悪魔は偽善が大好き
「友よ! なんと多くの人間が、またあの『自分にはまったく関わりのない事柄』に首をつっこんで、自分はいかにも正しいのだと言うのが聞こえるか」
私はなんのことだと返したが、悪魔は明確な答えをのべることはしない。
「なんだって? 知らないと言うのか。それともとぼけているだけなのかな? ──つまり、自分自身の利益にも、生活圏にも関係のない事柄にさえ首をつっこみ、さも自分はまともな人間であるようにふるまうあれさ!」
青いスーツに身をつつんだ悪魔。
どこのブランドの物かは知らないが、かなり高級な品質の物だというのはわかる。
私がスーツを見ていると感じたのだろう。
悪魔は襟元をなおしながら「アルマーニを知らないのか」と小馬鹿にしてくる。
私が興味なさそうに肩をすくめると、悪魔は小さく舌打ちをした。
「まあいい。──君の興味の無い物事に対する『どうでもいい』という態度。おれは嫌いじゃない」
そういったことを口にするときの悪魔は、いつだって真剣な表情だ。いつもの人を食ったような薄ら笑いが消え、まるで琥珀の中にある小さな生き物を観察する学者みたいに真剣な眼をする。
「おれは偽善者が大好きだ」悪魔は言った。
「偽善というものがなければ人間というものは、その人間的な魅力を半減させてしまうだろう」
うわべだけ自分は良識があるとふるまう人について語るとき、悪魔はいつも以上に上機嫌で饒舌になる。
「人間はつねに自分の中に『悪』の根がひそんでいるのを感じている。それを無くしたいがために、いつも無理をしているのだ。──そう、まるで二足歩行をしない獣が、二本足で地面に立つように」
その閃きがよかったのか、悪魔はどうだと言わんばかりに私に目配せする。
私は平凡な比喩だと内心思いながら、それはすばらしい喩だな、と口にした。
すると悪魔は失望したように顔を歪ませ、まるでチシャ猫の泣き顔と、狂犬の怒りをにじませた口元を合わせたみたいな、危険な──非人間的な顔をする。
「おまえのそういう態度は、おれにときおり怒りを抱かせるのだ。──そう、あの天の支配者が、自分の気に入らぬことをしたからと、我々を天の頂きより追い落とし、地獄へ追放し閉じこめたときのように」
そう言うとまるで猛獣のようにグルルルルッと、獰猛な威嚇を発した。
私は私の正しいと思う嘘をつく。そう返答すると──悪魔は「ふん」と鼻を鳴らして「まあいい」と言った。
「嘘とは偽善からも生まれる。注意することだ」
悪魔はそう警告し、言葉の代わりに沈黙を求めた。