へ、2人も目をやる。そして、ロビィだけが息をのんだ。


「ンン、お初にお目にかかりまする。わたくし、姓は裘雲(きゅううん)、名は(テン)──」


 しずしずと歩いてくるのは、貴人ふうの服を着た上品な雰囲気の美女。

 葡萄色(えびいろ)の髪に、立てた獣耳のような髪束。目尻にさした紅、大胆に晒した艶やかな生足。


 靴は記憶と違うが、忘れるはずもない。その扇子、その風貌。


「──あざなを穹霆(きゅうてい)と申しまする」


 美女がお辞儀をしてみせる。そのわざとらしささえ、あの時と同じ、神仙獣たる穹霆宝君(きゅうていほうくん)

 (たから)(きみ)が、そこに居た。


「以後、お見知──」

「きゃあ、おばけ。"魂"断ちのレールガン」

「危ない! ちょ、待って。お待ちくださいまし!」


 認識したら、あとは早い。ロビィは斬撃マグナムを腰横に展開、即座に抜き放ち、「依頼人」めがけて発砲する。

 意外なほどに怯え、剣閃を避け逃げる裘雲(きゅううん)に、ロビィは飛びついて押し倒した。


「動かないで。蚊がいるから」

「虫相手にマグナムは過剰すぎません!? それにわたくしの後頭部には、あなたのマグナム銃口以外の感触はありませんけど!?」

「そう? わたしには強力な蚊が見えるのよ。戦いが好きな殺人虫が」

「それ絶対わたくしのことですよね!? 会うなり人を虫呼ばわりなんて、一体どういう了見──やめてごめんなさい。すいません撃たないで」


 わたくしは改心したんです、復活に1年かかったんです~……と、(たから)(きみ)はメソメソ白々しい泣き真似を始める。

 油断せずマグナムを突きつけたままのロビィに、背後からヴィゴーが近付いてきた。


「えーっと、お2人は知り合いですか?」

「普通まず、わたくしを助けません? こんな美女が襲われてるんだからさ、助けようよ」

「すみません。あなたか、その子の判断なら、わたしはロビィを信じます」

「あれ、わたくしガチアウェー? ウソでしょ依頼人なのに」


 そして、突然のドタバタに呆気にとられていた玉焔(ぎょくエン)

 頭をぶんぶんと振って、彼女もロビィへ近付き、声をかけた。


「あの、とりあえず話を聞いてみないっすか? 知り合いなら、あっし達もいるし、そんなに警戒しなくても」

「ああ、有り難う御言葉……あなたこそ、わたくしの救いの神」

「ロビちゃんの知ってるその人は、この場の3人がかりでも何とかならない相手っすか?」

「あれ、玉焔様? あれっ」


 ロビィは考えた。玉焔は未知数だが、ヴィゴーの強さは2ヶ月間よく見てきた。

 その上で言える。今この3人でかかっても、裘雲(きゅううん)に勝てるとは思えない。


「信じてくださいまし~……えっぐ、えっぐ」


 耳のように逆立った襟足を掴まれ、情けない顔で涙と鼻水を出す穹霆宝君(きゅうていほうくん)

 だが、この女は先の戦いで"生命"と"魂"を断ち斬った上に、首まで落としてやったはずなのだ。


「えぇえええん! ぶええええええええ!」

「──斬撃(スラッシュ)マグナム」

「え。待って、やめて。ゴメンそんなにうるさかった?」


 ロビィは裘雲(きゅううん)を無視して、込めた斬撃を撃ち放った。


「"戦力"断ち」

「いたーぁ!? ちょ、ちょっとぉ!? 何をなさ──」

「……重ねがけ」


 ふぎゃあ、と声を漏らして目を回す裘雲(きゅううん)から手を放して、ロビィは銃を回したのち裘雲(きゅううん)から離れる。

 とりあえず、これで様子を見ることにした。とはいえ、"魂"断ちからも復活したあたり、まるで安心はできないが。


「え~ん……わたくしの強大な力がぁ。尊い神仙の戦闘力がぁ……メソメソ、メソメソ」

「あのー、お嘆きのところ申し訳ありませんが。依頼を進めたいので、早めに立ち直ってくれませんか」

「そっとしといてください。わたくしは今アイデンティティをひとつ──ごめんなさい何でもないです撃たないで。あっ、失礼しました立ちますね。いやぁ、お仕事たのしいなあ!」


 再びマグナム剣先(じゅうこう)を向けられ、元気よく立ち上がる穹霆宝君(きゅうていほうくん)

 いと尊き神仙獣は恥とか感じないのか、メソメソしながら、遥か年下の玉焔に頭を撫でられ慰められている。


「よしよし……泣かないでっす」

「あうう、玉焔たん優しいよぉ……。そこの無愛想コンビと違って」

「それで、その楽しい仕事について、何か方針とかありますか?」


 無愛想コンビのツーは、まるで表情を変えずに言った。

 ちなみにワンは、今マグナムを向けっ放しのロビィ。


「よくぞ聞いてくれました! 依頼の内容は調査の護衛と、病魔が居たら治療オブ退治。しからば!」


 裘雲(きゅううん)は4人を2つのグループに分けた。

 すなわち、病魔専門家のシスターコンビと、調査アンド護衛の裘雲(きゅううん)ロビィ。二手に分かれて、レッツお仕事!


