強引な販売者との出会い
今日も今日とて木こりになる日々が続いている。薪を切っては鍛治の手伝い、そんな日常を繰り返している中で最近気になっていることを見つけた。
俺が薪を切っている時間のみ現れ、視線をずーっと向けてくる。こちらが視線のある方へ振り返ると隠れ、作業を再開するとまたもや視線を向けてくる。しかし隠れる瞬間、獣人特有の頭部から生えている耳が見えてしまっている。
以前いた教会の人間ならこんなバレバレの尾行や観察などはしない。
特に危害を加えてくるわけではないので、放っておくことにした。
しかし今日を入れて1週間連続で視線を向けられればいい加減疲れてきた。
連続の勤務で疲れが出てきた俺はついにその正体へと近づき、声をかけた。
「いい加減声ぐらいかけてくれないかな?ずっと見られるのも疲れてくるんだけど」
若干のイラつきの混ざったトーンで声をかけると、恐る恐る木の影から姿を現した。
年代は俺よりも少し上な印象を受けた少女は怯えた眼を俺に向けながら近づく。白色のロングヘアーで真紅の瞳に、とんがった特徴的な耳をした獣人の女の子だった。
彼女の種族は月兎人であろうと確信した。確信に至ったのは真紅の瞳とウサギのような耳から判断した。見た目からは考えられない筋力を持ち、尚且つ手先の器用さがウリの種族だったと朧気に思い出す。
『懐かしい、月兎人か』
朝から図書館へ行ってくると言ったのに、いつの間にか戻ってきていたのか正体不明の触手セトがあれの脳内へ語りかけてきた。
『なんだこいつの種族と関わったことがあるのか?』
「遠い昔、こいつらの種族が今よりもかなり多くいた頃にな』
月兎人は今から千年ほど前は1万人程存在しており、身分もかなり上の方にいた種族だ。しかし今現在に至るまで、美しい姿と類まれなる身体能力が仇となり、奴隷の対象となることが多くなっていった。それに加え、異種族との戦争、月下戦争に負け地位が低くなってしまったのが原因だと言われている。
今はその3分の1まで数を減らし、奴隷商人に見つからないよう細々と暮らしていると聞いた。
「数々の非礼を詫びます!大変申し訳ございません!」
元々高貴な種族のため物凄くプライドが高く、絶対に頭を下げる行為などするわけがないと聞く。
しかし目の前に映るのは極東のドゲザを披露しており、許さないとこっちが申し訳なくなるほど綺麗なドゲザを披露していた。
「ちょいちょい!辞めてくれ!そこまでしろと言ったわけではない!」
「こんな私にここまでの慈悲をくださいますなんて・・・感謝の極みです」
そこから数十回ドゲザを辞めてくれと懇願したことでようやく頭を上げてくれた。
やや土まみれになった顔を上げたことで美貌が顕になった。しかし顔のパーツは整っているのだが、雰囲気にしたっぱくささが滲み出ていた。
「で、お前はなんで俺を見ていたんだ」
こいつから見られていたのは薪を割っていた時だけだ。こいつの言動から俺が慕われているというのはそれとなく感じる。しかし慕われる理由が見当たらない。容姿は普通より上だと自負しているが、子供の粋を出ないし身なりも平民そのものだ。その理由を探るべく、問いかけてみた。
「実は先週ここを通った際に、あなた様が薪を切っていました。小さい体躯ながらも猛々しく薪を切るその姿勢、あなた様から感じ取られる神々しさに目を奪われてしまいました。そんなあなた様に私は近づきたい一心で見てしまいました。ご無礼をお許しください!」
え?こいつ薪を切る姿に目を奪われたとか正気か?
「そんなあなた様に相応しいものがあります!」
スカートのポケットから取り出したのは、十字架に斜めの剣が交わるように付けられた装飾品と思われるものだった。
確かにこのアイテムからはそこはかとない気品と神々しさを感じる。
「この素晴らしいアイテムをあなたさまに献上しようと思います!ぜひ受け取ってください!」
ここまで称賛されれば気分も自ずとあがり、受け取ろうとする。
その瞬間目の前の少女が笑った気がした。
「ですが私め、哀れな貧乏人としてこの歳まで育ってきて・・・」
どこからともなく取り出したハンカチで涙も出てもいないのに瞼をそっと拭う。明らかに棒読みなトーンと演技に急に冷めてきた。
「もしあなたさまがこの惨めな私に金銭を恵んでくださるというなら!あなたに一生の忠誠を誓いましょう!」
「ちなみに金額は?」
「なんと普段10万ダラーのところを・・・なんと!5万ダラーで盛大な加護と祝福がアザトス神から授かることができるのです!」
神からの祝福と加護がもらえるのであれば5万など安いものだとはならんならん。
「すみませんが俺は平々凡々な木こり師。ここら辺でお暇とさせていただき・・・」
「そんなご自分を卑下なさらず!今ここでこれを授かればあなたさまは更なる高みに上り詰めることができるでしょう!さあさあ!!」
俺の顔に押し付けながら装飾品をごり押ししてきた。剣の部分が頬にブッ刺さって地味に痛い。左右の頬に剣が貫通しそうな勢いで押し付けてくる。
「痛い痛い!名前も知らないやつに装飾品買い取らせようとする奴がいるか!」
「これは申し遅れました。私はリリス正教、東西支部第五忠誠委員会お茶汲み係5席、トリア・シャンタクと申します。以後お見知り置きを」
丁寧な自己紹介をされたが、今更評価は変わることはない。こいつは確実に関わったらヤバい人物だとひしひしと感じる。というかお茶汲み係5席ってしたっぱ中のしたっぱじゃねぇか。
こいつに長く関わるとペースに乗っ取られてしまうと思い、距離を取ろうとするが一瞬で距離が詰められる。
「まあまあ、そう後退りせずに私たちの教会へおいでませんか?お茶でも入れますよ」
そして手を握られ、ドキッとしてしまった。
もちろん異性に握られドキっとしたわけではなく、手を握る力が異様に強い。引き剥がそうとするもびくともせず、むしろ腕を引き込まれ顔が近づく。
「少しお話しに付き合っていただくだけですよ?素晴らしいあなたさまにもリリス様の祝福が在らんところを」
抵抗する俺を引きずりながら、歩みを進めるトリアと名乗る少女。側からみれば少女と少年が微笑ましく、デートにでも行くように見えるが唯の拉致である。
ずっと少女の奇行を脳内でゲラゲラ笑っていたに復讐を誓う俺であった。