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5話 威厳とドレス



 翌日、アメリアは久しぶりの外出をしようとしていた。

 目的はもちろん、本棚だ。外へ出ずに注文をすることも可能だったがアメリアは自分で見て選んで買い物をしたかったのだ。

 外出用のドレスに着替え、髪も整える。外に出るだなんていつぶりだろうか。少なくとも一人で買い物に行くことは一度も経験がなく、アメリアは不安もあったが楽しみという気持ちの方が勝っていた。


「奥様、この機会にドレスも買ったらいかがでしょうか」

「え、伯爵家から持ってきたものがあるから十分よ」

「ですが……」


 リリーはクローゼットの中を見た後、アメリアが身につけているドレスを見た。流行遅れのドレスに、着古したドレス。今身につけているものだって上等なものであっても少し古く見える。クローゼットに一着だけ立派なドレスが入っているが、それは公爵家に嫁ぐときに着用したもの。ちょっとの買い物でそれを着るのは華やかである。

 いくらなんでも、新しいドレスを買わなければ公爵夫人として恥ずかしい思いをしてしまう。

 アメリアはドレスに対して、新しく買うのは勿体無いと思っていた。彼女の母は最低限のドレスしか与えなかったというのに、母は頻繁に新しいドレスを仕立てたりしていた。アメリアが新しいものが欲しいと言ったところで買ってもらえるわけがなかった。物を買って欲しいと発言してしまえば、両親に罵倒されるだけ。何かをお願いすれば罵倒される、という経験が深く刻まれているアメリアはなにも買うことができなかった。

 前世でもアメリアは持っている服は少なかった。室内着はあったものの、ウォーカー夫婦としてパーティーに出席した時にドレスを買ったくらいで外出用のドレスはほとんど持っていない。今でも新しいドレスを欲しいという気持ちにはならず、変わらない価値観のままである。


「奥様、さすがに外出用ドレスを新調した方が良いと思います」

「でも、新しく買うなんて旦那様に迷惑でしょ?」

「……いえ、このままそのドレスで出かけてしまうと旦那様に迷惑がかかります。奥様、あなたはもう公爵夫人です。そんな貴方が古いドレスで出かければ周りの方は「公爵家にはお金がないのか」、「夫人は恥知らず」と思うでしょう。どんな噂が立つかもわかりません」


 そこでアメリアはハッとした。

 前世でもリリーはこうやってアメリアを正そうとした。あまりにも貴族とは思えない価値観をどうにかして貴族らしく、公爵夫人らしくしようと言葉をきつくしてでも伝えていた。だが自己肯定感も低く、強い言葉ばかりを浴びていたアメリアには響くことはなかった。


(今世こそ、失敗をしないようにと思ったけど)


 アメリアは自分が情けないと思った。

 前世でもリリーはこうやって言葉を伝えてくれていたというのに、自分は何も直そうとしなかった。これも、人生に後悔しないために決意をしなければいけないことだろう。


「……わかったわ。でも、恥ずかしいことに私はドレスを一人で買ったことがないの。リリー、一緒に選んでくれる?」

「ッもちろんです、奥様! それではドレスを買った後に本棚を買いに行きましょう」

 

