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8話 応募とお誘い



 加筆修正を繰り返し、当初予定していたページ数よりも多くなった紙の束を見てアメリアは緊張していた。いよいよ今日、自分が書いた作品を応募しに行く日となっていた。


「……本当に、大丈夫かしら」

「奥様なら大丈夫に決まってます!」


 身支度をしながらそんな会話をする。

 自分が公爵夫人であるとバレないために、少しでもいつもと違う格好をすることにしたのだ。幸い、ウィリアムは朝食を食べた後すぐに商談へと向かったため、彼にバレずに作品を提出しに行くことが可能だった。

 長い髪をあえて下ろし、ドレスも伯爵家にいた時のものを着ることにした。流行遅れの古いドレスを着ていれば、公爵夫人だとバレることもないだろうと考えたのだ。この古いドレスは最初は処分することも考えていたが、捨てずに保管をしていて正解だったと二人で話した。


「なんだか私も緊張してきました。奥様が選ばれたらと思うとドキドキしてしまいます」

「気が早いわよ。まだ提出すらしていないのに……」


 それでも、初めて作品を提出することにアメリアもひどく緊張しており、一人で過ごしていたら全身の震えが止まることもなかっただろう。

 無事に着替えも終わり、あとは荷物の用意さえすればいつでも屋敷を出れる状態となった。

 一枚の漏れもないように再度確認をし、丁寧に封筒へと入れて荷物をまとめる。緊張のせいか手は少し震えている。そんなアメリアの様子を見てか、リリーは自信ありげの顔で拳を握ってみせた。


「私は、奥様がどれだけの熱意を注いでこの作品を書いていたか知っています。きっとそれは、読んでいる人にも伝わります!」

「リリー……」


 アメリアはありがたい気持ちでいっぱいになった。いずれはどこかの出版社に持ち込むつもりではあったが、まだ先になる予定だった。彼女がいなければこんなに早く応募することもなかっただろう。

 屋敷を出て、馬車に乗り込んで目的の新聞社へと向かう。そこまで遠くない道のりだというのにひどく長く感じる。

 馬車に揺られること二十分、目的地に到着したため御者のエスコートを受けながら馬車から降りた。目の前にある建物は立派で、背も高く綺麗な建物だった。新聞だけでも十分にやっていけているのが建物からもよくわかる。

 ノックをしてからドアを開ければ、そこには受付を担当しているらしき二十代前半の若い男性がにこやかに出迎えてくれた。


「こんにちは、当社にどのようなご用件でしょうか?」

「初めまして、私はアミーと申します。先日の新聞で作家募集をしていた件で参りました」


 アメリアは自分の愛称である“アミー”を名乗って話を始めた。

 女性が来たことに対して何か言われたりするのではないかと不安になっていたが、特に何も言われないまま、受付の男性は笑顔を崩さないまま応接間へとアメリアとリリーを案内した。


「今、担当の者をお呼びしますのでこちらでお待ちください」

「ありがとうございます」


 受付の男性は一度礼をしてから部屋を出ていき、この部屋にはアメリアとリリーだけとなった。

 緊張がピークに達しているのかアメリアは足までも震えそうになり、今となっては声を出せば情けない声が出そうなほどだった。リリーもその緊張に影響されているのか、後ろの方で立ちながら何度も深呼吸を繰り返していた。

 すると部屋に男性と女性が一人ずつ入ってきた。男性の方は三十代前半で、女性の方は二十代後半のように見えた。


「初めまして。新聞編集者のヘンリーと申します。そしてこちらが……」

「ヘンリーの妻、ソフィアです。私は記者であり、今回の小説連載の企画担当でもあります。どうぞよろしくお願いします」

「アミーと申します。こちらこそ、よろしくおねがいします」


 挨拶もほどほどに、ヘンリーは自社の経歴を話すと共に彼の妻であるソフィアについても紹介をした。どうやらソフィアの仕事ぶりも買っているらしく、今では良きパートナーでありながら大切な仕事仲間であることを説明してくれた。

 夫婦はまさに、アメリアが前世で何度か願った夫婦の形であった。共に仕事をし、支えあっていく。そんな夫婦の理想を抱いていたが、アメリアはそれを叶えることができなかった。だが今となっては、そんな夫婦を見ても羨ましいという気持ちを抱くのではなく、ただただ微笑ましいと感じる。これも前世とは大きく異なる部分だろう。


「企画のことをあらためてお話しますね」


 ソフィアは丁寧に説明をした。

 今回の企画では多くはないが、数人の作家と契約を結びたいこと。もし選ばれた場合には長期の契約となるが、あまりにも批判や評判が良くなければ打ち切りになる可能性もあること。逆に評判が良ければ書籍化の可能性もあり、報酬はそれ相応になること。他にも彼女が目指す最終地点の話もされ、アメリアはそれに感動をしていた。

 ここまで真剣に企画に取り組むのであれば、選ばれた時にはいい方向に話が進むかもしれない。自分が女だからと否定をされるわけでもなかったため最初に読んだ新聞に書かれていた通り、性別も年齢も身分も問わないのだろう。これなら安心もできる。


