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氷食いの来訪

作者: 山城ひすい

※この物語はフィクションです。

「氷食いが来たぞー!!」


誰かの大声がコロニーを駆け抜けた。



南極は短い夏が始まったばかりだ。

俺はコロニー近くでブラブラしながらのんびり暮らしているアデリーペンギンの一羽である。


コロニーが俄かに騒がしくなって、よくつるんでいる友達(ダチ)が声をかけてきた。


「おい、氷食いだってよ。見に行こうぜ!」

「おう行く行く」


俺はダチと連れだって出かけた。



メキメキメキ……ドオンッ!!



氷食いは大きな音を立てて氷を噛み砕きながらこっちに向かって来ていた。


「ヒエーッ、すげぇ迫力!」

「今年もいい食いっぷりだな」


”氷食い”というのは、いつも夏の初めに現れるらしいデカくて変な形のクジラだ。豪快に氷を食べながら泳いでくるのでそう呼ばれている。


俺たちが眺めていると、やがて氷食いは動きを止めた。

氷食いは食い終わると寝るらしい。夏の終わり頃に目を覚ますまで微動だにせずその場所に留まっている。

止まった氷食いに近づいていくと、背中に乗ってる連中と目が合った。

氷食いは背中に変な生き物を何羽も乗せてくる。その生き物は”ニンゲン”というらしい。

俺たちペンギンと似たように立って歩くからペンギンの一種だと思うのだが、彼らは俺たちと違って嘴が無い。それに泳がないし、複雑で変な鳴き声をしている。

よくわからない変わったペンギン一族だから、”ニンゲンという名前のヘンテコな謎のペンギン”。縮めて”ナゾペンギン”って呼ばれている。


しばらく眺めていると、ナゾペンギンたちが氷食いの背中から降りてきた。

氷の上ではナゾペンギンの仲間が集まっていて、降りてきた連中といろいろ喋りながらスキンシップをしていた。


ナゾペンギンたちがよそ見している間に、俺たちはこっそりと氷食いの背中に乗り込んだ。氷食いの背中は氷の上とも岩場とも違った感触で、変わったものがたくさんあって面白い。

俺たちが氷食いの背中を探検していると、ナゾペンギンに見つかってガバッと捕まえられた。


「**!*******!!」


捕まえられても特に抵抗しない。ナゾペンギンは俺たちを食わないからだ。捕まえられてもそのまま運ばれて氷の上に降ろされるだけ。本当に他の生き物とはだいぶ変わってる。


「チクショー、茶化してやろうと思ったのにやる前に捕まっちまったぜ」


一緒に侵入したダチが悔しがっていた。俺は久しぶりにナゾペンギンを間近で観察出来てそこそこ満足していた。




氷食いが来て数日くらい経った頃、ナゾペンギンの何羽かが、雪原の方に歩いていくのが見えた。

俺たちは雪原の方にはほぼ行かないからそっちに何があるのか知らない。もしかしたらナゾペンギンだけが知る食い物があるのかもと俺は興味を惹かれて、ドキドキしながら彼らが戻ってくるのを待った。