 そうして、身支度を終えたアメリアは外に出た。正直このドレスで買い物に行くのは恥ずかしいことだが、着る物がないのだから仕方ない。

 馬車に乗り込み、街へと向かう。車内での会話は、どんなドレスが良いかなどの話だった。


「奥様はどんなものが好みですか?」

「好み……も、特にないわね」

「そうですか……でも、奥様はスタイルもお顔もとても綺麗ですから、なんでも似合いそうです」

「……そんなことないわ。でも、ありがとう」


 馬車はあっという間にドレス屋に到着した。御者の手を借りながら馬車から降り、ドレス屋の中へと足を踏み入れる。

 するとそこにはたくさんの布や綺麗なドレスが並んでおり、目移りしてしまうほどに煌びやかで華やかだった。それを見ただけでアメリアの心は動き、胸が高鳴った。


「いらっしゃいませ。御用は?」


 奥から店主らしき人が出てきた。店主はちらりとアメリアの姿を見て(なんだ、大した客じゃない)と思った。

 それもそのはず、アメリアの今の姿というのは田舎の貴族のような格好をしている。そんな格好であれば店主も気が抜けてしまうだろう。


「こんにちは。外出用ドレスを何着か購入したくてきました。何かおすすめはありますか?」

「おすすめ……そうですね、ここには奥様におすすめできるようなものはございません」

「え……」

「な、あんまりではありませんか⁈ 私たちはお客ですよ!」


 リリーは思わず声を荒げた。あまりにも酷い対応に腹を立てたらしく、彼女の顔は怒りで赤く染まっている。

 アメリアの方は唖然としていた。嫁いでからの初めての外出で、初めてのお店で心が躍っていたというのに急に冷めたような感覚に襲われた。


「ですが、奥様に合うものはここにはありません。それに、支払えるかどうか……わかったもんじゃありません」


 店主は馬鹿にするような言い方で、あまりにも酷い言葉をぶつけた。

 見た目でしか判断のできない店主に流石のアメリアも怒りが沸々と湧いてきた。かといって反論をすることはできない。アメリアは自分があまりにも弱いと思った。


「……奥様、違うお店に行きましょう。旦那様が契約しているところは他にもあります」

「……契約?」


 店主は耳を疑った。

 契約、とはいったいなんのことだと思った。契約といえば、貴族とドレスの仕立てを契約している家もあれば材料を卸してくれる企業もある。

 ウィリアムが経営している布屋があり、アメリアたちはその布を卸している店に来ていた。


「この方は、ウォーカー家の夫人です。あまりにも無礼な態度を見逃すことはできません。このことはウィリアム様に報告させていただきます」


 リリーは強気で答えた。アメリアはそのリリーの姿に驚きながらも尊敬し、自分の頼りない態度に申し訳なく思った。

 店主の方はといえば慌てながら弁明しようとしていたがすでに遅かった。


「も、申し訳ありません! まさかウォーカー公爵夫人だったとは……! どうか、どうかご勘弁を……!」

「……すみません」


 アメリアは必要がないにも関わらず、謝った。

 ここまで来ると怒る気にもなれず、もはや店主がこんなに狼狽えるほどのことをしてしまったことへの罪悪感はあった。だが、ここで自分が許してしまえば公爵家の威厳がなくなると考え、せめてもの言葉を出したのだった。


 二人が店を出ようとした際、店主は絶望に浸った声で「もう、おしまいだ……」と呟いた。



 そんな店を後にし、アメリア達は数軒先のドレス屋へと訪れた。先程の店とはまた違った雰囲気だがシンプルかつ煌びやかなドレスが並んでいた。


「いらっしゃいませ、奥様。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」


 比較的穏やかで、紳士のような落ち着きのある笑顔で店主が迎え入れた。にこにこと優しく笑うところを見ると営業スマイルかもしれないが、アメリアの姿を見ても引かずに一人のお客として扱っている。この時点で安心ができる。


「こんにちは。外出用ドレスを何着か購入したいのですが……」

「かしこまりました。希望はありますか?」


 店主は丁寧に礼をし、要望を聞く体勢になった。だが、アメリアは特に希望がない。強いて言えば派手になりすぎないもの、くらいだろうか。


「ウエストが絞られ、スカートは少し広がるものを。色味は淡い色でデザインは派手にならないものをお願いします」


 アメリアが戸惑っていると、リリーが店主に要望を伝えた。その様子に店主は少しだけ驚きながらも「かしこまりました」と返事をして何着か見繕い始めた。

 アメリアは伝えてくれたリリーにお礼を伝え、二人で小さく笑い合った。

 どんなものが用意されるのか楽しみにしながら待つこと数分、店主は三着ほどのドレスを持って戻ってきた。


「お待たせしました。こちらは如何でしょうか?」


 デザイン全体が見えるように、店主はハンガーを壁にかけてドレスを見せてくれた。

 小さな宝石で光る布たちは大人しくも綺麗な光を放ち、デザインも全体的にシンプルだった。淡い色が映え、細かいレースも施されている。アメリアにとても似合うドレスのデザインだった。


