自称天才料理研究家と辛子蓮根
※辛子蓮根を知らない方への事前説明
熊本県の郷土料理です。蓮根の穴に辛子を詰めて黄色い衣で揚げたもので輪切りにして食べます。350年ほど前に、蓮根を好き嫌いした殿様になんとか食わせようとして開発された料理。輪切り断面が家紋の九曜紋に似てるとかいいつつ言いくるめて食わせた模様。無駄に辛い。
それは唐突に起きた。
料理番組「茨城んめえどや」の収録中。
天才料理研究家の異名を持つ俺が、スタジオのキッチンで包丁の刃を蓮根にいれたその時。
足元の床が抜ける浮遊感。
暗転する視界。
⸺こんな泥の中で育った不浄な物食えるか!何が九曜紋じゃ!
怒りをはらむ声、いや思念とともに光が満ちた。
同時に、背中を強かに打つ。
痛みを堪えて見渡せば、そこは畳敷きの広間だった。開け放たれた障子越しに古風な日本庭園が広がる。周りには着物姿のちょん髷頭の男たちが、顔面蒼白で俺をみつめていた。
上座には、豪奢な服装を着た顔色が悪そうな男が一人。
「ぽっとなんえしれんこつっ!?」
「うったまがあ!ひょうなか!」
ちょん髷たちが口々に叫んでいるが、言葉が理解できない。
なるほど、ここが異世界か。
ふと横を見れば、黒塗りの膳の上に蓮根の輪切りが乗っていた。蓮根の穴に黄色い物をつめてあり、甘そうな色合いだ。
こんな状況にも関わらず、料理人としての血が騒いだ。反射的に掴んで口にいれる。
「辛っ!?何だこれっ」
想像と全く違う味に吐き出す。
「ああ、上どんばがほんなか、栄養のある蓮根ば■■■」
傍らにいた調理人っぽい格好のちょん髷が泣きそうな顔で何か言った。
謎語だったが把握した。上座の男が蓮根を食わず嫌いしてるのだろう。
「だからって穴に辛子つめるなああ!!」
俺の気迫に、ちょん髷調理人が震えあがる。
「茨城県民の本気(※)を見せてやるっ!」
狼狽える調理人に包丁(蓮根付き)を突きつけ調理場に案内させた。
「なんで原型留めたまま出してんだよおおっ」
蓮根をすりおろし、しんじょにして上品な汁物に仕立てた。
「細かく刻んで適当に何かに混ぜるとか、あるだろおおっ!」
蓮根をみじん切りにして鳥つくねに混ぜたもので茹で卵をくるみ、スコッチエッグ風の照り焼きにした。
「これなら食えるだろっ!」
だんっと出した料理から香る芳しい香り。
偉そうな男がふらふらと近づき、側近が止めるのもきかず箸を伸ばす。
「■■■!」
「だっろお!?」
俺は上機嫌で近くの皿の薄切りにされた辛子蓮根を一欠片摘み、口に放りこんだ。
「こんな黄色蓮根より旨いに決まって⸺」
気づけば俺は元の収録スタジオにいた。
「夢……?」
思わず瞬きした俺は、鼻の奥に抜けるツンとした辛子の風味を確かに感じた。
「夢、じゃない?」
辛いとわかっていれば、そこまで悪くなかったな、と思いつつ口に残る蓮根のシャキシャキ感を噛み締めた。
※茨城は蓮根の生産量日本一で国内シェア50%を占めます
先日、知り合いの栃木県民から、熊本土産として辛子蓮根をいただきました。昔は辛くてたべられませんでしたが、今食べてみると意外といける。これが年の功というやつか。などと思いつつ、辛子蓮根をリスペクトしながらこの話を書きました。
チーズとマヨとじゃこをかけてピザ風にすると、ビールによく合います。食べてしばらくすると身体がほかほかしますね。
ところで、古代熊本弁がわからなすぎて適当にルビを振るにとどまらず、最後の方は挫折して■にしてしまいました。もし、古代熊本弁に詳しい方いらっしゃいましたら、教えてください。(そんな人、いるんだろうか)