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12話 少しずつ



「アミーさん! お待ちしておりました!」


 新聞社に訪れたところ、小説連載の企画者でもあるソフィアが生き生きとした表情でアメリアのことを迎え入れた。アメリアの作品は佳作にも引っ掛からなかったというのに、この熱い歓迎っぷりは一体なんなのか。


「こんにちは。今日は作品を返してもらおうと思って来たのですが……」

「そうですよね! でも、どうしてもお話したいことがありまして! もし宜しければお時間を頂けませんか⁈」


 目の奥から伝わる熱と押しの強さにアメリアは驚きながらも承諾をした。

 応接室に通され、ソフィアは「お茶の用意をして来ます!」と言って部屋を出ていってしまった。


(一体、どうしたのかしら……?)


 よほど企画の反響が良いのだろうか。

 先日、応募するときに訪れた際も生き生きとしながら楽しそうに企画の話をしていたが、今回はそれ以上の興奮を見せていた。

 あまりのテンションの高さに不思議に思いながら待っていれば、紅茶のセットを持ったソフィアが戻ってきた。


「すみません、お待たせしました!」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 お茶を淹れ、二人で一口二口飲んだ後にソフィアが口を開いた。


「アミーさん、この度はご応募ありがとうございました」

「いえ……こちらこそ。貴重な体験をさせて頂きました」


 賞に選ばれることも、連載に繋がらなかったことも残念ではあるが、貴重な体験であったことには変わりない。自分が実力不足であったことも自覚できたわけで、ショックではあるが何も得なかったわけではない。


「本当はアミーさんの作品も候補までは残っていたんです。ただ、連載として考えるとどうしてもあと一歩が足りなくて……申し訳ないです」

「いえ、私もそれについては考えておりました。むしろ候補まで残ったことが光栄です」


 アメリアはまさか候補まで残っていたとは思っていなかった。連載、と考えた時に自分の作品が向いていないことは結果が出た時にも考えたことではあったが、候補まで残ったとなれば物語の書き方を変えれば次に繋がるかもしれない。それに気づけただけでも、応募した方は十分にあるだろう。


「そこでです! アミーさん、よければ本を出版しませんか⁈」

「……え?」

「実は、我が社は今回の連載企画を機に小説などの出版も行うことになりました。そこで、アミーさんの作品もぜひ出版したいのです。アミーさんの作品のクオリティは十分です! それに加え、主人公である侯爵とその秘書が生計を立て直すために協力し合い、様々な困難を乗り越えていく描写には応援の気持ちと感動を覚えました……! それに、この作品には奥深いテーマがあるとも思いました。この作品をこのまま終わらせたくないのが、私の本音です」

「で、ですが無名作家の本など出版したところで赤字になるだけです。連載をしていたのが書籍化になるならわかりますが、このままでは売れるわけが」


 乗り出す勢いで感想を語るソフィアに対し、アメリアは若干引きながら話を聞いていた。

 とても嬉しい提案ではあるが、実現するとなったら難しいだろう。印刷費用だってかかるわけで、利益が出なければ赤字になる。そうすればソフィアの夫であるヘンリーは編集者としても頭を抱えなければいけない。


「ヘンリーの許可も得ています! 宣伝は我が社の新聞で行います! アミーさんは原稿さえ提出して頂ければ問題ありません!」


 興奮の熱が冷めるどころか、先ほどよりも強く語っている。この話し方を見る限り、相当考え込んで伝えたいことをようやく伝えられたようだったが、もしアメリアが訪れなかったらどうするつもりだったのだろうか。

 アメリアは本当にこの誘いに乗っても良いのかを考えた。無名な作家が急に出版したところで、読む人はどう思うのだろうか。作品の内容も友情でありながら感動するシーンもあるとはいえ、万人受けではないだろう。それらを考えると、連載も何もしていない自分の本を世に出してもいいのかどうかを考えてしまう。


(でも……こんなチャンス、二度とないかもしれない)


