今宵、三日月の形は変わらない
王都を見下ろす小高い丘で、月を見上げるのがサクラの日課だ。とりわけ三日月の夜がお気に入り。
なぜか、と問われると彼女は「故郷を思いだすから」と答える。
彼女の故郷は、この世界とは違う世界だ。
誰もが当たり前に使っている魔法も、太陽が朝になると、突然南の空に現れるのも、彼女の故郷ではありえない。
なのに、なぜか月の満ち欠けだけは同じだった。突然満月が新月になってもおかしくない世界だというのに、月は律儀にゆっくりと欠け、満ちる。
だからこそ、三日月の優美な曲線は故郷を思い起こさせる。
今日も彼女は丘の上で、故郷と、おそらくもう会えないだろう人たちに思いを馳せる。
不思議な力に攫われるようにしてやってきたこの世界。言葉も常識も違う、知らない人しかいない世界での生活は、サクラにとって辛いこともあった。
「だけど、月がこんなにきれいなのは良かったことかな」
サクラはポツリと呟く。科学、というものがないこの世界は、彼女の故郷よりずっと空気が澄んでいる。視線を遮る高いビルも、星の光を霞ませる街灯もない。
ある時、偉い人がこの丘をサクラ専用の場所にしてはどうか、と提案した。
だが、サクラは大きく首を振って断った。この素敵な景色は独り占めするにはもったいない。
だからいつもこの丘には月明かりを求めてたくさんの人が集まってくる。満月の夜はお茶やお菓子を持ち寄って、歌い、踊り明かすのが定番だ。
ただし、月に一度だけ、一番三日月が綺麗に見える夜だけは、サクラに遠慮して誰もこの場所には来ない。
みんなの気持ちをありがたく受け取ることにしたサクラは、月に一度、この丘で故郷を思い出す。
まあ、もっとも、一人だけ空気が読めない男がいるのだが……
「サクラ! 今日は随分と寒い。なにか羽織らないと」
「陛下!」
そう言いつつ、サクラの側にきた男は手に淡い光を集め、彼女を包み込む。不思議な温かさに安心し、サクラはそっと男に寄り添った。
彼こそがこの国の王。サクラをここへ招いた人。そして……彼女の夫。
「ねえ、陛下? 今度お団子作りに挑戦してもいいですか?」
「だんご? それはなんだ?」
別れはあったが、出会いもあった。この奇妙な世界での生活を、サクラは割と気に入っている。