時の城
伊織が鼠に扮した大獅子を捉えている間、創宇は、古城より北西にある社から、古城に向かっていた。
幾千とも思われる階段を駆け降りる。
両脇には、樹齢は、一千年以上あるかと思われる古木が立ち並んでいる。
「誰の為に、存在しているのか?」
遠い昔に聞かれた事があった。
「誰の為に、自分の時間を止めているのか?何を守ろうとしているのか?」
その戦国時代に、ここへ逃げて来た武将に同じ質問をした事があった。
それは、自分が、聞かれた事と同じ問いを行ったのだ。
「自分が、存在しなくなっても、守る価値はあるのか?」
創宇の問いに、その武将は答えた。
「自分以上に守りたい者があります。」
余命、幾許もない若い武将だった。
「自分が、安心して逝く為に、心置きなく、逝くためなんです」
深手を追っている。
もう、夜明けまで、持つまい。
「私は、安心して逝きたいんです」
自分は、どうだった。創宇は、自分に問いかけた。
安心して逝く所か、彼女を守る為に、残っている。
彼女亡き今、自分を解き放つ事ができるのではないか?
「順番が、逆だったのか」
自分が先に、亡くなれば、何も起きずに済んだのだろうか。
答えはない。
自分が選んだのは、彼女の意に従う事。
彼女は、自分の気持ちを知る事は、なかったのか。
誰も、答えは知らない。
古城に眠る骸を守る為、時間を止めた。
六芒星の陣をしいたのは、彼女。
彼女の意に従ったのは、自分。
月日は、流れ、何事もなく、陣の加護を受けて、杜の都は、栄えた。
海の向こうや、南からの侵略者が現れるまで。
強固な陣は、敵の狙いを惹きつけた。
誰もが、それを欲する。
創宇は、信じた。
自分亡き後の家族の幸せを望む武将の言葉を。
陣に取り入れ、命を救い、彼の家族を守り、彼の城を守る事にした。
人の気持ちは、変わってしまう。
自分の一生を捧げた創宇と彼は、異なっていた。
彼は、陣の力を自分の軍勢に取り入れようとした。
創宇を亡き者にしようと試み、陣の力を独り占めしようとした。
綻びが出ていた。
創宇の寂しさ故の、過ちだった。
彼は、軍勢を強め、侵略と破壊を繰り返した。
そんな六芒星を真の守護者が、許す訳がない。
少しずつ、亀裂が生じていた。
創宇のガラスの様な宝は、崩れ始め、彼は、治そうと奔走した。
「陣が無くなれば、あなたは、本当にいなくなってしまう」
陣にとって、災いをもたらした武将を、創宇は、殺めた。
「誰も、信じる事はできない」
長く使える伊織にさえ、心を許す事はできなかった。
長い階段を降りている時に、ふと、顔を赤ラメ、急ぎ駆け上がってくる伊織の姿があった。
「創宇様!」
肩には、麻袋を担いでいる。
「捕まえました。あの逃げ出した鼠です」
「鼠?」
古城のからくり箱の中の鼠だ。
「これで、うまく、行きますかね」
真っ直ぐ、駆け上がって来るのだった。