 一度人生を終え、もう一度やり直すチャンスをもらえているのなら、やれるだけのことはやってみなければ意味がないだろう。

 アメリアが原稿を提出するだけで小説の出版はされる。売れても売れなくても、小説の出版をしたところでアメリアの方に損はない。それに、小説が話題になって他の作品を書くことになれば彼女の夢が叶うというわけだ。こんな美味しい話を蹴る方がおかしいだろう。


「本当に……私の作品でよいのでしょうか?」

「もちろんです!」


 ソフィアはアメリアの手を取り、両手で握りしめた。表情は真剣そのもので、強い意志を感じる。ここまで支持をしてくれる人もなかなかいないだろう。


「……よろしくお願いします」


 アメリアがそう答えれば、ソフィアの表情はパッと明るくなった。「ありがとうございます!」と何度も言いながら握っている手を上下に動かし、それにつられて体も揺れる。

 人に求められることって、こんなにも素晴らしく、光栄なことだなんてアメリアは思わなかった。前世とは全く違う方向に進んでいることに安堵しながら、こんなにことが上手くいっていることにも少しの不安を覚えながらソフィアと話の続きをした。

 小説の出版に向けて原稿の修正、小説にふさわしいページ数にするための調整や表紙のデザインや紙を決めたりとやることは多い。


「なので、何度か来て頂くことになるのですがよろしいでしょうか?」

「あ……」


 幸い、ウィリアムはそこまでアメリアの外出にも気を留めていなかった。問題があるとすれば服装だろう。

 アメリアは自分の身分を隠してここに来ているため、ドレスもわざと古いものを着ている。何度も家を出入りすることで公爵夫人ともあろう人が古いドレスを着回しているという噂が回ってしまうとまずい。仕事をする上で、身分は明かすべきかもしれない。

 何度も来る必要があることを考えてなかったとはいえ、もっとしっかり考えるべきだったと後悔をした。だが、女性だからという理由で作品を否定しない時点で自分の身分を明かしても大丈夫かもしれない。

 うまく返事ができていないアメリアに対して疑問を抱いたのか、ソフィアは首を傾げていた。


(こんな熱意のある方に嘘を吐き続けるのも違うわよね)


 アメリアはソフィアに対して真っ直ぐ見つめ、背筋を伸ばして正しい姿勢になってから口を開いた。


「……ソフィアさん、先に謝らせてください」

「えっと、どうかなさいましたか?」

「私は、こんな格好をしていますが……ウィリアム・ウォーカー公爵の妻です。身分を明かさず、騙すようなことをしてしまい申し訳ありません」


 アメリアは立ち上がり、謝罪をした。

 その姿を見れば、誰でも貴族出身であることがわかるほどに優雅であった。

 ソフィアの反応はといえば驚きのあまりあいた口が塞がらず、ぽかんとしていた。


「そ、そんな! 謝らないでください! むしろ、私の方こそ数々のご無礼を……!」

「いえ、気にしないでください。むしろ、身分関係なく作品だけを見て頂けるのがとても嬉しかったのです」


 素直に気持ちを伝えれば、ソフィアは戸惑いながらもそれを受け入れた。急な話で驚きはあったものの、それでも作品の面白さが変わるわけではない。


「旦那様には内緒で小説を書いているのですが、何度もこの姿で出歩くと変な噂が回ってしまうかもしれないので……なので次回から服装が変わっても気にしないで頂けると助かります」

「それはもちろん! 出版の方もこのまま偽名で活動して頂いても大丈夫です。作家様を守るのも私たちの役目ですから!」


 ソフィアとアメリアはお互いに微笑み合い、自然と笑いが溢れた。

 その後も二人はお互いの身分関係なく、本の話で盛り上がったりもして、側から見れば友人のようであった。


「ソフィアさん、本日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。またお待ちしてます!」


 手を振りながらお別れをし、アメリアは馬車に乗って屋敷へと戻った。


(なんだか、実感は湧かないわね……)


 胸の奥で密かに熱くなっていて、体が興奮で少しだけ震える。

 アメリアの夢が、少しずつ叶っていく瞬間だった。

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