33話 感情
チェンバレン公爵は片手をあげながらこちらに声をかけてきた。
お互いに軽くお辞儀をしたあと、チェンバレン公爵が話し始めた。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした。改めまして、本日はお招きいただきありがとうございます」
「いや、むしろこちらが迷惑をかけたよ。こんなことになるとは思わず、招待者の確認を怠ってしまった。もっとしっかりと管理しなければならなかった、本当に申し訳ない」
頭を下げられたのですぐに止めようとしたが、その行動を旦那様に止められてしまった。
なぜだろうと思ったけれど、止められたことですぐに理解した。チェンバレン公爵と私たちの爵位は同じで、立場も対等。この謝罪は主催者としての謝罪であり、それを止めてしまうのは失礼になってしまう上にこの件をこちらが無条件で許してしまうことになる。
許すも何も、結果としては両親と縁を切るきっかけをくれたのだが、周りの目には「きっかけ」ではなく「あんなことを親にされてしまえば、縁を切るのも無理はない」と思わせなければならない。
なので、ここは素直に謝罪を受け入れるしかない。私としてはきっかけをくれてありがとうと、お礼を伝えたいところだというのに。
やはり貴族社会は面倒だなと思うけれど、仕方のないことだ。
「謝罪を受け入れてもらえるだろうか?」
「ああ。アメリアも納得しているようだし、問題ない。謝罪を受け入れよう」
「ありがとう、感謝する」
この場面を見ている貴族たちを見ると、うんうんと頷きながら私たちのことを見ていた。
残っている貴族たちはどうやら信用できる人たちらしい。これなら変な噂も出回ることはないだろう。むしろ、互いにいい印象を残せたように思える。
ようやく自分たちの順番が来たので、旦那様にエスコートをしてもらいながら馬車に乗り込んだ。
家に帰るための馬車だからか、座った途端一気に疲れが押し寄せてきた。まさか、今夜の夜会で両親と縁を切ることになるとは思っていなかったし、あんなに言い争うことになるとも思っていなかった。
今まで大人しく従っていたのが嘘みたいに、両親に反抗した。過去の自分からは全く考えることのできない行動に自分でも驚いたが、それ以上に慣れないことをしてしまったこともあり、精神的にも疲れてしまった。
小さくため息をつくと、向かい側に座っている旦那様が心配そうにしながら私のことを見ていた。
「今日は疲れただろう」
「はい……でも、旦那様に支えていただけたのでとても助かりました。本当にありがとうございます」
私の隣に立ち、支えてくれた。
私の意見を後押しするようにも話をしてくれたし、私が伝えきれなかったところも伝えてくれた。しかも、唯一の家族になってくれると言ってくださった。その言葉で、私がどれだけ救われたのかわからないだろう。
「本当に、本当に感謝しております。旦那様のおかげで、両親とも縁を切ることができました」
「いや、むしろ対応が遅くなって申し訳ない。君の家族のことは知っていたのに、知らないふりをし続けていた俺にも責任がある」
「そんな……旦那様がお気になさる必要はありません。私の問題ですし、今回の件で心が軽くなりました」
それに、前世では縁を切ることもできないまま生を終えた。
わざわざ縁を切る必要もないとは思うが、今回は切って正解だっただろう。前世とは違って、今世では色々と変わったからパーティーや夜会に出席することが多くなった。このまま親子関係を続けていれば、また支援をお願いされていたに違いない。そんなことを何度もされてしまえば、私だけではなく旦那様、さらには公爵家にも迷惑をかけてしまう。それは避けたい。
「それなら、いいんだ」
旦那様が優しく微笑んでくださったので、自分も自然と笑みが溢れた。
しばらく馬車に揺られていると、屋敷に到着した。
もう真夜中で、体は限界に近い。今すぐにでもドレスを脱いで眠ってしまいたい気分だった。
「もう夜も遅い。今日は色々あって疲れただろう、早く寝るといい」
「お気遣いありがとうございます。旦那様も、今夜はゆっくりと休んでくださいね」
「ああ、ありがとう。部屋まで送るよ」
「そんな、申し訳ないです!」
旦那様だって疲れているに違いない。
私たちの部屋は離れているし、わざわざ送ってもらうのは申し訳ない。
「……心配だから、送らせてくれ」
心配だからと言われても、ここはもう屋敷の中だし侍女だっている。それなのに心配とは、一体?
