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13話 変化



「ただいま帰りました」

「奥様、おかえりなさいませ。お茶をお淹れしますか?」

「ありがとう、おねがい」


 「かしこまりました!」と元気に返事をしたリリーはお茶の用意をするためにさっさと厨房の方へと向かった。

 アメリアはあまり落ち着かない様子で部屋の方へと戻ったが、彼女は自分の頬が緩んでいることにも気づきながらも、抑えることはできなかった。

 前世からの夢であった、自分の書いた物語を本として出版すること。つまり、小説家になるのが夢であった。

 とはいえ、前世では独身時代に本を読むのが好きで、いつか小説家になれたらいいな、と軽い気持ちだった。ウォーカー家に嫁いだあとは本を読むこともやめてしまい、ぼんやりと考えていた小説家という夢も追いかけなくなっていた。だが今では、その夢を追いかけて思わぬ形で叶い始めている。人生をやり直したからだろうが、それでも夢を追いかけることができるのは神に感謝をし続けなければならない。


(あとは、旦那様との関係よね)


 彼との関係は良好になる気がしない。

 前世の彼と比べれば少しの変化はあるが、それでも少しだ。ここから仲の良い夫婦になることなど、想像できない。それに、ウィリアムは女性にそこまでの関心を抱かないと言われている。その理由は、面倒だからとか女に構っているほどの余裕がないなどといった理由ではあるが、仕事を第一にしている彼からしてみれば政略結婚をしただけでも十分だった。加え、干渉をしてこない令嬢を希望している時点で彼は恋愛をする気はさらさらないのだ。

 お茶の用意をしたリリーが戻ってきた。

 アメリアは一刻も早く、自分の作品が本として世に出版されることを伝えたかった。


「お待たせいたしました」

「ありがとう。リリー、話したいことがあるから一緒に座ってくれる?」

「え、ですが……」

「いいのよ、ほら早く!」


 リリーは戸惑いながらも、遠慮がちにアメリアの隣に座った。

 アメリアから起こる様子や、何か深刻な話をするわけでもないのにリリーは不安そうな表情を浮かべていた。アメリアの方は頬が緩んでしまうのを必死に抑えているため、妙に緊張しているような表情になってしまっている。これがリリーを緊張させている理由だろう。


「実は……今日新聞社に訪れたらソフィアさんが出迎えてくれて、作品について話してくれたの。そしたらなんと、私の作品を出版したいと言ってくださったわ」

「しゅっぱん……え、出版ですか⁈ 奥様の作品がですか⁈」


 リリーは今までにないほどの大声を出し、驚きのあまり目は見開かれていた。すると慌てるように「本当ですか⁈ え、どうしましょう。お祝いしないと! 奥様、おめでとうございます! すごいです……!」と言葉を並べた。アメリア本人よりも喜んでいる様子で、まるで自分のことのように喜んでくれる姿に安堵と嬉しさが込み上げてきた。


「ありがとう、リリーがそんなに喜んでくれるだなんて私も嬉しいわ」

「当たり前じゃないですか! だって、出版ですよ! 奥様が書いた作品が本になるだなんて、感動です」


 リリーは目を輝かせながら言った。

 アメリアも、彼女がここまで喜んでくれるだなんて思っていなかったため、自然と笑みが漏れる。


「でも、これは私たちだけの秘密よ。特に旦那様には言わないでほしいの」

「かしこまりました。ですが、原稿用紙の注文をしているうちにバレてしまうのでは……?」

「あちらの方で用意をしてくれるみたいなの。打ち合わせのために出かける回数は多くなるけど、きっと旦那様は気にしないと思うわ」


 きっと、彼にバレてしまえば離婚されてしまうかもしれない。

 自分の妻が小説で活動し、それも内容が同性の恋愛を仄めかすような内容ともなれば捨てられるに決まっている。それまでに原稿料などが入って貯金ができれば一人で密かに暮らしていくこともできるだろうが、貯金がない状態で追い出されてしまったらどうしようもない。

 ただでさえ、今でもこの家の役に立てていないというのに……。


「でも、本当におめでとうございます。奥様は私の誇りです」

「リリー……、ありがとう」


 お互いに微笑み合い、温かい空気になる。

 だが、そんなことをしているうちに夕食の時間が近づいてきていた。



     ・


     ・


     ・


 彼女の様子がおかしい。

 ウィリアムは自分の執務室に戻ったあと、そんなことを考えていた。


(今までの彼女とは、明らかに違う)


