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2話 旦那様へのお願い




「奥様、新聞が届きました」

「ありがとう」


 リリーから新聞を受け取り、早速読み始めた。


《ウォーカー公爵の支援を受け、ブラウン伯爵が新たな事業を展開》


 このような見出しから始まり、記事を読めば順調に事業が進んでいる様子が書かれている。

 そこに結婚がきっかけでなどは書かれていないが、社交界ではすでにアメリアたちの結婚は話題になっていた。女性に一切の興味を示さなかったウィリアムが結婚相手を探し始めた時は「どんな女性と結婚をするのか」や「本当に結婚をするのか」など、色々な話が出ていた。

 あっさりとブラウン伯爵の令嬢と結婚を決めたことで、社交界はいろんな噂で持ちきりだった。

 

 アメリアは社交界デビューを済ませていたものの、ブラウン伯爵は自分の娘を恥だと思っていることから紹介をあまりしなかった。そのせいでブラウン伯爵にも色々な噂が立ったが、たかが娘一人の噂は長く持たない。だが、一瞬で消えたアメリアの噂は、公爵家に嫁いだことでまた立つようになった。

 ブラウン伯爵の娘はどんな令嬢であったか、優秀なのか、スタイルや顔はいいのか、公爵にどうやって見初められたのか……色々な噂にあれこれと話を付け加えられているに違いない。


「はぁ……」


 思わずため息が出てしまう。

 公爵であるウィリアムは、社交パーティーに出向くことも少なくない。もう少しすればアメリアも夫婦として出席をしなければならないだろう。

どうしても気が重くなってしまう。

 

 アメリアは新聞を読むが、理解ができないものが圧倒的に多い。

 いくら貴族とは言え、女であることを理由に勉学の教育はあまり受けていなかった。せいぜい読むことが精一杯で、理解はあまりできない。


(仕方ない、これも勉強よ)


 わからないなら経営の勉強をすれば良い。

 完全な理解や彼の仕事を手伝うまでのレベルにはなれないだろうが、知識を持っておいたって損はない。


「リリー、旦那様にお願いしてもらいたことがあるんだけど……」

「なんなりと、奥様」


 リリーは、アメリアの専属侍女だ。

 平民出身である彼女は十代前半から侍女として働いており、侍女の経験は比較的長い。

 そのため、ウィリアムが雇ってくれた彼女はアメリアと年齢が近いのにも関わらず侍女歴は長く、仕事も早くて的確だった。


「本を注文したいの」

「本……ですか?」

「ええ、小説本が欲しいわ。ジャンルは満遍なくほしいと伝えて」

「かしこまりました」


 リリーは戸惑いを見せながらも、しっかりとアメリアの願いを聞いてウィリアムの方へと出向いた。

 ここに来て数ヶ月、アメリアが彼に何かをお願いしたことはない。しかも、小説本が欲しいとなればリリーが戸惑うのも仕方ない。

 新聞同様、女が文学を嗜むことは少ない。貴族であれば文字を習うが平民であれば文字を読める人も少なく、小説本は娯楽としてあまり浸透していない。

 ブラウン家にいた時も、アメリアは小説を読んでいた。両親からは「女が本を読むなんておかしい」と言われていたが、本を読んでいる時だけは本の中の世界に入り込める感覚が好きでしょっちゅう読んでいた。


(……この家に来てから、一回も読んでなかったけど)


 前の人生でも、ウォーカー家に来てから本を読むことはなかった。

 彼に何かを買ってほしいとお願いをするのもなんとなく避けていたし、仮にお願いをしたとしても「女が本を読むだなんて」と思われるのが怖かった。

 でも、今世は悔いを残したくない。

 

「なんでも、やってみるしかない」


 同じ繰り返しにならないように、今度こそやりたいことをやってやる……!

 アメリアは決意をし、引き続きあまり理解のできない新聞を読み続けた。




 … … … … … …



※ウィリアム視点



「……本を?」

「はい、奥様からの申し出です。小説が欲しいとのことです」

(……女が、小説を?)


 女が小説を読むことは少ない。

 女が娯楽に選ぶものといえばピアノや刺繍、お茶を嗜むことが多く、読書を好む女性は圧倒的に少ない。

 

 厳格な父からのしつこい言葉で女と結婚をしたが、いまいちわからない。

 結婚相手を探し始めた途端、多くの貴族がぜひにと自分たちの娘をこぞって紹介してきた。娘を連れて挨拶に来た者もいたが、それは最悪だった。

 自分を見た瞬間声を上手く発せなくなる者、急に近寄ってくる者もいれば夜のことを匂わせながら言い寄ってくるはしたない女もいた。

 

 いい加減うんざりし始めた頃にブラウン伯爵が夫人を連れて自分の娘はどうかと聞いてきた。

 伯爵とは何度か仕事を共にしたことがある。確か悪くない仕事ぶりにも関わらず、最近の業績は落ちているのだとか。

 話を聞けば娘に対してあまり愛情を持っていないのか、アピールにそこまでの熱意はない。

 娘の方も恋愛をしたいだとかは思っていないそうで、私の評判を聞いてもそこまでの興味を示さないらしい。もしこれが本当であれば、伯爵に恩を売ることもできるだろう。

 長い目で見れば良い契約になる。娘にそこまでの思いを抱いてないのであればそれを理由に会いに来ることもないだろう。


 色々と考えた結果、他のどの令嬢に比べてもブラウン伯爵の娘が一番良いという結論に至った。

 政略結婚なら、相手も私に大きな興味を示さないだろう。


『初めまして。ブラウン家のアメリアと申します。よろしくお願いします』

『……あぁ』


 初めて彼女に会った時の印象は“普通の貴族の娘”だった。

 可もなく不可もなく、貴族らしく丁寧な挨拶と綺麗なドレスを身にまとい、苦労を知らない手が見えた。だが、伯爵という爵位をもつ家の娘にしては少し見窄らしいとも思った。やはり、彼女はあまり家族に愛されてこなかったのだろう。