「何か不明な点はありますか?」

「そうですね……もし通った場合にはどのようにして連絡が来るのでしょうか?」

「希望者には手紙での知らせを出しますが人によっては偽名……所謂、ペンネームを使って応募している場合もあるため、新聞にて発表をしようかと考えています。なので、新聞に自分の作品名と名前が載っていた際に再度当社に来ていただきたいと考えています」


 アメリアはホッと胸を撫で下ろした。彼女が一番心配していたのはウィリアムに知られてしまうことだ。

 自分の妻が小説を書き、それを連載していたともなればいくら興味を示さないウィリアムでも放っておくことはできないだろう。アメリア宛に手紙が届いただけで不審に思われる可能性もある。それを理由に離婚をされたり、せっかく実家に支援をしてくれているというのにそれを止められたら両親に何を言われるか考えたくない。それだけはどうしても避けたかった。


「他になければ、作品の方をお預かりします。発表の後に返すこともできますので、その際は気軽にきてください」

「わかりました。それではよろしくお願いします」

「こちらこそ。本日はご応募ありがとうございました。アミーさんの作品、楽しみにしております」


 にっこりと笑ったソフィアは、読むのを心底楽しみにしているように見えた。自分で企画を立てたところを見ると、彼女も読書好きなのかもしれないとアメリアは思った。機会があれば、彼女と友人になりたいとも思った。

 一歩外に出れば緊張していた体が解放されたからか、その場にしゃがみ込みそうになった。リリーと外で待機していた御者がそれに気づき、倒れることはなかったがアメリアの体は力が抜け、一人で立つのが少し難しいほどだった。


「ごめんなさい、ホッとしたら体が……」

「早く帰りましょう。出すものは出しましたし、あとは待つのみです!」


 アメリアはその待つ時間さえ緊張し、結果が出るまではろくに眠れない日が続続くだろうと思ったが、結果が出る日は決まっている。応募した後にできることなんて祈ることくらいで、それ以外にできることは少ない。

 二人は馬車に乗り込み、屋敷へと戻った。


 屋敷に戻り、ドレスを脱いで室内着に着替える。

 作品の連載が決まらなくても作品は返してもらいたいと考えているため、先ほどまで着ていたドレスは取っておくことにした。


「ふぅ……」


 アメリアはソファに深く座り、一息吐いた。

 無事に提出ができたというのに、それでも緊張が完全に抜けていないからなのか、なんだか体はふわふわと浮かんでいるような変な感覚であった。

 もし選ばれるとなったら、それはすごく嬉しいこと。だが、ここで期待をしすぎても結果が駄目であればショックでひどく落ち込むことにもなる。深く考えてはいけないというのに、どうしても考えてしまうのは仕方のないことだろう。


「奥様、お疲れのところ申し訳ありません。実は私たちが出かけている間に手紙が届いたようで……」

「手紙?」


 リリーからその手紙を受け取り、差出人を見る。

 それは伯爵令嬢のリーゼ・ベネットからの手紙であり、嫌な予感を感じながら封を切り、手紙の内容を読んだ。

 読めば、アメリアの結婚に対するお祝いの言葉と結婚祝いのお茶会を開くから参加をしてほしいといった内容だった。断りたいと思っても、アメリアの結婚祝いのお茶会であれば参加せざるを得ないだろう。

 リーゼ・ベネットとはベネット伯爵の一人娘である。ベネット伯爵はアメリアの父、ブラウン伯爵と商売において契約を結んでおり、娘同士の友人関係はこれといってない。だが、両親が仕事で深い関係にある以上、この誘いを断ることは尚のことできない。

 前世でもこのお茶会に参加したことはあったが、それはひどいものだった。リーゼはウィリアムに婚約を申し込んだ令嬢のうちの一人でもあり、ウィリアムに恋をしていたというのに選ばれたのは同じ爵位生まれのアメリア。そのことからアメリアに対して強く敵対視しているため、お茶会に参加した時もひどい言葉を浴びせられた。


(すっかり忘れていたわね……)


 アメリアは物語を読んだり書いたりをすることに夢中になっていたため、過去にあったこの出来事を忘れていた。

 小説のことばかり考えていられないのか、と残念になりながらもリリーに手紙のセットを用意してもらい、返事を書き始めた。


『リーゼ・ベネット様

結婚祝いの言葉及びお茶会のお誘い、とても嬉しく思います。

ぜひ参加させて頂きます。

感謝を込めて、アメリア・ウォーカー』


 短い返信にはなるが、これで十分だろう。

 封筒に入れ、最後に公爵家の紋章をシーリングすれば手紙は完成した。あとはリリーに任せ、アメリアはもう一度深く息を吐いた。


(気が重いわ)


 小説連載の発表よりも先に、このお茶会がある。

 すでに感じている疲労を無視しながら、アメリアは軽く目を閉じた。

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