悪魔は自己知解のない輩を憐れむ
自分を理解する、というのは本当はおそろしく難しい事柄で、自分を完全に掌握するのはさらに不可能。──病気すらもしなくなるような、そんな人がどれほどいるか。
精神の問題ではさらにそれが難しく、かつ曖昧で認識しにくい。
「多くの従順な愚か者という者がいる」
悪魔は漆黒のスーツを着ていた。
彼の感情はまるで静かな夜の海のように凪いでいて、それでいて途方もなく深い淀みを隠し持っているようだ。
「それはいつもいつも、毎度毎度……」
と、悪魔は繰り返すのだった。
「……飽きもせず、同じ過程と結果を繰り返すのだ。言うなれば、もうこんなのはこりごりだと言いながら、毎日毎日、繰り返しの繰り返しを行っているようなものなのだ」
悪魔はどうやら、外部情報に踊らされる人間を皮肉りたい気分であるらしい。
「広告だのインフルエンサーだの偶像だの、流行ものだなんだのと。毎回毎回、飽きもせず……」
ぶつぶつと悪魔は口にする。
「奴らは自分の頭でものを考えられず、思想や趣味趣向すらも他人任せなのか。まるで操り人形のごとく!」
自らを外部情報の渦の中に投げ入れ、そこで自らの存在を曖昧にした者は、無意識の虜となり、フロイトの唱えたような超自我とは疎遠になるのだろう。
そうした連中は無意識の同調性に組する亡霊として、他者の人生を生きるようになる。悪魔にとっては御しやすい連中となるだろう。
「それは悪魔を軽んじている!」
憤慨した様子で彼は言った。
「いかにも低級の、低俗な悪魔ならやりそうな手口だが。愚かな輩を操ったところでなんの自慢にもなりゃしない。
どぶの底に沈んだ汚物から宝が見つかるはずがないだろう!」
彼の言わんとするところは、たやすく手に入るものには大した価値が無い、といったことに通ずるものだろう。──悪魔が何を目的として人間に近づいて来るかは、その個体によって違うだろうが──
弱い意思には弱い力しか宿らないし、自己の本質を理解しない憐れな個人というものは、いつも自らの本性と対立し、苦悩の中で自らの魂をすり減らしていくものだ。
そうした内的な衝動が外部の人間に投影され、そのような輩は無意味な攻撃性で他人と対立したがるのである。
「だがまあ、わからんでもないなぁ。自分の頭で考えるというのは難しい作業だからな。
だから操り人形のごとく、奴らはいつまでたっても半人前の出来損ないなのだ。
愚か者には苦痛と苦悩を!
それが魂を研磨し、汚れきった魂の錆を落とすのだ」