故郷に帰る時
時折、胸から首に走る痛みが、何であるか、陸鳳には、わからなかった。
陽葵は、ずっと、身の回りを世話してくれている。妹の様な存在。
自分の事を兄と、慕ってくれていると思っている。
「雪の季節には、故郷に帰らないのか?」
時折、陽葵が、浮かべる寂しい横顔に、陸鳳が、声をかけた事があった。
命の危機があった時、陸鳳が助けたと言うが記憶がない。
記憶がないのは、それだけではない。
「山神様」
そんなふうに、慕われていた記憶もない。
自分が、何者なのか、わからない。
ただ、炎龍に因縁がある事は、わかった。
「故郷が、どこか、わかるのか?」
陽葵に問う。
彼女は、何かを知っているが、帰る事を拒んでいる。
「ここに居た方が安心です。ここに居ましょう」
陽葵は、この杜の都に住む事を提案した。
都に住む動物達を診察して、過ぎ去る日々。
六芒星に守られた街は、平和で、このまま、長い時間が流れて行くのかと思っていた。
そんなある日、状況が変わった。
「逃げましょう」
陽葵が、顔色を変えて診察室に飛び込んできた。
「どうしたの?慌てて」
いつもと、変わらない午後の診察。
4時頃は、患者も数も落ち着いて、のんびりと、コーヒーを飲んでいた。
「炎龍が・・・現れて」
どこか、聞いた事のある言葉に、耳が反応した。
「炎龍?」
そうだ。聞いた覚えがある。
胸から、首に掛けた傷が、疼いた。
「ここも、危ない。思い切って、故郷の山に帰るしか・・」
「故郷の山?それは、どこ?」
「それは・・・」
陽葵は、陸鳳の記憶が戻る事を拒んでいる様子だった。
「そこに帰れば、君は、安心なの?」
「そこは・・・」
炎龍が現れ始めた杜の都に残るか・・・陸鳳の記憶が、戻るかもしれない故郷の山に帰るか・・。
陽葵は、首を振る。
「約束してください。」
「何を?」
「決して、私から離れないと。一人では、心配なんです」
「一緒にいるよ、亡くなった、お兄さんの代わりなんだろう?」
陸鳳に言われて頷く陽葵。
「でも、どうして、炎龍が気になるのか、調べてみたいんだ。この六芒星の秘密もね。少しずつ、狂った陣が、妖鬼を呼び込んでいるのは、何故なのか、知りたいんだ」
それは、山神として守って来た陸鳳の気質。
彼には、同じ山神の弟が居る。
山の仲間達が、見下していた人間の血を引く弟が・・。
彼が、最近、陸鳳の前に現れた。
きっと、彼は、全てを知ってしまう。
そうしたら、彼は、去ってしまうのだろうか。
陽葵は、陸鳳の側を離れたくなかった。
その為なら、どんな事も、やり遂げる。
そんな思いで、いっぱいだった。