「こうじゃぁあああ!」


 ロビィは素早く裘雲(きゅううん)の胸ぐらを掴み、額にマグナムを突きつけた。


「うわ~! 待って待って! お願い待って!」

「どういう了見? 何の悪巧みかしら」

裘雲(きゅううん)さん。戦力の分断は我々としても、好ましくはない」

「分かってますわよ。実は、ある事情があって……すぐ白状するから撃たないで」


 実は、依頼の待ち合わせ時間より少し早くから、この遺跡を裘雲(きゅううん)は調べていた。

 そして大事な調査書類を、"ついうっかり"どこかに置き忘れてしまったのだ。


「場所は分かってるし、取りに戻るだけなら、わたくしは必要ありません。わたくしは他の場所の調査をしたいので、ロビィ様は護衛に着いてきてもらおうかと。ウソじゃないよ」

「……どうする?」

「ふん……書類を取って、すぐ合流に向かえば問題ないでしょうか。もし書類が無ければ、殺すのだから同じことですし」


 ロビィはヴィゴーと視線を向けあった。


「書類の場所は、2つ先の陸地、赤い屋根の建物。調査の場所は、反対向こうの庭園広場──」

「やけに遠いわね。時間稼ぎのつもり?」

「おお、怖い。心配しなくても、合流するまで調査場所を変えるつもりはありません。開けた場所で、戦闘力も無ければ、逃げ隠れしたら、わたくしの身が危うい。怯えすぎでは?」