 前回、自分から欲しいものを発言した時に感じた違和感は確信に変わっていた。彼女がウォーカー家に嫁いだ後、二人はほとんど会話という会話をしたことがなかった。ウィリアムから見たアメリアは活動的に見えず、部屋に閉じこもってばかりのイメージであった。それが最近では、外出をしているらしい。今日も外出前に偶然出会ったり、この前は買い物にも行ったようだがそれ以外にも出かけたりしているらしい。

 以前、本棚を買うと言ってドレスも買ってきた時があった。買ってきたことに対して文句があるわけではなく、新しいドレスを買ったにも関わらず、今日は古いドレスを着ていた。それがどうも違和感だった。


(一体何をするために出かけたんだ……?)


 ウィリアムは彼女がどんな理由で出かけたのか、知る必要はなくても気になる様子だった。

 彼女に対する気持ちに変化があるわけではないが、公爵家の婦人として行動には気をつけてもらわなければならないというのがウィリアムの考えだった。

 だが、今日の出かける前の彼女の態度には驚いた。彼女が新しいドレスを買ったにも関わらず、古いドレスで出かけようとしていたから引き止めて聞いたというのに、彼女は「……旦那様には、関係のないことです」と言った。これについてはアメリアも酷い言い方をしてしまったと後悔しているが、ウィリアムの方も「しまった」と思っていたことだった。

 干渉してこない人を望んだというのに、自分の方が相手を気にしてしまえば婚姻前の約束の意味がなくなってしまう。だが、それでもアメリアの返答には驚いた。彼女がはっきりと、強い意志でウィリアムに否定の言葉を発したのだ。今までの彼女の言動を思い返せば明らかな変化だ。


「……聞いたところで、答えてはくれないか」

「旦那様、どうかなさいましたか?」


 考えていた内容が、気づけば口から漏れていたらしい。小さな声とため息であったものの、執事であるレオンはそれに反応をした。

 ウィリアムがため息を吐き、悩んでいるというのは珍しいことだった。使用人たちから見ても、ウィリアムという人間は淡々と仕事をこなし、悩んだとしても一人で解決をして成功に繋げる人だ。そんな彼が、気付かぬうちに独り言をこぼすなんてとても珍しいことである。

 

「いや……彼女の様子が気になったんだ」

「彼女、というのは奥様のことでしょうか」

「ああ。最近の彼女は、はっきりと発言をするようになり、出かける回数も増えた。別に外出をすることに反対をするわけではないが、急に変わった態度に対して疑問がある」

「なるほど……」


 レオンはこの時、心底驚いた。

 彼がこのように悩むこともだが、その悩みの内容が彼の妻であるアメリアについてという点に驚いていたのだ。

 レオンは思わず小さく笑ってしまい、ウィリアムは「なんだ」と怪訝そうな顔で言った。


「いえ、旦那様がそのように悩むのは珍しいことだと思いまして。確かに、僕から見ても奥様の様子にはだいぶ変化があるように思います。先日も奥様から仕事をお願いされた時には驚きました」

「ああ、ベネット伯爵令嬢のお茶会のやつか」


 そういえば、お茶会はどうだったのかを聞いていない。ベネット伯爵との仕事関係もあることを思い出し、その令嬢と妻が仲良くするのであれば問題はないが……これで問題があれば、謝罪あるいは契約の内容も考えなければならないだろう。

 もし、彼女が何かしらの失態をしたのであれば自分から言うことはないだろう。さりげなく聞いてみれば良いだろうか。

 ウィリアムは考えを巡らせるが、この質問は干渉になるのではないかと考えた。いくら自分の仕事相手の令嬢とはいえ、女性同士の交友関係に深く首を突っ込むような真似はやめた方がいいのかどうか……。


「お茶会はどうだったか、今更聞いてみても良いのだろうか」

「良いと思いますよ。奥様は嫌がるような方ではないと思います」

「そうか……」


 レオンは表情には出さずとも、内心は驚きと微笑ましい気持ちだった。

 ウィリアムが自分の妻に対して“気になる”という感情を出してきたということは、二人の関係にも進展があるかもしれないと思ったのだ。

 せっかく夫婦になったのなら、使用人たちから見ても夫婦仲は良いほうがいい。その気配が少しずつ出てきているのだから、事はいい方向に進んでいるだろう。

 レオンは自分の主人も、その妻の様子も変わりつつあることに喜ばしいとおもいながら仕事を続けた。


 

 

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