しばらく経った後に戻ってきたナゾペンギンたちが手にしていたのは石ころだった。


俺は心の底からため息をついた。それとは正反対にナゾペンギンたちは持ち帰ってきた石を見せびらかしてはしゃいでいる。

石、石ね。まあ、わからんでもない。

アデリーペンギンは番になる為に石で巣を作るのだが、この石が問題なのだ。

まず手に入れるのが大変で奪い合いは日常茶飯事。良い石なんてちょっと目を離しただけで盗まれる。しかも、巣は女が気に入るものでなければならない。

俺も男だし、良い女と番になりたいってのはよくわかる。ナゾペンギンもきっとそうなのだろう。そう考えたらあのはしゃぎようも納得できた。


「良い女に選んでもらえよな」


俺はナゾペンギンたちに小声でエールだけ贈ってコロニーへ帰った。




夏の盛りに入りかけたある日、調子の悪そうな顔をしたダチが俺の所に来た。


「腹痛ぇ」


ダチの事だからどうせ変な物でも食ったんだろう。


「毒でも食ったか?吐いちまえばいいと思うぜ」

「吐こうとしたんだけどさ、なんか喉に引っかかる感じがして上手く出てこねえんだよ……」


ダチが口を大きく開けて吐こうとしたので俺は慌てて離れた。


「おまっ!吐くなら向こうでやってくれよ!」


ダチの背中をせっついて向こうに行かせると、ダチはフラフラと歩いていってやがて障害物にぶつかって止まった。

俺はその”障害物”を見て血の気が引いた。やばいと思った時にはもう遅い。


「うおげぇぇぇっ」


あろうことかダチはナゾペンギンの足元で盛大にリバースした。


「*****!?」


ナゾペンギンはビビって飛び退き、自分の足を確認して顔をゆがめていた。それとは対照に吐いて楽になったらしいダチはスッキリした顔で立っている。

いくら危険は無いといわれているナゾペンギンでもゲロをかけられたらさすがに怒るんじゃないかと俺は恐怖した。

しかし、ナゾペンギンは威嚇も攻撃もしてこずにゲロをあさり始めた。


「!!??」


驚きすぎたあまりに俺の恐怖はすっ飛んでしまった。


「*****。*******」


ナゾペンギンはゲロの中から変なクラゲを摘まみ上げ、それとダチを交互に見た後にダチに話しかけていた。


「あー、スッキリした!やっぱ吐くのが一番だな!」

「*****、***。*****」

「ぶっかけちまって悪かったな!次からは気を付けるわ~」

「********!」


ダチはナゾペンギンと会話している雰囲気だが、たぶん成立していない。

成立していないはずなのに何故かダチは納得したようで、フリッパーを振って俺の方に戻ってきた。


「許されたのかよお前………すげえな」


ダチのコミュ力の成せる業なのか、はたまたナゾペンギンの寛容力が桁外れなのか。どちらにせよ俺は信じられないものを見せつけられてただただ唖然としていた。




夏も盛りの暑い日に、俺とダチは海へ潜る列の順番待ちをしていた。


「まだかよ…さっきから全然進んでないぜ………」


すぐ隣のダチが垂れ流す文句が暑さを増加させていて鬱陶しい。

列の先頭は少し先に見えるが動く気配がまるでない。たぶん一番最初に誰が飛び込むかで揉めているのだろう。

空腹でイラつき始めたダチが暑苦しくなってきたので俺は提案した。


「なあ、進まねぇなら俺らで背中押してやらねぇ?」


ダチはいかにも悪そうにニヤリと笑った。俺たちは互いに目配りして構える。


「せーのっ!」


どんっ


思いっきり前のペンギンの背中を押した。


「うわっ!?」

「ちょっとちょっと!」

「押すなってば!」

「落ちる落ちるっ!!」


俺たちが押しが波のように前へと伝わっていき、先頭集団を強引に動かす。

そして押し出された最前列の一羽が足を滑らせて海に落ちたらしい。どぼんという音の後に何羽かが呼びかけている声が聞こえた。

やや経ってから落ちた返事が返ってきた。どうやら大丈夫らしい。


「行くぞ行くぞー!」


やっと列が動き出した。仲間たちが次々に海へ飛び込んでいく。


「まったく、手間かけさせんなよな」


ダチがやれやれといった風に言って列に続いて歩きだし、俺もそれに続く。


「去年のお前らを見とるようじゃの」


知り合いのジジィが笑っていたが、俺は全力でスルーした。




夏の盛りが終わりかけたある日のこと、俺は海でたらふく食った後、氷の上で一休みしていた。

今日は多くの仲間が海に潜っていて、ダチもその中に混ざっている。

のんびりダチを待っていると、突然仲間の叫び声が飛んできた。


「シャチだ!!シャチが来たぞ!!!」


瞬時に空気が凍り付いた。緊張が走り、全員が声がした方を見る。その先には波間に見え隠れしながら三角の背びれがこっちに向かって来る様子がはっきりと見えた。


「逃げろ逃げろぉーー!!」

「海から上がれ!陸でも氷でもどこでもいい!!今すぐ海から離れろ!!」


仲間たちが一斉に海から上がってくる。俺はダチを探した。

ダチは他のペンギンと一緒に氷の上に上がっていた。俺はダチの無事を確認できてホッと息をつき、また海の方を向いてシャチの姿を探した。

シャチはだいぶ近くまで来ていた。海面を走る背びれがよく見える。


ばしゃん


背びれより少し前の海面から一羽のペンギンが飛び出した。まだ若い、俺よりも年下のペンギンだった。

明らかにシャチに追われていた。死に物狂いで泳いでシャチから逃げようとしている。

陸まではまだ距離がある。シャチとの距離がどんどん短くなってきた。このままじゃ食われるぞ!逃げろ逃げろ!!俺は心の中で叫んだ。


ざぶん


シャチの背びれが海中へと消えた。あのペンギンが陸へ戻ってくることはなかった。




夏も終わりに近づいたその日、朝からナゾペンギンたちがせわしなく動いていた。巣から荷物を出して氷食いの背中に運び込んでいる。


「氷食いが起きたらしいぞ」

「今日あたり動きそうだ」


傍にいた仲間たちが話している。俺はダチと一緒に氷食いのところまで行ってみることにした。


氷食いの近くまでくると、たくさんのナゾペンギンたちが集まっていた。


「*******、******」

「**********」

「**、*********」


ナゾペンギンたちの鳴き声がそこかしこから聞こえてきた。何羽ものナゾペンギンが何かを抱えて氷食いの背中に登っては、手ぶらで降りてくるのを繰り返している。

しばらく眺めていると、ナゾペンギンの集団が氷食いの方に歩いてきた。

集団は氷食いの横で止まると何やらワイワイと話し始めた。フリッパーで肩を叩いている者や、抱き合っている者もいる。ひとしきりそうした後、何羽かが氷食いの背中に乗り込んでいった。