 裘雲(きゅううん)が扇子を開き、口を隠してオホホホと笑う。


「まあ、ロビィの斬撃効果がいつまで保つかも分かりません。平和な合流のためにも、なるべく急ぎましょう。ロビィ、何かされたら大声を。玉焔、こっちへ」


 にこにこ手を振る裘雲(きゅううん)と共に、ロビィは飛びたつ2人の背中を見送った。


「で、そろそろ教えてくださるかしら。今度は何の企みを?」

「あらやだ、企みだなんて。おほほほ……」


 アイスクリームパークいちの広さを誇る庭園広場。

 ロビィの思った通り、裘雲(きゅううん)は、ここへ来るなり中央の巨大花壇外周のベンチに腰をかけた。


 そして、それきり動こうという気配は見られない。

 何が調査よ。冷たい目でロビィは悪態をついた。


「まあ、そう言わずに。せっかくのデートですよ? やれホテルだ布団だと野暮は言わず、まずは2人の時間を楽しみましょう。ゆっくりと、穏やかな時間──」

「うおおお~! オレはオトビメ軍団一番槍、空亀のヨザク! そこのガキ共、勝負しろぉっ!」


 そこに突然、亀の姿をした怪人、病魔が転がりこんでくる。

 ロビィは病魔を親指で指し、冷めた顔で宝の君を見た。


「……なあに、その目。わたくしは雨と渦雲の穹霆宝君。病気のことなんて、知りませんわ」

「どうだかね……念のため聞くけど、まだ戦闘力は戻ってないの?」

「ええ。もしかしたら、一生このままかも……責任とって、ちゃんと護衛してくださいね」


 やむを得ないか。あの亀は、どう見ても相手を選ぶつもりはない。

 推定有罪だが、みすみす見殺しも忍びない。槍を構えて突撃してくる空亀に、ロビィはマグナムを取り出した。


「ひゃっほう、久しぶりの外敵だ~! まずは全身の皮をはいで、それから血肉と悲鳴の舞いおどり!」

「"病"断ち。斬撃(スラッシュ)マグナム」


 斬撃閃がほとばしり、空亀の腹に突き刺さる。

 しかし剣閃は甲羅に弾かれ、空亀は顔色ひとつ変えずに、槍をロビィへ振り下ろした。


「何っ!? クッ!」

「はへはははっ! 効かねぇ効かねぇ、効かないいぃよぉ~ん。そんなヘナチョコ斬撃じゃあ、クラゲだって斬れやしねぇや。ヘンッ!」


 間一髪かわしたロビィに、何度も何度も襲いくる刺突。

 避けるだけでなく、手で払ったり、足で蹴ったりもしているが、槍の勢いは少しも削げない。


「八重咲きのぉ、散り舞う桜じゃあるめぇし! ……酔うに揺すり動かす酒呑(しゅの)み、折られた枝の染め色はぁ……恥辱に染まる、あけ桜っ! はっ、はははははは!」

「く、ううっ……! ぐっ、きゃあ!」


 迫りくる怒涛の槍に圧され、ついにロビィは、すっ転んだ。

 尻餅をついたロビィに、容赦なく空亀は槍を振り上げる。


「ひィ──」

「あの世のヒメにィ……死なばヨロシクと、世にさらば! さあさあさあさあ、いざ受けやがれ! 絵描くに描けぬ──グオッ!?」

「なんちゃって。"硬さ"斬り」


 得意気に槍を振り上げ、何やら長々と唱える亀の腹へ、赤黒い剣閃が斜めにはしった。


 たたらを踏んで後退し、即座に怒りに紅潮する亀の顔。彼が再び槍を振り上げるのと、ロビィがブーツの足を突き出すのは同時だった。


「おのれ、クソガキ──ぶォオ!?」

「どうも、クソガメ。あんたの服、前より似合って素敵だわ」

「何を、はぶッ!?」


 蹴られた亀の腹から、ばらばらと甲羅の破片がこぼれ落ちる。

 立ち上がったロビィは続けざまに発砲し、今度は背で受けようとした亀の甲羅が撃ち砕かれた。


「アギャアアアア!?」

「さ、これでヨロイも無しね。ここからは潔く、肌でぶつかる相撲勝負といきましょうか」

「……ガキィ~! 最早これまでだ! オトビメ親衛隊長の底力、見せてくれる!」


 転がり悶えた空亀のヨザク。完全にキレた亀は、膨張した筋肉で、残りの甲羅をブッ飛ばした。


「楼舞厘斬断術、ロブリンのシュハリ。いざ参る!」

「おうっ!」


 槍を折り捨てて突撃する亀へ、マグナムを連射しながら迎え撃つシュハリ。


 その様子を遠く花壇のベンチから眺め、裘雲(きゅううん)は愛おしげにひとりごちた。


「ンンン、愉しいわ。こうやるのかしら、"斬り傷"──」


 指を差しだし、ちょきちょきと動かす。夢見心地の裘雲(きゅううん)に、


「うお~! オレは空亀ブラザーズ、人()りのモキディ! オトビメを愚弄した罪、死で購え~!」


 もう1匹の空亀が、背後から斧を振り上げた。

 振り下ろされる凶刃に、間抜けなことだが、目の前の獲物は反応すらできないようだ。


 ドスン! 確かな手応えが斧から伝わり、モキディは顎を持ち上げて勝ち誇った。


「ひやはははは! ギロチン処刑だっ。オトビメに楯突くからだ、ザマーミ──」

「"斬り傷"斬り。そして雷爪(リェイヂァオ)。ねえ誰、あなた? 無粋な亀さん」

「ろ……え、はっ?」


 ありえない。斧には確かな肉の感触があった。この女の首は千切れ飛び、聞こえてくるのは怨めしげな幽霊の声であるべきだ。

 なのに、目の前で見返り美人の薄笑いを浮かべる女の首には、斧刃を止める雷の爪があった。


「うっ……ウソだ。ウソだ~!」

雷槍(リェイチァン)処刑の、針くし刺し」

「はぐ!? ウソ~ん!」


 爪を引き剥がし、斧を振り上げる亀の腹に、地面から突き出た雷の槍が何本も刺さる。

 モキディは亀色の吐血(ブルーブラッド)と共に、絶望を空に絶叫した。


 一方、その頃……


「渦潮崩拳! "波濤蹴り"!」

「サカナ~!」


 炎をまとった魚の骨へ、玉焔の回し蹴りがモロにヒットする。

 魚の病魔は、悲鳴をあげて吹っ飛び、無事消滅した。


「まだだサカナ~! 永世オトビメは不滅なり!」

「むむ、多勢に無勢!」


 そこへ、魚の骨軍団が殺到する。玉焔は片足を引き、拳を振り下ろし、気を溜めた。

 そして、一気に解き放つ!


