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16話 覚悟

16話



 翌朝、身支度を終えて部屋を出ればウィリアムが立っていた。

 本当に迎えに来たのか、と驚いていると少しだけ怪訝そうな表情を浮かべながら「なんだ」と言ってきた。


「いえ……本当に迎えにくるとは思わなかったので」

「約束くらいは守る」


 行くぞ、と言ってウィリアムはさっさと先を歩いていってしまった。追いかけるように彼の後ろについていくが、彼の目的が見えない行動にこちらは戸惑うしかない。

 歩いている最中に話をするわけでもないのに、なぜ迎えにくるのだろうか。

 アメリアはそんな疑問を抱いていたが、ウィリアムの方は今日も何を話せば良いのかわからずにいた。女性との会話に慣れていないのもあるが、自分の仕事の話をするわけにもいかなければ、天気などの話をしてもつまらないだろう。かといって、プライベートに含まれるような質問をしてしまえばアメリアに気を使わせてしまうかもしれない。

 そう考えたウィリアムは結局、話しかけることができなかった。

 昨日と同じように二人で食堂にいけば、その場で待機をしていたレオンが微笑ましいものでもみるかのような表情をしている。全然、そんなものでないのに。

 席につき、運ばれてきた朝食を食べ始めるが、チラリと向かい側に座っているウィリアムを見れば、彼の表情は険しかった。

 話しかけるつもりはないが、それでも食事中に険しい顔をされてしまえばこちらとしてもいい気分にはならない。

 ウィリアムが険しい顔をしている理由は、アメリアに話しかけることができなかったことへの後悔によるものだが、そんなことを知らないアメリアはほんの少しの不安を覚えながら朝ごはんを食べ続けた。


「ごちそうさまでした。お先に失礼します」


 先に食べ終わったアメリアはこの空間にいることも居た堪れなくて、急いで食べ終わった。

 挨拶をすればウィリアムも静かに「ああ」とだけいって、残っている朝ごはんを食べ続けていた。

 食堂から出れば、ようやく息ができるかのような感覚で、長い息を吐き、深呼吸を数回繰り返したことでようやく落ち着くことができた。

 何か言われるんじゃないかと思ったりもしたけど、どうやらそういうわけでもない。


(目的がわからないわ……)


 もう一度小さくため息を吐きながら、アメリアは部屋に戻った。今日の昼過ぎにはソフィアさんの元に行って打ち合わせをする必要がある。少しでも作業を進め、打ち合わせには万全な状態で行きたい。

 いつものようにお茶を淹れてもらい、作業を開始させた。


 気づけばお昼を食べる時間になっていた。

 昼食時は彼も仕事があるため、未だにお昼の時間というのは別々に過ごしている。

 今日のお昼は手軽に済ませたいのがわかっていたのか、リリーがすでに簡単に食べることができるサンドイッチを用意してくれていた。


「リリー、ありがとう」

「いえ! 紅茶も新しくお淹れしたので、そちらもよければ」


 用意してもらったサンドイッチを食べたあと、出かける用意を始めた。

 前回、ソフィアには自分が公爵夫人であることを伝えてあるため、わざわざ古いドレスを着る必要はない。先日買ったばかりのドレスを着て、髪の毛をまとめればどこからどう見ても立派な貴婦人に見える。

 とはいえ、ドレスの豪華さにはあまり慣れない。外出用ドレスに違和感を感じながら部屋を出る。

 リリーと取り止めのない話をし、玄関へと向かえば、そこには商談へ出かけようとしているウィリアムの姿があった。

 タイミングが悪い、なんて思いながらも彼の前でお辞儀をする。


「こんにちは、旦那様」

「君も、どこかへ出かけるのか?」

「ええ、少しばかり予定がありまして」

「……そうか」


 この家の主人を通り越して先に家を出るのはまずいだろうと思い、彼が出発するのを待つが、彼はこちらをみるだけで動こうとしない。そんな彼の行動に疑問が浮かび、つい声をかけそうになるがグッと耐えた。

 するとふい、と顔を背け、なんの声かけもなしにサッサと屋敷を出て行ってしまった。

 何かしろとは思わないが、人のことを見つめたのだから出かけの挨拶くらいはしてもいいんじゃないか、と思ってしまった。

 そんなことを気にしたって意味はないので、自分もリリーに声をかけて屋敷を出る。打ち合わせに彼女を同行させるわけにはいかない。


「いってらっしゃいませ、奥様」

「ありがとう、いってくるわね」


 馬車に乗り、ぼんやりと窓から外の景色を眺める。比較的平和な町で、治安も良い。そんな町並みを眺めながら考えるのは今後のこと。今でも夢のような感覚で、打ち合わせのために出かけているというのに、それすらも現実なのかわからないような、ふわふわしたような感覚だった。