(綺麗……旦那様は、こういうことにも関わってるんだ)


 この綺麗なドレスたちの元を辿れば布であり、それを卸しているのはウォーカー家が経営している店だ。これらを仕入れ、経営して、その布を使われたドレス達が世に回ってたくさんの女性を笑顔にする。ウィリアムはそこまで考えていないだろうが、アメリアは自分の旦那がこういうことに携わっていることに感動した。

 女性店員の手を借りながらドレスを試着すれば、鏡に映ったのは美しい姿のアメリア。彼女はそこで初めて、自分に似合うドレスを着たのだと実感した。今までは母の好み……というより、母がてきとうに選んだドレスだったためアメリアに似合うものではなかったが、今回は違う。リリーや店主の力を借りて選んだドレスというのはアメリアにぴったりであった。


「すごい……」

「よくお似合いです!」


 リリーは少し興奮気味に反応を見せた。褒め言葉を並べ、色々な角度からアメリアを見ては「素敵」や「とてもお似合いです!」などお言っている。アメリアはその反応を見て安心した。自分だけが似合っていると勘違いしていたらどうしようかと思っていたのだ。


「今試着したもの、全て購入します。サイズを直してウォーカー家に送っていただけますか?」

「かしこまりました、奥様」

「それと、今着ている一着だけはすぐに着ていきたいのだけど……可能でしょうか?」

「もちろんです。少しだけお時間いただきますが、お茶を淹れますので少しお待ちください」


 店主は見抜いていたのか、それとも驚いていない振りをしているのか。公爵家の名前を出しても平然とした態度で、先ほどと態度を変えることなく接客を続けた。

 これを見たアメリアはこのお店なら信用できると考え、運ばれてくるお茶を飲んで待つことにした。


(……ところで、値段を見ずに買ってしまったけど大丈夫かしら)


 ドレスとなれば高価なものだ。

 いくら自分の旦那が卸しているお店とはいえ安くは済まないだろう。そのことに少しだけ不安を覚えながらアメリアは領収書を受け取った。

 するとそこにはアメリアの想像ができないほどの金額が書かれていた。書かれていた値段は普通のドレス店にしてはお値段が優しかった。デザインをシンプルにしたこと、加えてウォーカー家が関係していることで値段は優しめだったのだが、アメリアにとっては信じられない価格だった。ドレスを数着購入しただけでこれとなれば、自分の母は一体どれだけの浪費をしていたのか想像もできなかった。

 リリーに不安の目をしながら訴えれば伝わったのか、彼女はアメリアの横に来て値段を共に確認してくれた。だがリリーの反応はアメリアの予想に反して「思ったより安い」という反応を見せた。


「こ、これが適正価格よりも優しいの……?」

「ええ。少なくとも私の経験上、とても良心的な価格かと思われます」


 そのことにショックを受けたアメリアは震えながらも領収書に支払いのサインをし、サイズ直しされたドレスに着替えた。

 古いドレスの方は新しいドレスと共に公爵家へ送ってもらうことになったが、アメリアは「旦那様に何かを言われたらどうしよう」としか考えておらず、心ここにあらずの状態であった。

 本棚もきっと高い。それを考えただけで楽しみだという気持ちよりも「何かを言われたらどうしよう」という気持ちでアメリアはいっぱいだった。

 それとは反対にリリーは、自分が仕えている奥様と楽しい買い物ができたと大変満足な様子だった。

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