悪魔が語る安易な楽しさ
刹那主義ではダメなのよ。
あなたが父なり母なりになったあと、そのことを思い知るでしょう……
「楽しいことが正しいことのように考えられているな」
とうとつに悪魔は言う。
「だがそれは、我々悪魔の独壇場なのだ」
悪魔にとって人間を堕落させたり、弱らせたりするような活動はお手の物だと語る。
「なぜなら人間の魂を成長させるのは、安易な楽しみや快楽ではない。むしろまったくその逆にあるものが人間の魂を強くし、成長させるのだ」
だからむしろ、人間に必要なのは神の愛などではなく、悪魔の囁き なのだと悪魔はうそぶく。
「苦悩や迷いの無い世界など、ただの堕落と腐敗の温床だ」
そこにも悪魔がいて、そうした悪魔は怠惰を司る悪魔の王に仕えているのだとか。
「知っているか? 怠惰という奴は、人間がもっとも愛する悪魔の名なのだ。むしろそこには信仰心に似た、救いようのない者たちの魂を捕らえる誘惑がひそんでいる」
楽しさ──娯楽は、人類の文明のひとつの形である。私はそう主張した。
「おお、君はまるで、どこぞの哲学者よろしく、犬のように自由であれと言うのだな。──それもいいだろう!」
悪魔は大手を振って声高に宣言した。
「楽しいことだけを追い求める者は、やがて自らを見失い、野良犬のようにさまようことになるだろう。
だがそれでいいのだ。
所詮人間という輩は、自らの欲望の権化でしかないのだからな!」
そう言って、暗がりに寝ころんでいる酔っぱらいを指さす。
「見たまえ! あのゴミ袋を抱き枕とでも勘違いした男の姿を。誰しもしらふならば、あのような者になりたいなどと思うまいよ。
ああ、たとえ惚けて死ぬとしても、あのようなみっともない真似をして死にたくはないものだなぁ!」