「渦潮崩拳、"疾風怒涛の波濤脚"!」

「ぐわわわわわ! サカナ、サカナ、サカナ、サカナ~!」


 無数の病魔軍団が、やはり無数の槍ぶすまのような蹴りに撃ち抜かれ、魚であることを主張しながら次次と飛び消えていく。


 やがて、病滅塵のみが吹くばかりとなり、足をおろした玉焔は得意気に手刀を振り下ろした。


「どんなもんじゃい!」

「うわぁ~!?」


 ボッコン! 玉焔の背後で、遺跡の壁を砕き散らしながら、ムキムキの魚人が転がりこんでくる。


「ひィ……ひ、ひい……。はっ!」


 何とか起き上がる魚人が、壁の穴向こうへと魚の目をやる。そこには、チェーンソー剣をぶらさげたヴィゴーが、暗闇のなかで目をひからせていた。


 魚人は怯えて震えるが、迫るヴィゴーの姿を前に、ついに勇気を奮い立ち上がった。


「うお~! オトビメ軍団、群れ魚のタイグン! 負けハジ晒ざば、死ばなを咲かす!」

「遅い。"フォルツァ"!」

「あぎゃがばばばば! もうだめサカナ~!」


 タイグンの渾身のパンチをヴィゴーはあっさりとかわして、ノコ刃に靴底を引っ掛ける。そして起動したチェーンソーを叩き込まれ、魚人は粉々に散り消えた。


「ふう……」


 チェーンソーを肩に担いだヴィゴーへ、玉焔が軽やかに駆けてくる。


「こっちのおサカナ軍団も消えたっす。さすが、ヴィゴーパイ先!」

「ふん……書類があるというのは、あの部屋ですね」

「他の部屋に無かったから、そのはずっす! あっしが見てくるので、パイ先は待っててください!」


 元気よく暗がりへと消えていく玉焔。ヴィゴーはチェーンソーを下ろし、


「さてと……」

「ばははは! オトビメ軍団、隠れ坊のカレヒラメ! さすがのキサマも我が潜伏は、」

「くだらないのよ」

「みぬ、ゲブウッ!?」


 振り向きざまに、すぐ後ろのカレヒラメにチェーンソーを叩きつけた。

 悲鳴をあげて、壁に叩きつけられるカレヒラメ。彼の体へチェーンソーを押しつけたまま、ヴィゴーはもう1本のチェーンソーを手に取り、ノコ刃を肩に担ぎ擦りつけた。


「ツイン"フォルツァ"、起動。神聖出力最大(フルマックス)

