悪魔は愛を認める
「君は誰かを愛したことはあるか」
悪魔はとうとつに言った。
私は薬指にはめられた指輪を見せたが、悪魔はそれには見向きもせず、私の答えを聞きたがった。
「そういえば昔、憧れていた女性がいたものだ」
「それはいい!
愛する者がいたという経験は、君が小さな人間として存在するということの証明だ。──いやいや、ばかにしたのではない。むしろ愛する者のいない人間というのは、自分自身を受け入れ、愛することができない人間なのだ」
ちなみに私はこう見えて、神のことも愛しているのだ。私は臆面もなく悪魔にそう言った。
「もちろんそうだろうとも。神を愛さない者が悪魔の存在を認められるだろうか?」
そう言うと悪魔は上出来のジョークを披露したかのように、誇らしげな様子を見せる。
「何を隠そう、おれも神を愛しているのだから」
悪魔はまるで、いままで秘密にしてきた、好きな偶像の名前を口にするみたいに恥じらいのしぐさをする。
「もちろん神が我々にしたことは赦せるものではない。しかしそれでもなお、おれの魂は神への愛で燃えさかるのだ。
そしてそれは君も同じだろう。ただそれが、どこどこの宗教の神、という具体的(単純)なものでないだけで」
謎めいた告白だが、その言わんとするところは私にも理解できた。
神への信仰心とは、自身の内部からわき上がるものであり、どこかにあるものを受け入れるものではないのだ。
「おお、神よ! おれはいまでもあなたへの愛で焼かれ、苦しみ、さまよっています。どうかこの憐れな信奉者にご慈悲を!」
悪魔は大仰に空に向かって叫んだ。
もちろん周囲の人間にも、神にも、誰にもその声は届かないのである。