歪んだ伝説
そこにいたのは、銀色の毛並みを持つ、美しい狼だった。
今、東の空へ、飛び立とうとしている。
「鉾は、いつからあったのか?」
その問いに、リファルとエルタカーゼは、顔をみわせた。
「間違いなく、咲夜姫がこの地上に降り立った時と」
「その鉾が、九州を守っていると聞いたのか」
「聞いた」
「誰に?」
菱王は、背中を冷たいものが、降りていくのを感じた。
「長に」
「長は、何者?」
「長は・・・」
菱王は、答えられなかった。
鉾の番人。
気がつくと、誰もが、長の言う事を信じていた。
自分も。
長の姿を見た事は、なかった。
いつも、社の中にいて、長いローブを纏っていた。
「鉾は、自ら、抜けようとしています。棘の刺さった皮膚が、回復するように・・・正しい、状態に戻ろうとしています。」
これが、桂華の姿なんだ。
陸羽は、寂しく思った。
元々、自分には、縁がない。
兄、陸峰おの方が、ふさわしい人。
でも、兄は、黙って、桂華を送り出すんだろうな。
それが、彼だから。
孤独な山神。
彼は、そういう王だから。
「鉾を抜かなけれな、火球は、止まりません」
創宇は、旅立とうとする桂華の背中を追った。
「ついて来ないで・・」
「心配なので、私も行きたい」
「いいえ・・・」
咲夜姫は、陣の中央。空を見上げた。
「あなたが、ここから、出る事はできません」
「どうして?」
「あなたは・・・」
創宇の足元が、揺れた。
画像が、途切れるかの様に。
「あなたは・・・六芒星の記憶だから」
「え?」
突然、足元が崩れ、創宇の姿が、消えそうになった。
「あなたは・・・私の記憶」
創宇の姿が、途切れ途切れになる。
「創宇・・・ごめんなさい。長い間、待たせてしまって・・・あなたは、もういない」
「咲夜姫?」
陸鳳は、創宇の姿が、少しずつ、薄くなっていくのを見た。
「創宇は・・・」
生きていた訳ではない。
咲夜姫と六芒星の陣が、作り上げた在りし日の創宇。
「私の記憶が作り上げた過去・・・」
閉じた瞼から、うっすらと細い涙が、頬を伝う。
「遠くに亡くなった創宇を作り上げていました」
「あなたは・・・一体?」
菱王は、改めて、自分が力づくで、攫おうとしていた咲夜姫の能力に触れ、ゾッとしていた。
長の言う事は、間違っている。
あの長は、何者なのか?
鉾が、押さえているのは、未知のエネルギーなのか。
「解放するのです」
銀色の狼となった陸鳳の背に、飛び乗る咲夜姫だった。