「お、ちょい待ち──」

「治療フィーバー、神聖チャージ。(やまい)断ちブレイク」


 2本目の回転ノコ刃をも叩き込み、二刀揃って斬りつける。

 引き裂いた神聖力の牙に晒され、潜伏性病魔カレヒラメはロクな活躍もできずに根絶した。


「そ、そんな……! オトビメさま~!」


 病滅爆炎を背後に、部屋へと玉焔を追うヴィゴー。

 薄暗い部屋には、切り欠きの窓から日差しが入り込み、まず、書類を手にした玉焔の横顔が目に入る。


「見つけたのですね。さあ、それを持って……玉焔?」

「少し、待ってくださいっす……何だか、目が離せなくて」


 答えながらも、書類から目を離さない玉焔。その目は、先とはうって変わって、とろんとしていた。


 ヴィゴーは素早く、書類の表紙に目をはしらせる。「乙屠焔女再帰復魔活禁忌滅却」……ヴィゴーは慌てて玉焔に駆け寄り、彼女の肩を掴み揺さぶった。


「やめなさい、玉焔! それを放して!」

「あなたこそ、やめて……もう少しで読めるのよ。お、と、び……め?」


 直後、2人のいる部屋の天井を、水の巨柱が貫いた。


「──グギャアアアッ! こいつも強ぇ~っ!」

「グワッ! グウ~ッ。弟よ、キサマと生まれた時は違ったが……死ぬ時も別々だ!」

「って、それ自分だけ逃げるつもりじゃん! ずるいよ兄者!」


 庭園広場にて、仲良く吹き飛んできて、ぶつかり合う兄弟ガメ。死を前にして互いを抱きしめる兄弟の絆は、病魔とはいえ美しくも見えよう。


「うわ~! はなせ弟、死んでしまう~!」

「逃がすか兄者~! 一緒に死ね~!」


 ああ美しきかな兄弟愛。なのに残酷にも挟みうちにする形で、2人の美女がそれぞれの武器を掲げ立つ。


「これにて御免(ソーリー)。斬撃マグナム、"病"断ち」

「往来とどろく、鳴動震鈸(シンバル)"雷槌(リェイチゥェイ)重く啼く(ヂォンティー)』"。いざや閉幕、いとさみし」


 マグナムから放たれた剣閃が兄弟を貫き、続いて裘雲(きゅううん)が扇子を開き口もとを隠す。

 途端に雷のシンバルが轟音を立てて、苦しむ空亀たちを打ち砕いた。


「うわぁああ! 兄者~!」

「弟よ~!」


 断末魔と爆炎が噴きあがり、ロビィが信じられないものを見た顔をする。

 やべ、と裘雲(きゅううん)は思い、そそくさと離れようとした。


「おっと、ロビィ様が格好良いので、思わず近くで見すぎました! わたくしは戦えないので、安全なとこまで避難しますね!」

「待ちなさい。釈明ぐらいは聞いてあげる」

「ひぃいい! いつの間にか目の前に! 違うんです。あれは、たまたま近くに雷が落ちたんですよ。偶然ですグーゼン!」


 そんなら偶然、斬撃を放ってやろうか。ロビィが泣き喚く裘雲(きゅううん)の胸ぐらを掴んだ時、


 強烈な破砕音と共に、ヴィゴー達が向かった建物を、水の柱が吹き飛ばした。


「な!?」

「……」


 振り向くロビィの視界に、小さな人影が目に入る。人影は吹き飛ばされた形で、こちらへ近付いてくる。


 ドカァン! と、女が花壇に突っ込み、苦しげにうめいて血を吐いた。


「ぐ、ぐぅ……カハッ!」

「……ヴィゴー!? どうしたのよ!? 何が、」

「わえじゃ」


 ふいに、頭上から声がかかる。そちらを見ると、宙空におわす、そこにいるのは、裾ひらめく天女。


 薄紅の頭髪が長く伸び、薄紅の輪っか(リング)が頭の後ろに2つ並び、バツ字のかんざしから垂れるウロコ鎖、ヒレのようにはためく絹衣。

 彼女を見たものは皆、美女であると言うのは当然、その人心感じぬ凪いだ表情に、誰もが皆こう言うことだろう。


 あれは、人ならぬ海の秘め。神秘、海洋の化身なり。


