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その七

 教室に到着したと同時に、私は自分の席に荷物を置き、自分の席に着く彼の元に向かった。傍から見る限り、何となく彼は疲れているように見えた。真嶋さんと話す様子も、どことなく元気がない。


「真嶋さんおはようございます!」


 少し気になった私だったが、いつもどおりに振舞うことにする。まず真嶋さんに謝らなければいけない。


「おはよ。岩崎さん元気になったみたいだね」

「はい。昨日はすみませんでした。携帯を忘れて外出してしまって。大変心配かけました」

「岩崎さんが元気でよかったよ。それで、どこに行っていたの?」


 当然の質問だ。だけど、聞いてほしくない質問でもある。案の定、彼は知らん顔をしている。彼は言いにくいかもしれないが、私ははっきりと言うことが出来る。


「はい、治療を受けていました」

「ああ、病院かあ」


 病院ではないが、私は嘘はついていない。間違いなく治療を受けていたのだ。考えてみれば、私はまだ感謝を伝えていなかったような気がする。しかし、表立って言うことはできない。周りの目というものもあるし、何しろ昨日のことは夢になってしまっているのだ。なので、私はこんな方法で感謝を伝えることにする。


「いいところでした。かなり手厚く看病していただきました。とてもいい気分で過ごせました。私がどんなわがままな要求をしても、ちゃんと応えてくれました。本当に感謝しています」

「へえ。そんなところあるんだ?場所はどこ?」

「近いですよ。真嶋さんも病気になったら行ってみて下さい。真嶋さんもきっと気分よく病気を治せると思います。ただし、そのときは私も同行させていただきますが」


 ここまで言っても、きっと真嶋さんは行かないだろう。私は、真嶋さんが行かないこと前提で話をしているのだ。本当に言ってしまったら、本当に同行させてもらうつもりだ。しかし、当の真嶋さんは理解できない、といった感じで首をかしげている。


 そこで、今まで黙って聞いていた彼が話に入ってきた。


「俺がそこに行ったらどうなるんだ?」


 どうやら私の意図に気付いてくれたようだ。感謝の気持ちまで気付いてくれているだろうか。いや、彼のことだから気付いていないだろう。


「成瀬さんが行ってもこれといった利点はありません。別のところに行くことをお勧めします」


 私は上がってしまう口角を、無理矢理修正しながら話す。やれやれといった感じの反応をする彼も、楽しそうに苦笑してくれた。


「そこってどういうところなの?人によって対応が違うわけ?」

「そうです。人によります。でも真嶋さんなら大丈夫ですよ」


 少し不安そうな顔をする真嶋さん。やはり彼女はまともな感性を持った人だった。きっと行くことはないだろう。それから先生が教室にやってくるまで、彼女は私の体調を気遣ってくれた。その病院には二度と行かないほうがいいと、遠まわしに言っているようで、騙してしまった罪悪感と、彼と秘密を共有している嬉しさが、私の中で複雑に絡み合っていた。


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