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11話 結果



 リーゼ・ベネットに招待されたお茶会から数週間が経過した。あれからリーゼに何か言われることはなく、アメリアの方もリーゼに対して何かをすることはなかった。

 ウィリアムの名前を出したのはあくまでも脅しであり、本気で彼に告げ口をするつもりはなかった。


(彼女に問題があったとしても、彼女のご両親に何かあるわけじゃないものね……)


 女同士の戦いで、ウィリアムに迷惑をかけるわけにはいかない。それに、このことを伝えたとしてもアメリアに対して何も思っていない彼がアメリアのために何かをすることも考えられない。


「奥様、本日分の新聞が届きました」

「ありがとう」


 リリーから新聞を受け取り、見出しを見てから詳細を読んでいく。この数ヶ月で随分と新聞を読むことも容易くなり、理解もしやすくなっていた。いまだに自分が応募した小説企画の結果は出ていないが、それでも連載小説を読む楽しみがなくなることはなかった。

 今日も一通りニュースを読み、連載小説を読み終えた時。次の記事を読もうとすれば[結果発表 新たな作家の誕生]という見出しがあった。

 間違いなくそれはアメリアが数ヶ月前に応募をした企画の結果発表の記事であり、それを見た瞬間のアメリアは一気に体温が上がった。


(予告もなしに発表だなんて……どうしよう、自分の名前があってもなくても怖いわ)


 無意識に力が入り、握っている新聞紙がぐしゃっとヨレた。心臓は高鳴り、かつてないほどの大きな音を立て、身体中にその音が響いている。まるで心臓の位置が頭のてっぺんに移動したかのようだった。

 もはや新聞を掴んでいる感覚もソファに座っている感覚もない。ひどく緊張してしまい、アメリアはその記事を読もうと思ってもなかなか見れない。

 だが、見なければ事は一生進まない。

 アメリアは何度か深呼吸をし、最後のもう一度深く息を吸って吐いてから、覚悟を決めてその記事を読んだ。

 そこには作家名と小説の題名に話のあらすじ、そして作品に対するコメントが書かれていた。


「……ッ」


 アメリアの息が一瞬止まった。

 一気に体の力が抜け、体中に脱力感が駆け巡った。


(……それはそう、よね)


 そこにアメリアの名前はなかった。

 三人ほどの作家の名前が並んでおり、選ばれた作品はミステリーや恋愛といった続きが気になる内容のものであり、アメリアが書いていた友情ものは選ばれていなかった。

 どちらかと言えば、アメリアの作品は連載をするよりも一冊の本にする方が向いている作品であった。アメリアもこの結果を見てそれに気づき、ショックを受けつつもどこか冷静に分析をしていた。

 残念なことに、アメリアの作品は佳作などにも引っかかっていなかった。作者名を見ると女性もいるため、アメリアが女だから選ばれなかったというわけではなさそうだった。

 それでも全く期待をしていなかったわけではないため、アメリアは喪失感に襲われていた。いくら書きたいという欲があっても、それを続けるのは困難なことである。


「奥様……大丈夫ですか?」


 リリーが心配そうに声をかけた。

 アメリアが新聞を読み進め、様子が変わったあたりから察して黙って見守っていた。共に結果を見ることにしなかった理由は、アメリアのことを思い、無駄に気を遣わせたくなかったのだ。アメリアにもその気遣いの心は伝わっており、静かに頷いた後「大丈夫よ」と答えた。

 ここで落ち込んでいたところで先に進むことはできない。連載ができなかったとしても、作品を返してもらうことで著作権は自分に戻ってくる。加筆修正などをし、他の出版社に持ち込むことだってまだできる。

 この一作品だけが、アメリアの作品というわけではない。

 結果が出るまでの数週間、アメリアは同じシリーズの作品を書きながら新しい作品を書くこともしていた。

 新しい作品は男女の恋愛ものであり、それは意外な選択でもあった。

 アメリアが書きたいのは男性同士の恋愛ではあるが、それを題材にした物語を書くことはできない。そこでアメリアは、男女の恋愛を書くと同時に三角関係になるようなものを書いていた。とある男爵と平民の女性の恋愛物語であり、男爵の幼馴染が恋のライバルという設定だった。読む人が読めば、その三角関係のきっかけとなっている幼馴染が想いを寄せているのは平民女性の方ではなく、男爵本人であるとわかるような内容だった。


(内容としてはハッピーエンドになるけど、男性同士の恋愛でハッピーエンドにならないところが残念よね……)


 仕方のないことだが、アメリアはそれが残念でたまらなかった。本当に書きたいものがあるのに書けないというもどかしさが消えることはない。でも、世間がそれを許さないのであればアメリアにはどうすることもできない。できる範囲で楽しむしかないのである。


「リリー、出かける用意を。新聞社に行って作品を返してもらいましょう」

「かしこまりました」


 リリーはすぐにドレスの用意をし始めた。

 落ち込んでいる時間があるならすぐにでも行動をした方が良い。

 すぐに着替え、身なりを整えてから部屋を出た。急ぐと他の使用人たちの目が怪しむものになるため、できるだけ優雅に歩くが内心は「早く作品を返してもらい、あわよくば何かコメントを頂きたい」という気持ちだった。

 広い屋敷にうんざりとしながらも玄関にたどり着けば、ちょうどウィリアムが帰宅したところだった。


(なんて都合が悪いの……!)


 偶然とはいえ、鉢合わせのような感じがしてしまって気まずい。

 そして、アメリアの姿は出かける前の姿である。これについたなにか追求でもされたらたまったものじゃない、と思いながらもしっかりとお辞儀をした。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「……ただいま」

「それでは、私はこれで」

「待て。この前ドレスを買ったばかりだろう、なのにそんな格好でどこに行くんだ」

(嘘でしょう……⁉︎)


 引き止められたことにがっかりしながらも、答えなければ余計怪しまれるだろう。かといって、素直に「新聞社に行き、書いた作品を返却してもらう」とはいえない。

 ドレスのことも、ウィリアムが言っていることはごもっともである。新聞社の人に公爵夫人であることをバレないために伯爵家にいた時の古いドレスを着ているが、ウィリアムからすればそれは不思議な光景だろう。とはいえ、この事情を説明するわけにもいかない。


「……旦那様には、関係のないことです」


 一番最悪な選択をしてしまった、とアメリアは言ったあとに後悔した。いくら相手が自分に興味を抱いてなかったとしても、あまりにもひどい言い方をしてしまった。


「……そうか。気をつけて行ってくるといい」


 これ以上引き止められることはなく、ウィリアムはサッサとこの場から去っていった。

 アメリアとリリーは唖然とし、思わず口があきそうだった。


「今のって旦那様……ですよね?」

「そのはず、だけど……」


 最初に一度引き止めたこともだが、相手の気を使うような言葉を言った彼に驚きが隠せないのであった。

 来たばかりの頃は冷たく、人にも自分にも厳しいと思っていたのが徐々に厳しい人ではないと思うようになったものの、思っていた以上に冷酷な人ではないのかもしれない。


(よくわからない人ね)


 あまり話したこともないせいで、アメリアは彼のことが今でもいまいちわかっていなかった。もっと知りたいと思っても相手は嫌がるだろうし、自分もいつかは捨てられる身であると覚悟をしている。愛されることを期待したが最後、だろう。


「奥様、馬車の用意もできたようです」

「ありがとう」

 

 アメリアは考えることをやめ、馬車に乗り込んだ。

 行き先で、嬉しい知らせを聞かされることを知らないアメリアは少しだけショックを引きずりながら馬車の窓から外を眺めていた。

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