「……天潮オトビメ軍団、首魁。天玉焔(てんぎょくエン)のオトビメ。わえの城へ踏み入る人の子ら、言祝(ことほ)ぐがよい。わえの胎海(たいかい)が神罰をくだす」


 永世オトビメ、ここに再誕。


「──マグナム!」

「不敬な」


 ロビィが抜き放ったマグナムが、オトビメの張った渦のバリアに吸い込まれる。

 歯を食い縛るロビィだが、渦の中に回る斬撃閃に気付いた時、彼女の目が見開かれ愕然とした。


「水とは鏡。水を穿つは、己を穿つのと同じ。返すぞ」


 ロビィには目もくれず、斬撃を竜巻にして、撃ち返すオトビメ。

 ヘタな攻撃は、かえって危険だ。竜巻の柱を跳んでかわし、ロビィは花壇に転がった。


「ちょっと、何があったの。玉焔は?」


 ヴィゴーに手をかざし、"損傷"を斬ってやる。ヴィゴーは苦しげにうなると、オトビメをあごでしゃくった。


「あれが玉焔です。病魔に憑かれました」

「不敬。わえは玉焔、玉焔こそはオトビメ。この娘は初めから、わえの転生と産まれたり」

「どういうこと? 人にも分かるように説明して」

「いいだろう。そも、」


 ロビィの疑問に答えようとしたオトビメの前に、穹霆宝君(きゅうていほうくん)が立ち塞がる。

 それは丁度、オトビメからロビィ達を庇おうとでもいうような位置だった。


「お待ちください。それは、わたしから説明を」

「……裘雲(きゅううん)。あなた、また」

「許す。だが、手短にな」


 もともと、玉焔は天涯孤独の身であった。

 両親も分からず、なぜか生まれつき拳法も使える。幼い彼女の居場所など、赤子のうちに捨てられた場所、すなわち医療協会に限られていた。


 異世界を渡り、愛しいロビィを探すうちに、天空遺跡のオトビメ伝説に辿りついた裘雲(きゅううん)は、玉焔こそがオトビメの転生体であると突き止める。

 そして、これはしめたと思い、あらかじめ遺跡中を駆けずり回り、オトビメ復活の呪文をまとめ、近くにロビィが居る時にオトビメが復活するよう仕向けたのだ……。


 裘雲(きゅううん)の話が終わった頃、ロビィはマグナムを発砲した。


「いたーぁ!?」

「犯人を見つけたわ。処理するわね」

「な、何をなさるんです!? 今、あなた達を襲ってるのは、わたくしじゃないでしょう!?」


 背中を押さえ、うずくまる裘雲(きゅううん)に、ずんずん近付くと、ロビィは猫でも掴むように裘雲(きゅううん)の襟裏を掴んだ。


「よく聞きなさい宝の君。わたくしはヴィゴーと話がある」

「あら、そうなの……でも、そのぐらいなら待ちますわよ?」

「それは良かった。"殺傷力"断ち」

「……は?」


 手を放され、愕然とする裘雲(きゅううん)に構わず、ロビィはヴィゴーの元へ戻る。

 裘雲(きゅううん)は爆速で起立して、それから顔に手を当て青ざめた。


「おい、人の子よ。話は終わったか。もう襲いかかっても良いのか?」

「ちょっと、何をなさるんです!? あな、あなた、わ、わたくし本当に殺されちゃいますよ!?」

「玉焔もオトビメも、あんたの自由に遊べるオモチャじゃないわ。オトビメ様、もう少し待って。我慢できなかったら、そこの宝君が相手する」


 のぉおおお~! 裘雲(きゅううん)の絶叫を後にして、ロビィはヴィゴーに膝まづき、それから肩を貸してやる。

 裘雲(きゅううん)と、オトビメの力量は互角。双方どちらが勝つにせよ、残った方もタダでは済まないだろう。


 だが、それは互いに殺意みなぎる万全状態であるのが前提だ。

 "殺傷力"を断たれた裘雲(きゅううん)では、オトビメには絶対に勝てず。かと言って、先と同じく"斬り傷"を斬ろうにも、殺意満点の同格相手に、そんな繊細な技をやる余裕があるとも思えない。


