31話 もう、会うことはない
お父様の顔を見れば、怒りで顔を真っ赤にしていた。私だけではなく、旦那様にも色々と言われて苛立っているのだろう。図星の部分もあるだろうし、反論をしようにも上手い反論が出てこないらしい。
何より、今まで反抗してこなかった私に対して思うところがあるはずだ。今まで大人しく、言われるがままされるがままだった娘が急に反抗でもすれば度肝を抜かれるだろう。
お母様の方を見れば、同じく顔を赤くさせている。手に持っている扇子で隠されてはいるけれど、きっと口元はひどく歪んでいるはずだ。
旦那様の目線を感じ、そちらに顔を向けると少しだけ気まずそうに眉を顰めていた。
私の両親だから遠慮をしているのかもしれない。さっき発言したように、私はもう公爵家の人間で、ウィリアム・ウォーカーの妻だ。両親に愛されてみたかったという気持ちはあれど、自分たちのために娘を売った両親であり、お金が足りなくなったからと私に媚を売り、縋ってきた。結局は、私のことなんて見てもいない。
ここまで育ててもらったことに感謝はするけど、それは必要最低限だった。
これ以上、両親を思う必要はない。
旦那様の目をしっかりと見た上で小さく、でもはっきりと意思が伝わるように頷けば意味を汲み取ってくれたのか、旦那様は優しく笑って「わかった」と小さな声で言った。
「これ以上、話を続けても意味はないでしょう。支援目的であることも十分にわかりましたし、私は利益が出ないものに投資やアドバイスをするつもりはありません。ブラウン家には期待をしていましたが……残念です」
「ま、待ってください! もう一度、何卒もう一度チャンスを……!」
「あなた方の実の娘であり、私の妻であるアメリアを「こんな」呼ばわりした。そんなあなた方と話をするつもりはありません」
「そ、そんな……アメリア! お前は俺たちを見捨てたりしないだろう? ここまで育ててあげただろう、いい縁談も持ってきた! ここまでやってあげたのだから、お前は助けてくれるだろう?」
私の手を取り、縋るように握ってくるその手と表情を見て「なんて情けないのだろう」と思った。
こんなことをする両親に今まで反抗できなかった自分が情けないと思ったし、自分の両親でもある大人が態度をころっと変え、必死な形相で何かと取り戻そうとしている姿にも情けないと思ってしまった。
上から目線であることは変わらず、恩といえるのは育ててきたことと良い縁談を持ってきたことだけ。それだって自分たちの家が危なくなったからという理由で、娘を売ったようなもの。
今は幸せだけれど、過去十年は辛かった。何もかもを諦め、動かなかった自分も悪いが両親に売られ、旦那になったウィリアム様にも興味を持たれず、病気になって死ぬのを待つだけだったあの日を思い出すだけで寒気がする。
旦那様に許可をもらうように、腰に添えられている手に自分の手を置くと、ゆっくりと離してくれた。
お父様に握られている手に自分の手を添えると、お父様は笑みを浮かべ、涙目で私の名前を呼んだ。
「ああ、アメリア! さすがだ、私たちことを助けてくれるんだな!」
「……私は、お父様とお母様に感謝はしています。ですが、それは旦那様と出会えたからそう思えるだけです。嫁ぐ前はろくに食事も衣類も、教育だって最低限しか与えていただきませんでした。おかげで貴族のマナーは分かりますが、愛情をいただいた記憶はありません。この十年だってどれだけ辛かったか……恩は、私がウォーカー家に嫁いだ時点で十分でしょう。私はもう、ウィリアム・ウォーカーの妻であり、ウォーカー公爵家の女主人でもあります。ブラウン家とは、縁を切らせていただきます。もう、あなたたちのことをお父様、お母様と呼ぶことはないでしょう。今まで、ありがとうございました。ブラウン伯爵、ブラウン伯爵夫人、どうかお元気で」
その言葉を聞いた父は驚いたのか、目を見開き、握られていた手の力も抜けていた。
その隙に手を離し、旦那様の隣に並び直す。すると、私が言ったことをようやく理解したのか、父は慌てながら声を荒げた。
「何を言っているのだ?! 俺たちと縁を切るなんて正気か!」
「ええ、正気です」
「……くっ、だがお前は良くても公爵様はわからないだろう!」
勢いで言ってしまった言葉ではあるけど、後悔はない。
したくはないけれど、旦那様ともし離婚をすることがあっても資金があるから、平民として慎ましく生きれば一人でも生きていける。もう、何があってもアメリア・ブラウンにはなりたくない。
とはいえ、旦那様の意見を聞かずに独断で言ってしまったことだから、反対をされてしまえばそこまでだ。
旦那様の様子を伺うと冷静であり、静かに蔑むような冷やかな目に背筋が伸びる。
「アメリア、まずは君に聞こう。君は、ブラウン家と縁を切ると言ったが親子関係を法的に切っても良いのか?」
「……はい。先ほどの言葉に後悔などありません。二度と、アメリア・ブラウンと名乗りたくはありません」