 そんなことを考えているうちに新聞社に到着しており、アメリアは御者の手を借りながら馬車を降りた。

 前回のように受付に名前を伝えれば応接間に通され、少し待っていればソフィアが両手いっぱいの荷物を持って現れた。


「すみません、お待たせしました!」

「とんでもありません。それよりも、そちらの荷物は……?」

「これはですね、資料や見本の紙などです!」


 ドサっと机の上に置かれたそれは、色とりどりの紙や布、他には画集や何冊かの本が置かれた。

 その量に驚いていると、ソフィアはニヤリと笑って「この作業は楽しいですよ!」なんて言った。


「まず、アミーさんの作品の修正はこちらの編集者が責任を持って行いました。矛盾や細かい設定、あとは展開の相談があるのでそれは後日、話し合いましょう。そのことについて詳しく修正した原稿に書いたので、次の打ち合わせまでに確認し、アミーさんの方でもこだわりの部分や説明ができるようにお願いします。そして今日は、表紙のデザインを決めるための打ち合わせです」


 テキパキと説明をし、急な情報量にアメリアは戸惑いながらも原稿を受け取った。中をチラリと見れば赤色のインクで修正点などが多く書かれていて、自分の未熟さを指摘されているようだったが、不思議と悪い気分にはならない。むしろ、自分にはまだまだ伸び代があると言われているような気持ちだ。

 ソフィアは表紙を決めるにおいて必要な資料を持ってきたらしく、ざっと目を通すだけでも相当な数がある。


「表紙は本の顔です。ここで良い印象を与えなければ、手に取ってくれるチャンスも減ります! 誰に表紙の絵を担当していただきたいとかはありますか?」

「表紙……誰に、とかの希望はありません。私も本は読みますが、表紙のデザインまではどうしても。強いて言えば、色をこだわりたいくらいでしょうか」

「承知しました! 色はどのような色がいいですか?」

「深めの緑と、青を。彼ら二人のイメージなんです」

「ああ! 確かに、二人はそんな感じがしますね」


 アメリアが書いたこの物語は、男性二人が様々な苦難を乗り越えながら結果を残し、無二の友情が描かれた物語である。彼らのイメージカラーを決めるとなれば、この二色であることを、アメリアはずっと前から考えていた。

 資料として持ってきてもらった作品や冊子を何冊か取り上げながら説明をすればソフィアはすぐに理解し、話を続けた。


「では、表紙のデザインや絵はこちらの方で担当を決めても大丈夫ですか?」

「はい。色味だけこだわって頂ければ……あとは、作品のイメージが崩れないようにお願いします」

「もちろんです! そのように手配をします」


 ソフィアはメモを取り、次から次へと話を進めていった。

 打ち合わせは数時間に及び、気づけば物語の核となっている“友情”の話になった。


「アミーさん、もし間違えていたら申し訳ないのですが……その、この作品って友情ではありますが、もしかして恋愛とかの要素って、ありますか……?」

「……ッ!」


 少し不安そうにしながら聞かれ、なんて答えれば良いのか悩んでしまった。

 アメリアはちょっとした恋愛要素を意識しながら、わかる人にはわかるように書いた。気づかれても良いことではあるが、それを編集者であるソフィアに知られてしまった場合、同性愛の作品は危険があると判断されて出版の話がなくなってしまったらどうしよう、と瞬時に考えたのだ。考えていなかったわけではないが、そういう作品に対して好意的になれるかどうかでこちらの対応も変わってくる。

 どう返せば良いのか迷っているうちに、ソフィアの方が口を開いた。


「……正直、読んでいる時から気になってはいました。これを理由に出版を止めることはしませんが、一部の人は気づくと思います。私は、この物語がとても好きです。ここの恋愛要素についても必要な要素だと思いますが、それこそ一部は嫌がる人もいるでしょう。それでもアミーさんは、大丈夫ですか?」

「……」


 即答はできなかった。

 実際、批判が届く可能性だって十分にあり得る。ソフィアさんやその他の人たちに迷惑をかけてしまうかもしれない。けど、自分が書きたいと思った物語であることには違いない。そこを崩せば、自分が書きたかったものではなくなる。


「……大丈夫です。正直な話、不安はあります。ですが、私が書きたい物語はこのようなものです。そこを崩すことはできません」


 アメリアは、ソフィアの目を見ながらしっかりと答えた。迷っている場合ではない。

 せっかく過去に戻ったというのに、ここで批判を恐れて書き直すのは違う。


「わかりました! 私たちも、精一杯サポートします」

「ありがとうございます……!」


 それからも打ち合わせは続き、気づけば陽が沈む直前になっていた。

 夕食に遅れないよう、アメリアは急いで屋敷に戻ったのだった。



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