 かくなる上は、


「それでは、オトビメ様。急用を思い出したので失礼いたしま──」

「"海の降臨"」

「ッ、キャァアアアッ!?」


 オトビメを中心にして、周囲に無数の、強力な水の柱が降り落ちる。裘雲(きゅううん)は成す術なく悲鳴をあげて、連続ヒットにあえぎ、ブッ飛ばされた。


「どこへ行く? 聞けば、わえを起こしたのはキサマだと言う。ならば、まずはキサマが相手するのがスジだろうて」

「う、うぅ~。正論パンチやめてくださいまし! わたくし、叱られ慣れはしてませんのよ!?」

「さあ、立てい。異世界の神。次なる攻撃で、キサマの頭をカチ割れるか試す」


 宙空のオトビメの背後、巨大な渦が唸りをあげる。

 どう見ても、逃がしてくれそうにはない。裘雲(きゅううん)はヤケになって跳ね起き、ロビィへの怒りに絶叫した。


「ロビィイイイッ! テメ、絶対ブッ殺してやるゥ──!」

「"海の再臨"」

「仙龍寄譚! "雷電(リェイヂェン)咆哮(パォシア)"ァアッ」


 庭園を吹き飛ばす勢いで、水柱の竜巻と雷の龍が大激突。

 しかし、殺傷力を引かれた分、雷龍の威力も削げ落ちている。


「どうした? その程度か」

「う、ぅおお……っ。ぐ、ぎ、ぐぎがぎ……っ!」


 誰の目から見ても、勝負の行方は明らかだった。


「ロビィィイイイイ~! っ、ぎゃあああああ~……!」

「……」


 膝を立てて休むヴィゴーを前にして、ロビィは冷たい目を向けた。

 そして、もう一度確認する。


「オトビメを倒すために、玉焔ごと全力で叩く……本当に、それでいいのね?」

「…………はい。思いっきり、やってください」


 荒々しく喘ぎながら、ヴィゴーは言った。"消耗"を斬った今、その様は、それだけのせいとは思えない。


「オトビメを倒すのに手加減しては、こっちがやられます。それに、死んでも玉焔は復活できる──」

「でも!」

「いい加減にして!」


 ヴィゴーは髪を振り乱し、涙を流した。病魔オトビメに自我を奪われて、玉焔が支障なくリポップできるとは限らない。

 そんなこと、とっくにヴィゴーは分かっているのだ。


「はじめから強かったアナタに──最初から病魔に勝てるアナタに、病魔の、シスターの、あの子の何が分かるというの!?」

「……っ、」

「……病魔と心中する覚悟は出来ています。わたし達はシスターです」


 口血を拭い立ち上がるヴィゴーを、ロビィは止めることが出来ない。

 ヴィゴーは背中に衣装ケースを担ぎ、マシンガンを手に取り出した。


「まずは、わたしが全部叩き込みます。ロビィにはトドメをお願いするわ」

「待って」

「ロビィ」


 苛立ち紛れに振り返るヴィゴーに、ロビィは駆け寄ってとりつく。ヴィゴーの擦れた目の色が、違う色を持つロビィの目をとらえた。


「聞いて、ヴィゴー。作戦があるの──」


 庭園花壇。花畑を散らして、裘雲(きゅううん)の体が転がった。


「ぐぅううっ……く、雷槍(リェイチァン)!」

「貴様……マジメにやっておるのか。何だ、ソレは」


 降り立ったオトビメに雷の槍がはしるも、すぐに掴まれ砕かれる。悔しさと絶望に息をのむ裘雲(きゅううん)の顔を、オトビメの足指が蹴っ飛ばした。


「っ、アァアアアッ!」

「余所の神とて、この程度か。もう死ね、つまらん」

「あ、ひぃ……!」


 悶える裘雲(きゅううん)に向き直り、オトビメ背後の空間が渦立つ。

 巨大な目のように広がる渦は、まるで曼陀羅図のようで、裘雲(きゅううん)に嘗ての死を連想させた。


「い、イヤァアアッ!」

「"永い海の──ん?」

「なら、つまるものをお見せします。天の病魔、オトビメ様よ」


 急激な神聖力の高まりを感じたオトビメの前に、エスコヴィレを両手にさげたヴィゴーが降り立った。

 続いて衣装ケースを担いだロビィが、立てない裘雲(きゅううん)の傍に降りてくる。


「力比べといきましょう。神聖出力200パーセント。治療規模、超最大(メガマックス)。ファイナル医療、エンドオブ(やまい)