「そうか……わかった、私は君の意思を尊重しよう」
「そ、そんな! 公爵様どうか、どうかご慈悲を……!」
「アメリアの気持ちを考えれば、貴方たちに慈悲など必要ない。貴方たちは娘であるアメリアの様子を聞くこともなければ、手紙の一つだって彼女に送ったことはない。この一年、貴方から送られてきた手紙は婚姻に関する必要な証明書と仕事についての手紙のみ。その中に、彼女を気遣う内容など一文字もなかった。後悔をするなら、今までアメリアにしてきたことを悔やむんだな……と言いたいところだが、何もしてこなかったな」
扇子を持ちながら震える母に、顔を真っ青にしている父の姿。
複雑な気持ちだ。寂しい、残念、諦め、解放感……そんな感情が入り混じっている。
だが、ここまできたら全てを受け入れるしかない。
項垂れながら立っている二人に向かって、今までで一番綺麗なお辞儀を見せる。
旦那様に選んでいただいた素敵なドレスの裾を軽く持ち上げ、足を引く。深く、深く頭を下げた。私は、ここまで立派になることができたという意味も込めて、深く礼をした。
「……今まで、ありがとうございました。もう二度と会うことはないでしょうが、どうかお元気で」
今まで夢中で話をしていたから気づくことができなかったが、周りには人だかりができていた。
前方にいた人たちは小さな声で話をしているが、それが大人数ともなれば大きな声に聞こえる。後方にいる人たちはなんだなんだと言いながら見ようとしている。これでは話が広まるのも早いだろう。
せっかくの夜会でこんなことをしてしまったことに今更ながら後悔と焦りでてきて、冷や汗が一気に噴き出たような気がした。何より、これで旦那様に迷惑をかけてしまったらと思うだけで胃が痛くなってきたような気さえする。
この場をどうしようかと思っているとき、人だかりの中でも一際目立つ声が耳に届いた。
「ウィリアム!」
声が聞こえた方に顔を向けると手が上がっているのが見え、人並みを掻き分け、私たちのところにチェンバレン公爵が来た。
「なんとなく事情は聞いたよ。別室を用意したから、夫人を連れて少し休むといい」
「ああ、ありがとう」
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません……!」
「気にしないで。貴族たちはこういう話が好きだからね、夫人は嫌かもしれないけどどうか受け入れてほしい」
貴族たちは噂話や悲劇、話題性が高いものが好きでよく話が回る。過去でも私と旦那様の夫婦生活について噂をする人は多かったし、話や噂をされるのは避けられないだろう。
「ハロルド。彼女に近づきすぎだ」
「おや、夫人の騎士がお怒りだ。せっかく別室を用意したんだ、夫人も疲れただろうし遠慮なく休んで」
「お気遣い、感謝いたします」
「気にしないで」
ごゆっくり、と言いながらチェンバレン公爵は近くに立っていた使いに部屋の案内を任せ、話をしている人たちのところへ混ざりに戻った。
案内をされている間も人々の視線が刺さる。後ろを振り向けば、ゆっくりと足を動かして会場を後にしようとしている二人の姿が見えた。もう、彼らに会うことはない。
部屋に案内をしてもらうと、そこには座り心地が良さそうなソファに、テーブルが用意されていた。テーブルの上にはすでにドリンクとフルーツの用意がされていた。チェンバレン公爵にはまた改めてお礼を伝えなければ。
「……疲れただろう、座るといい」
「ありがとうございます。でも、その前に謝らせてください。本当に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げて謝ると、旦那様は私の方に駆け寄って頭を下げないように体を支えてくださった。
「なぜ謝る?」
「旦那様にご迷惑をおかけしてしまいました。両親の発言とはいえ、私はそれに反抗し、経営についても詳しくないのに口出しをしました。そして、最後には縁を切るという発言をしました。私と結婚をしたのも、ブラウン家と旦那様に利害の一致があったからです。それなのに、縁を切ると言ってしまいました」
両親との縁を切ることに後悔はなくても、元を辿れば結婚の理由は利害の一致からだ。それなのに、ブラウン家との縁を切ると言ってしまったのだから、これでは結婚をした意味がなくなってしまうかもしれない。
「まずは話をしよう。立っていると辛いだろう、座ってほしい」
「はい……」
促されるまま、ソファに座るとようやく体に血が巡ったような感覚になった。少しだけ気が楽になったような気がする。
でも、これから何を言われてしまうのだろうと、心臓が大きく音を立てる。
離婚をしても生きていけるこど、離婚をしたいわけではない。どうか、これを理由に離婚をされませんようにと祈るばかりだった。
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アメリアが随分と立派になって、嬉しい気持ちです。