そんな疑問が頭に浮かび、首を傾げていると旦那様が少し照れくさそうにしながら口を開いた。
「あー……いや、もう少し君といたいだけ、なんだ……」
「へ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
旦那様からの口から出てくるとは思えない言葉にようやく理解が追いつき、顔に熱が集まる。
「そ、そういうことなら、お言葉に甘えさせていただきます」
「そうしてくれ」
なんともくすぐったい空気になってしまった。中途半端な甘さにどう話し始めればいいのかわからず、手に汗がたまっていく。
そわそわとしながら歩いているうちに部屋に着いてしまった。特に会話もないままだったけれど、不思議と気まずさはなかった。
「旦那様、ここまで送ってくださりありがとうございます」
「気にしないでくれ」
「……旦那様、今夜はありがとうございました。いつも、心の底から感謝しております。私は、旦那様の妻になることができて本当に幸せものです」
改めて、旦那様に感謝を伝えたかった。
私が欲しいと言ったものを買ってくださったこと、小説家になったことを打ち明けた時、認めてくださったこと、私の唯一の家族になってくださったこと。感謝してもしきれないほど、今世では旦那様に助けてもらっている。
私が急に感謝を述べたからか、旦那様の表情は驚いたものになっていた。その顔がなんだか可愛らしく見えて、小さく笑ってしまった。
すると、旦那様の手が優しく頬に添えられる。今までになかった接触に彼の顔を見ると、何か愛おしいものを見るような目で私のことを見ており、今度は私が驚いてしまった。
「え?」と、思わず声が出てしまった。その声でハッとし、頬に添えられていた手がすぐに離れていってしまった。
「……いや、すまない。気にしないでくれ」
「わ、わかりました」
「体も冷えるだろう、早く風呂に入るといい。ゆっくり休んでくれ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
妙に早口で話す旦那様に促されるまま、部屋の中に入った。
いますぐにドレスを脱いでコルセットを外して、早くお風呂に入りたいというのに、感情がごちゃごちゃとしていてその場にしゃがみ込んでしまった。
(あれは一体、なんなの……)
顔が熱い。
旦那様が頬に触れた時、驚いて声を出してしまった。どんな目的で触ってきたのかはわからない。
前世で体を重ねたことは何度かあったけれど、愛しむような顔で頬に触れられたことなど、一度もない。体を重ねる行為だって、子どもを産むための淡々とした作業のような行為だけで、恋人のような甘さは一切なかった。
なのに、さっきのはいったいなんだったのだろう。あのまま私が驚かずに受け入れていたとしたら……。
そこまで考えて、頭を思い切り横に振った。
(そんなわけないわ。今までだって、口付けをしたことはないもの)
旦那様がそんなことをするとは思えないが、それでもさっきの雰囲気ならあり得る話で、頭は混乱していくばかりだった。
思考が奪われてしまい、私はリリーが声をかけてくるまでしゃがみ込んだままだった。
・
・
・
長い廊下を歩く。
彼女と歩いていた時はあっという間だったというのに、今では異常に長く感じる。
「……俺は、いったい何を」
俺はいったい、何を彼女にしようとしたのだろう。
気づけば自分の手が彼女の頬に伸びていて、声を出されていなければそのまま唇を重ねていたかもしれない。
彼女の意思も確認せずにそのようなことをするのは、紳士としてまずいだろう。そもそも、彼女だって嫌なはずだ。
政略結婚の相手に欲をぶつけられるのは、怖いに違いない。
(俺は、彼女のことをどう思っているのだろうか)
女性との付き合いが全くなかったわけではない。
アカデミー通っていた時に女性と付き合った経験だってある。だけど、付き合っていてもつまらないという理由で別れを繰り返した。
今まで、女性に対してこのような感情を持ったことはない。
彼女に対して湧き上がってくるこれは、ただの欲だけとは思えない。これが恋愛感情であると言うのなら、非常に厄介だ。
「困ったな」
その小さなつぶやきは、誰にも拾われることもないまま空気に馴染んでいった。
真夜中だから、そんなことを考えてしまうのかもしれない。一度、冷静にならなければならないだろう。
部屋に戻った後、冷静になるためにも冷たいシャワーを浴びることにした。
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