六芒星の主
伊織が創宇と逢う少し前、伊織は、古城の庭に出ていた。現在、観光地となっている古城は、現在的で、各階が展示室となり、戦国時代の刀や鎧、あやゆる物が展示されていたが、実は、近代になって、古城の上に、重ねて造られた観光用の城で、戦国時代からの城の上に成り立った物だった。古城を基礎に建った城では、あるが、柱が同じなので、基礎が崩れたら、後から建てられた城も同じ運命で、崩壊するしかない。
「どこから、見ても、昔と変わらない」
伊織は、創うと比べて、まだ、若く、法術もイマイチだった。見た目も、到底、創宇には、叶わない。それは、十分、わかっている。創宇に、敵わない事は。だけど、もしかしたらと希望を持つ瞬間があった。
「桜か・・・」
芝生に寝そべると、観光客達の会話も遠く、他人事となる。目を閉じて、思い出そうとしているのは、いつの日の事か。
「名前は、伊織」
懐かしい声が聞こえた。自分は、北の地から逃れてきた流民だった。食べる物もなく、飢えに耐えられず、盗みに入った飯屋で、こっぴどく、主人に殴られた。人目を避ける様に、逃げ込んだ林で、乳母と薬草を採りに来ていた咲夜姫と出会った。
「まずい」
逃げようとした伊織の姿を見て、咲夜姫が、引き留めた。
「怪我をしている」
手当をしようとする咲夜姫を、乳母が引き留めた。
「ただでさえ、自ら、薬草を取りに行く事は、禁じられているのに、得体の知れない輩に触れるなんて」
「何を言うの?私達のせいで、民が苦しい生活をしているのに」
「ですが、流行りの病を持っているかも知れません」
伊織は、自分の両親を流行病で、亡くしていた。次から次へと、倒れていく里の民。誰もが、自分が生き抜くのに必死だった。自分達の生活なんて、誰も気にしない。咲夜姫は、乳母の止めるのも気にせず、伊織の傷の手当を始めた。
「私に、もう少し、能力があれば、こんな事に」
優しく、伊織の手当を行う咲夜姫の横顔をじっと見上げる。自分より、一体幾つ年上なんだろう。作務衣を着込んで、テキパキと動き回る姿を伊織は、見つめていた。行く先のない伊織を引き取り、屋敷に住み込んで、雑用を行うようになった。次第に、咲夜姫が何を考え、事を起こそうとしているのか、気付いていた。途方もない計画だった。自分も、協力したいと思い、修行を積んだ。法力を身につけたら、咲夜姫に伝えたい。死に物狂いで、修行に励んだ。咲夜姫に、支えたい一心で。桜の散る美しい夜だった。
「咲夜姫」
思いを告げたかった。待ち合わせをした場所に現れたのは、創宇だった。大陸から、来た術師と聞いていた。
「姫は、来ない」
「どうして、ですか?」
「思いを叶えられた」
「叶えたとは?」
そう聞いた瞬間、金色の光が縦や横に走った。幾重にも重なった花びらが開くように、その花びら一枚一枚に、呪術が書き込まれている。
「これは・・・」
伊織は、唾を飲み込んだ。
「六芒星だよ。六角の頂点には、探し出した獣神達が、守る。君は、選ばれなかった。咲夜姫が、選ばなかったからだ。」
「どうしてです?力になりたくて、修行に励んだのに。そんなに僕は、力になれないですか」
「そうしれないな」
創宇は、ポツリと言った。あの日の事は、忘れない。どうして、咲夜姫は、自分を置いて行ってしまったのだろう。本当の事を憂げていたのは、創宇だった。得体の知れない創宇を、咲夜姫は、選んだ。
「お前は、自由だ。ここから、立ち去るがいい」
創宇は、出て行けと言う。伊織は、唇を噛み締めた。
「いえ・・・残ります。このまま、ここに置いてください」
伊織は、頭を下げた。あの日から、一体、幾つの夜が流れたんだろうか。