「くだらん。2人がかりなら勝てるとでも?」

「どうかしら。わたくし達は、けっこう強い」


 衣装ケースのハッチが開き、ロビィがマグナムを抜き構える。

 オトビメの背後が決壊し、血塗れのヴィゴーがシャウトした。


「くだらぬ驕り諸共、死ね。"永い海の終わり"」

「不健康断ちの弾あらし──シュ~ト!」


 そして一瞬、時が止まった。


 花畑は即座に吹き飛び、銃弾やビームの嵐が、水の波濤に飲み砕かれる。

 降り注ぐビーム・ミサイルの雨は、放たれる洪水に比べれば蟻と恐竜。荒れ狂う瀑布は、ワニの形となり、花壇中を滅茶苦茶に噛み砕いた。


「がっ……は……!」

「フン……勝負あったな」


 マシンガン達が渦に飲まれ、使い手がその場に崩れ落ちる。

 衣装ケースも扉を剥がされ、本体も欠けて、砕け壊れた。


 対して、オトビメは全くの無傷。渦が消え立つほどに力を使ったが、しょせんは人間。そこまでが限界だ。

 そして、無慈悲な病魔の目が、崩れ落ちた敗者の姿をとらえた。


 傍らに折られたマシンガンとショットガン。そして、その真ん中に潰れた、ロビィの姿。


 それだけだ。

 ヴィゴーはいない。


「……えっ。グッ!?」


 呆気にとられるオトビメの頭に、背後から投げられたチェーンソーがぶつかる。

 跳ね飛んだチェーンソーを空中でキャッチ、その勢いで回転しながら、ヴィゴーは肩にノコ刃を滑らした。


「オトビメ~!」

「き、キサマァ! ぐゥ!」


 神聖力回転のノコ刃が炸裂。ガードが間に合わず、オトビメの体が吹っ飛ぶ。

 ロビィは軋む体を無理に立たせ、


「"損傷"斬り、"痛み"斬り! ガブッ!?」

「わ──っ!?」

「グ……連射! 重ねがけ! "病"斬り~!」


 空中のオトビメを、マグナムで何度も何度も撃ち抜いた。

 ……勢い余って自分を斬り過ぎたが、作戦は上手くいったから良し。


 ロビィが崩れ落ちるのと同時、オトビメの体が落下した。


「があっ! なぜ……! なぜ!?」


 転がるオトビメに、近付く足音。ヴィゴーが手のひらに、神聖力をスパークさせる。


「待っ、やめろォ! 人間ごときがァ~!」

「初級修道術、医者"手当て"……フッ!」

「がっ──」


 かざした手のひらから、小さな、そして柔らかな電流が咲き開く。

 かざした手から、病が治る。一番最初の、神の奇跡の再現技だ。


 オトビメは目を見開き、それから眠るように気を失った。


 ヴィゴーは辺りを見回し、潰れたロビィへと目をやる。

 ロビィは既にこと切れていた。後で彼女に礼を言わないと。


 何度も復活できるのが普通とはいえ、死の苦痛と冷たさは、何度やっても怖いものだからだ。決して、慣れるものではない。


 ましてや、死んだ者を、永遠に失うなどと。

 考えたくもない、底知れぬ恐怖だ。死ぬ方にとっても、死なれる側にとっても。


 ヴィゴーは眠る後輩の顔を見下ろし、それからゆっくりと抱き上げた。


 もしも、オトビメが生きていれば、ヴィゴーも殺されるだろう。だが、それは同時に玉焔を二度と助けられないであろうという未来に繋がる。


 かくなる上は、もはや後輩と共に死に、そして自分も復活を諦めよう。決意を静かに固めるヴィゴーに、か細い声がかけられた。


「ぱい、せん……近いっす。服が、汚れちゃうっすよ……」

「玉焔!? ……ぎょくえんっ」

「はい……玉焔っす。あの、体が痛いし、ぎゅっとしたら、苦し……うわぁ~ん!」


 むせび泣く2人を遠巻きに眺めながら、リポップしたロビィは、借りたスマホで協会の救助を要請した。

 病魔憑きが助かった場合、協会管理の病院で検査入院をする決まりだ。もしも彼女の身に病魔が残ってたとしても、協会の訓練次第で、それは玉焔の強力な武器になるだろう。


 スマホをしまい、そばの塀から抹茶ラテのボトルをつまみ上げるロビィのかたわら、穹霆宝君(きゅうていほうくん)が扇子を開いた。


「……生きてたんだ」

「死んで復活したのよ。異なる世界でも、わたくしが変わらず不滅で安心しましたわ」

「生き返らなくて良かったのに」

「何ですって」


 扇子ごしに、ロビィを睨む裘雲(きゅううん)。心配なのは、オトビメに勝った戦法を、コイツに見抜かれてやしないか、ということだ。


「なあに、その目。心配しなくても分かってるわ。"時の流れ"を斬ったのね。面白い入れ替わりマジックだったわ」

「……本当に、生き返らなくて良かったのに」

「何よ。真似も悪用もしません。今のわたくしには斬撃術は難しいもの」


 時の流れから自身を切り離す。規模が大きく、また時のない空間で動くのも、ありえないほど集中力を使うため、専門家のロビィすら長くやるのは疲れる所業。

 他人の体も動かすのは賭けだったが、ロビィの腕は確実に進歩していたのだった。


「あ、そうだ。わたし、ヴィゴーから預かっていたものが、もうひとつあるのよ。裘雲(きゅううん)に」

「あら、何です。愛の指輪とか?」

「まあ、そんなもんかな。はい、これ」


 ……がちゃん。差し出した裘雲(きゅううん)の両手首に、鉄の手カセをはめてやる。

 宝の君が、両目を丸く見開いた。


「何よ、その目。協会約定第12条、何人たりとも故意に病魔のパワーアップをはかったり、悪用してはならない……ヴィゴーの受け売りだけど」

「……アナタ、けっこう負けずギライよね」

「何のことかしら。さあ、もうすぐ協会の者が来るわ。約定違反は、依頼人であっても叱られる。たっぷり絞られておいで」


 数分後、逃げるのが間に合わなかった裘雲(きゅううん)が、屈強な協会のシスター達にとらえられる。

 そして後日、蒸気鳥新聞の片隅に、協会から脱走した者のゲス笑い顔が指名手配で載せられることになる……のだが、それは読者に関係ない話なので割愛する。


 協会附属病院の庭先、出てきたヴィゴーに、ロビィが近寄り声をかける。


「それじゃあ、もう行くわ。お邪魔したわね。今までありがとう、ヴィゴー」

「本当に行ってしまうのですね。弱りました……苦情の数が増えてしまいます」


 分かりにくいほどに、口角を少しだけ持ち上げるヴィゴー。相変わらず、分かりにくい人。

 そう思うロビィの顔も、また分かりにくいぐらいに、ささやかな笑みだった。


「惜しいですね。きっと腕のいいシスターになれるのに」

「修行だもの。シスター業務から学べるものは沢山あったけど、それだけやるには、わたくしの目的には狭すぎる」

「待ってください。これを」


 立ち去ろうとするロビィに、ヴィゴーはスマホを手渡した。

 ロビィのイメージ、葡萄酒(ワインレッド)と山吹のツートンカラーだ。


「余分に申請した、余りものです。捨てるのも忍びないので、友人として受け取ってください。それから、協会はいつでも歓迎します」

「ありがとう。ヴィゴー。アナタには苦しめられもしたけど、アナタとの仕事は良い修行になったわ。また会いましょう」


 ええ、また。今度こそ背中を見せ、去っていくロビィの背中を見つめ、ヴィゴーは自分のスマホを取り出した。


「こんな、わたしにも……友達ができたよ。お母さん」


 登録したメールアドレスを、ひとつ消す。

 スマホを閉じてポケットに入れると、ヴィゴーも門へと歩き出す。


 道路まで出たところで振り返ると、病院の窓から玉焔が顔を出し、手を振ってきた。


「すみませ~ん、パイ先。次はお肉とかお菓子とか持ってきてくださいっす~……! ハンバーガーとか、シェイクとか、あとそれからそれから……!」


 元気な玉焔にとって、協会の精進料理は、かなりツラい。

 ヴィゴーは分かりにくい微笑を浮かべ、後輩に手を振ってやった。

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