悪魔は体裁というものを卑下する
「君はあのくだらない言動をどう思っているのか」
悪魔は質素なシャツとズボン姿で現れた。
くだらない言動とは、取り繕ったうわべだけの言動についてだ。それは世間の顔色をうかがったあれやこれのことだと悪魔は言う。
それは以前にも言ったが、妥協で成り立つ社会集団の意思があるせいだ。
その意思の影の一部になりさえすれば、まるで強大なものの一部になったとでも勘違いするのだろう。──私はそう答えた。
「もっともな意見だ!」
だがそれは、他人との無益な衝突を回避するための、人間にとって必要だと考えられている「妥協」という協調性なのだ。私はそう付け加える。
「おいおい、君。そうした『私は大勢の味方である』みたいな面をするのはやめてくれないか」
悪魔は「おれは知っているのだぞ」と真紅の眼を光らせる。
「愚か者ほど体裁によって自身の行動を決定し、周囲に合わせようと無理をして、偽りの自分を形作っては失態を重ねるのを」
悪魔はとくに結婚について否定的なものを感じているようだ。
「なぜ彼ら、あるいは彼女らは、自分の身の丈を理解しないのだろうか。
いや、それ以前に、自分たちが本当は恋人も必要としないし、子供など望んではいないと、いつになったら自分の本心と向き合うのだろう?」
双方から望まれて結婚するのではなく、中には世間体のために結婚し、子供をもうける者もいると悪魔は主張した。
「そうした連中というのはいつだって、自分ができの悪い歯車にすぎない、というのを理解しようとはしないものだ。
錆び付いた歯車など取り除かれてしまうから、それを何より恐れているのだ。──それが本心を隠し、妥協的協調の影に自らを押し込めて、結果として不幸を世間に浸透させるのにだ」
悪魔は核心を突いてきた。
「人間の弱さの多くは、個人と世間との対立から発生し、自分を偽ることでしか生きられないという想いを抱いて、幻想(偽り)の中に活路を見いだしてしまうからなのである」