 この家ではそこまでの不自由をしてほしくないとは思う。かと言って話したいことも特にはない。


「何冊か小説を注文しておこう。また何かあれば伝えて欲しいことも言ってくれ」

「かしこまりました」


 リリーは一礼をしてから、ウィリアムの執務室を去った。


(……まあ、彼女はそこまで関係ない)


 ウィリアムは考えを消し、自分の仕事に集中した。


   ・


   ・


   ・


   ・



 旦那様に小説本が欲しいとお願いをした数日後。

 無事にお願いを聞いてくれた旦那様が本を注文してくれたらしく、朝食を食べたあとに注文していたものが届いたと侍女が知らせてくれた。

 楽しみにしながら外へと出れば馬車が一台停まっており、御者が降りてくるところだった。


「ウォーカー公爵夫人でお間違いないでしょうか?」

「はい」

「ご注文を頂きました、小説本になります」

「……まさかですけど、こちら全てですか?」

「ええ、間違いなく注文通りです」


 馬車を引いてきた御者はにこりと微笑みながら受け取りのサインを求めてきた。

 その明細書を見れば約百冊分の題名がズラリと並んでいて、思わず眩暈がした。

 本を注文して欲しい、とお願いはしたけれど……。


(こんなに届くとは思わないわよ!)


 叫び出したいのを我慢し、受け取りのサインをする。

 それを確認した御者がにこやかに「ありがとうございました〜!」と言い、馬車からサッサと荷物を下ろしては馬車に乗って去っていった。

 さすがにこれを自分の部屋に一人で運ぶことはできない。執事を呼び、力のある者たちに自室へと運んでもらうことにした。


「……旦那様にも、お礼を伝えないと」


 数冊だと思っていた本が、まさか百冊ほど届くなんて思わなかった。

 ありがたい気持ちもあるけど、申し訳ない気持ちの方が圧倒的に強い。


(それにしても……)


 運ばれ始めている本を見ると、にやけが止まらない。

 この本すべてが自分の本だと考えるだけでわくわくする。

 運ばれているところを見ていればあっという間に部屋へ運び終えたらしく、執事たちにお礼を伝えた。


「さて、何から読もうかしら」


 箱に入った本たちを取り出し、タイトルを見ていく。恋愛、ミステリー、冒険、歴史……本当にさまざまなジャンルがあってワクワクする。

 こういうところを見ると、旦那様もセンスがいい。満遍なくほしいと伝えたのは私だけれど、タイトルだけを見ても面白そうなものがたくさんある。

 とりあえず恋愛小説を読もうと思い、手にとって椅子へと座る。本を開く瞬間のわくわくというのは何にも代え難い。

 ぱらぱらとページをめくり、読み込んでいく。久しぶりの感覚にページを捲る手は止まらなかった。



 … … … … … …



 本を嬉々として読むアメリアの様子を見ていたリリーは、不思議に思っていた。

 ここにきてまだ数ヶ月のアメリアはどちらかと言えば消極的で、あまり動くような人ではなかった。なのに新聞を読みたいと言い出したり、ウィリアムに本を注文して欲しいとお願いをしたりと、ここ数ヶ月で見てきたアメリアの様子とは全く違う。


(一体どうしたのかしら……)

 

 しかも、女性が新聞や本を読んでいる。平民出身であるリリーからすればその姿は異常にも思えた。

 平民は文字を読める人も少ない。幸い、リリーは十代前半から侍女として働いていたおかげで文字を読むことはできる。とはいえ、新聞や本を読みたいとは思わず、仕事に関連する文章を読むのが精一杯だった。

 

(うなされていたあの日から奥様の様子が変わったような気がするけど……気のせいかしら)


 リリーはあまり気にしないまま、お茶の用意を始めた。



 … … … … … … …




(……面白かった)


 リリーがお茶を淹れ、それがなくなる頃には一冊の本を読み終えてしまっていた。久しぶりに読んだとはいえ、読むスピードは変わらず早いままだった。

 満足感を覚えながら余韻に浸る。展開が面白く、読んでいる自分が物語の主人公になるような感覚に浸れるような内容で、ドキドキしながら読み進めていた。

 早く次のを読みたいと思い、積み上げられた本を見た。だが、あまりにもこれでは、本がかわいそうだった。

 旦那様がこんなに買ってくれるとは思わなかったから本棚なんて用意していない。箱から取り出され、積み上げられただけでは本も傷んでしまう。

 

(何度も旦那様にお願いをするのは申し訳ないけど、本棚の注文もするべきかしら)


 それとも、書斎の本棚に入れてもらうべき? でもそれでは、私が読みたい時に大変になってしまう……。

 どうしたものか、と思い悩んでいれば夕食の時間が近づいていて、夕食のことを考えれば本を読み続けているわけにはいかない。


(……それにしても、なんで食事を共にしなければならないのかしら)


 お昼は旦那様にも仕事があるから別々だが、朝と夜の食事は一緒に食べることになっている。

 夫婦としての体裁を守るためだとか言っていたけど、食事を共にしてもあまり話すことすらしないのだから、あまり意味がないようにも思える。

 だから正直、旦那様と食事をするのは気が重いし、気まずい。


(でも、そんなこと言っていられないわよね)


 私たちは政略結婚だ。

 しかも、私は援助をしてもらっている側。夫婦としての体裁が云々と言っている食事に対して、共にしたくないと文句を言うのはまた違う話だろう。

 私はため息を一つこぼしながら、食事をするために食堂へと足を運んだ。

  

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