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短編集

ひなまつり

作者: ガネコ

 女の子のすこやかな成長を祈る。今日はそんな日である。その通りなのだが、目の前にいるこの子がこのまま成長するのはいけないと思っている。


「よし、ひな祭りだしデートしましょ!」

「……何でそうなるんだい?」


 この女の子は近所のお子さんだ。それ以上の関係はない。血のつながりもない。しかし、なんだか知らないが小さい頃からやけに懐かれて仕方ないのだ。あまりの懐き具合にこの子のお父さんが悲しい顔で俺と娘さんを隠れながら見つめる瞬間を目撃してしまった。


 この微妙な関係は今現在も続いている。自分で言うのも悲しいがアラサーの、彼女いない歴年齢の独身男性なんてなかなか警戒してもいいものなのに。女っけ皆無でギラギラしてない変人扱いだったり、学生時代からずっとここに住んでいたり、わりと近所づきあいはいい方とはいえ。

 彼女の家族に娘が遊びに来ていいほど信頼されているのが不思議である。これからもずっとこのまま……と思えないのが悲しいが。今日こそは踏ん切りをつけよう。


「のどかはもうすぐ高校生だろ? 知ってるおじさんの家だとしてもズカズカ上がり込むのはやめようね。ほら、せっかくのひなまつりだ。同世代の女の子と遊びなさい」

「アラサーなら若い若い! おじさん自称すると老けるよ! 駄目! 却下!」

「つまり帰る気はないんだね」


 図星らしい。返事代わりにお気に入りの座布団(もちろん俺の)を枕にゴロゴロ転がる。

 まだまだクソ寒い季節にショートパンツ、ニーハイソックス……。これが若さか。所謂絶対領域に目がいく。太ももが眩しいというか目に毒というか……。

 暖房で部屋はそこそこ温かいとはいえ、アラサーにはとても寒そうだ。それにとりあえずいろんな意味で眩しいものをひとまず隠したい気持ちが生まれる。つい近くにあった毛布をかけた。

 はっ、しまった! 毛布をかけてからあれを思い出したが、時すでに遅し。彼女はすぐ飛び上がって一言叫ぶ。


「くさい!」


 ……言うと思った。しょうがないだろ。年上の他人の男なんだから。


「やっぱりくさい!」

「やっぱりもくさいも傷つくからやめて。あー毛布いらないなら返そうね。臭いの移るからね」

「やだ!」


 毛布を身体に巻きつけて転がる。こうなると取り返せない。このように何故かはわからないが返してくれない。

 いや、臭いんだろ? 洗濯はしてるし、それなりに干したり消臭スプレーかけたり、なんなら消臭効果のあるロールオンとかサプリとか努力したけどやっぱり臭いんだろ、くそっ!

 この間も返してもらえずくさい臭いと連呼されたせいでトラウマになりかけている。会社とか通勤バスでもそう思われてたら……。そう思うと生きるのが辛すぎる。


「まさか、これが加齢臭なの……?」

「さっき若いとか言っといてそれかい。俺に加齢臭なのか聞かれても答えられないからね。色んな意味で。俺の心が壊れちゃう」

「…………くさい」



 くさい臭いと言いつつクンクン嗅がれると恥ずかしいやら、微妙に嬉しいやら。は、嬉しい? ……いや、駄目だ。

 俺はそういう目でこの子を見る側になってはいけない。幼児の頃から知ってるんだ。そりゃそこらの女の子と比べて可愛いとは思っているけど、それは身内の贔屓目線というのも強くて。異性の、恋愛対象の女としてこの子を見たくないんだ。


 ひな祭りじゃなくても、いつもずっと、俺はこの子のすこやかな成長を祈っている。けど正直なところ、女らしくなるこの子を見ていると真逆の事を考えたりもする。ずっと子供のままだったらいいのに、なんて。大きくならなきゃ俺とこうやって話したり遊んだり出来るから。


 彼女が懐いた延長で、随分年上の俺を対象として恋愛感情に近いものを持っている。そんなのはとっくに気づいていた。が、見て見ぬふりを続けている。

 それは俺が子供にはそういう目をしない良識ある大人であり、この子の兄や父のような存在だからだ。俺はロリコンではない。ロリコンにはならない。ロリコンは嫌いだ。この子をそういう目で見る俺と同世代、もしくはその上の奴がいたら殴りたい。……絶対そうはなりたくないんだ。

 

「田上君と昔みたいにひな祭りデート、したいなぁ」


 俺のくさい(らしい)毛布の簀巻からかわいいおねだりが聞こえた。小さい頃「これってデートなの?」と聞かれてつい、「ほんとだデートだねぇ」と答えて公園やおもちゃ屋へ遊びに連れていった己の軽率さを後悔している。

 流石に彼女が中学生になってからはデートを誘うどころか向こうからのお願いも断った。

 するとあっちからしつこく誘うようになったのだ。無論断るのだが、のどかは勝手に家へ上がり込むようになった。全部断ると可哀想かと思って、これは拒めずにいた。


 でも、これももう断る時期になったのだ。遅すぎたのかもしれない。ご両親だってよく知っているから今のところ言わないだけで、内心嫌かもしれない。自分の娘が他人の、独身男性宅に入り浸り。駄目だこれは。

 のどかの悲しそうな顔を見たくない俺のエゴで先延ばしになっていただけなんだ。意を決して口を開く。


「……あのさ、話があるんだけど」

「あっ、待って! 私気づいた!」


 だが、それを遮るように簀巻が飛び上がった。最近こういう風に俺が真面目に話そうとするとこうなるんだよな。わかってる、だから止めずに。


「のどか、あのな。こういうのはもう」

「これもデートじゃん! お家デート!」

「はあ?」

「……はあ? って何。田上君ってば最近冷たいよね。ぱっと見優しいままけど、中身結構冷たいよね。まぁ、全体的に見たらめっちゃ優しいけどさ」


 コロコロと大人しめにこっちへ転がってきて、俺の顔を見つめる。必然的に上目遣いだ。


「という訳で、今日はお家デートだからね! キャーッ!」


 それだけ言ってゴロゴロ離れていった。自分で言っておいてテンションが爆上げされたようだ。おいおい、壁に当たるぞ。ったく、色気づきやがって。


「あっ、ひなあられ! やったあー、いつもありがとー」

「……壁に当たった衝撃で隠しといたお菓子を見つけただと?」


 しまった。また言いそびれてしまった。今日中にどうにかしないとこの調子でズルズルと……。いい歳して俺は何をやってるんだ。

 しっかし、なんでよりによって俺なんだろう。この子なら同級生にもモテるはずだ。だって可愛いから。同世代で好きだと言われて嬉しくない男は存在しないだろう。俺だって正直嬉しいくらいなのに。もしかして枯れ専というものなのか? そうは言っても俺は中途半端な存在だけど?

 そういや好きな俳優とかアイドルとか聞いてもいないっていうんだよな。俺の好きな女優の話にしても俺の好きなタイプの話にすり替えて自分との共通点みたいなのを探し始めるし。……大丈夫なのかこの子? 学生生活うまくいってる?


 ああ、いかん。ひなあられだけでこんなに喜んでいるのどかが可愛すぎてもう何にも言えない。今日はひな祭り。女の子の祭りだ。このままこの子を喜ばせてやろう。近所のおじさんの出来る範囲で。いや……現時点で範囲外か?

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