ぐおーん


氷食いが大声で鳴いた。俺たちは慌てて距離を取る。

更に何羽かのナゾペンギンが走ってきて氷食いに乗り込んだ後、氷食いはゆっくりと動き出した。


ぐおーん


氷食いがまた大声で鳴いた。氷の上に残ったナゾペンギンたちがフリッパーを高く掲げて振っている。それに応えるように、氷食いの背中にいるナゾペンギンたちもフリッパーを振っていた。


メキメキメキ……ドオンッ!!


氷食いは徐々にスピードを上げて南極から離れていく。俺は氷食いがオキアミくらい小さくなるまでその場から動かずに背中を見送った。


「行っちゃったね、氷食い」

「もっと見たかったのに」

「また来るかな?」


ふと気づくと、今年生まれのチビたちがすぐ近くで話していた。


「次の夏にまた来るよ」


俺はチビたちに言った。それを聞いたチビたちの目がキラキラと輝きだす。


「氷食いはいつも夏が始まったばかりの頃にここへ来るんだ。何年も前からずっとそうだってジジィが言ってたよ」


昔聴いた話を教えてやると、チビたちは嬉しそうに跳ねまわった。


「ほんとうに!?」

「また見れるの!?」

「ただし、お前らが生きていたら、だけどな」


俺の一言を聞いて、はしゃぐチビたちの動きが止まった。


「氷食いは次の夏にまた来る。でもな、それ見たかったら次の夏まで生きてなきゃいけない。死んだらそこで終わりだ。次の夏は来ない」


チビたちが息を飲んだのがわかった。俺は構わず続ける。


「俺たちはいつ死ぬかわからない中で生きてる。海には俺たちを襲って食う連中がごろごろいるんだ。気ぃ抜くと、死ぬぞ?」


ぎろりと目を見開いて脅すと、チビたちは震えあがった。こいつらが初めて海に潜るのはもうほんのすぐだ。まだ幼い初心者でも、海は容赦してくれない。

だから海へ潜る前に決めなきゃならない。死ぬ覚悟と、何が何でも生きる覚悟を。そうして飛び込んだ先にしか”次”は存在しない。


「氷食いをまた見たいんなら生きろ。生きて冬を越して夏を迎えろ。お前らにそれができるか?」


俺はチビたちに問う。だがこれは俺自身への問いでもある。いつ死ぬかわからないのは俺も同じなのだから。


「できるよ!!」


チビの一羽が勢いよく答えた。そいつはキッと俺を睨むような真っすぐで真剣な目をしていた。


「ボクもできる!!」


もう一羽もそいつの姿をみて心が決まったのか、はっきりと答えた。


「いい度胸してるじゃねぇか。断言したんだからな、ちゃんと生きろよ」


俺はチビたちに釘を刺す。中途半端な決意じゃ意味がない。


「ここの冬は長くて厳しいからなぁ~、お前たちに越せるかなぁ~?」


わざとらしくからかってやると、チビたちはぷんすか怒って、できるもん!とピーピー騒ぎだした。


「あーわかったわかった!じゃあがんばれよ!!死ぬなよ!」


ちょっとうるさすぎたので適当にあしらって俺はその場から離れた。チビたちはぱたぱたとまだまだ幼さの残る足取りでコロニーの方へ歩いていった。

その背中を見送って、空を見る。太陽はまだ高い。俺は少し離れたところにいるダチに声をかけた。


「おーい、メシ食いにいこうぜ!」


【補足】

氷食い:砕氷船のこと。砕氷船が進む様子がペンギン目線だと「氷を噛み砕いて進むクジラ」に見えるのでは、と思って命名。

ナゾペンギン:南極にやってきた人間のこと。

ナゾペンギンが持ち帰ってきた石:隕石。南極では多くの隕石が発見されています。

変なクラゲ:ビニールの切れ端。海を漂っていたものを食べてしまったのか、南極観測隊がうっかり落としたものを拾い食いしたのかは定かではない。

海に落ちた先頭の一羽:いわゆる「ファーストペンギン」です。

※この物語はフィクションです。:この物語は、アデリーペンギンの生態や南極観測隊を元に作られていますが、ペンギン同士のやり取りなど、多少のファンタジー要素を含みます。

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