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三題噺もどき

プールの底

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくなな。

 お題:夕方のプール・堕ちる・罪




 ほんの数刻前まで青かった空が、ゆっくりと赤く、黒く染まっていく。

 今の時期、日が長い分、夕方と言われてもピンとこない事が多々ある。

 そうして気づかぬ内に、暗くなってしまう。

 今はその境目くらい。

「……、」

 そして、目の前には金網で作られた門が立っている。

 その奥には、プール。

 カシャンーと、その網に手をかけ、どう乗り越えたものかと逡巡する。

 このプールの所有者は学校で、そこの生徒である私は、こうして夕方のプールへと侵入しているのだ。

 ―何がこうしてかは、私も知らない。言葉の綾だ。

 理由はあるにはあるが、それで侵入していいところではない。

「ふぅっ、」

 誰かが居ればバレるのではないかという程の音を立てながら、ガシャガシャと一番上にまで登る。

 一旦休憩。

 こんな疲れるなら止めておけばよかったな。

 今からでも諦めるか―いや、せっかくここまで来たんだし。

 何がせっかくなのかまったくもって分からないが、来たし行くしかないから、行こう。

「っしょ、」

 落ちないよう、バランスを取りながら、プール側、内側へと体をよこす。

 そこからは案外簡単に降りることができた。

 というか、ほぼ落下だった。

 よく言えば、飛び降りた。

「っつ――、」

 おかげさまで、足がしびれた。

 このちょっと高い所からジャンプしたときに足全体にしびれが走る現象。

 これホントに嫌いだからやめてほしい。

 なんとかそのしびれから解放され、さてと、周囲を見回す。

 人影はなし、私以外の何かの気配もなし。

 日は本格的に暮れ始めて、血のような赤に染まり始めていた。

 まだ青白い月が姿を見せている。

「……、」

 念のため、靴と靴下を脱ぎ棄て、裸足になる。

 念の為というか、気分の問題ではあるのだが。

 ヒンヤリとした地面が、とても心地いい。

 夕方とはいえ、まだ暑さの残るこの季節。

 授業中は日が照っていて、鉄板のように熱かったのが噓のようで、ほんの少し驚いた。

「ギャップ萌え、的な…?」

 そんな訳も分からないことを呟きながら、ペタペタとプールの淵の方へと向かう。

 靴はもちろん手にもって。

 置いていこうかとも考えたが、それで誰かにバレてはめんどくさいということに気づき、持ってきた。

 我が校のプールは一般的な25メートルプール。

 昼間はあんなにきれいな水色だったのに、今は藍色。

 底のほうが全く見えない。

「ん、」

 そもそもここで、私がなぜこんなことをしているのか。

 ただの好奇心、遊び心、根っこにあるのは多分そんなところ。

 その栄養は、小耳に挟んだ噂話と、心のどこかにこびり付く罪の意識。

「―人魚、ね、」

 噂話はこういうもの。

 つまりある特定の時間に、ある条件を持った人間がこのプールに入ると、ここに住まうと言われる人魚にどこかあちらの世界に連れていかれるというもの。

 その時間がちょうど今ぐらいの時間であり、その条件にたまたまぴったりとあてはまったのが私。

 ちなみに条件というのは、何かを抱えたもの、何かに憑かれたもの―疲れたもの、心に巣食う何かを忘れられないもの―確かそんなとこ。

「……、」

 面白いほどに今の私にピッタリで、その場で笑ってしまうところだった。

 そんな子供だましで、そんなことで、私のこれが消えるのなら―私という存在を消してくれるのなら―なんとありがたいことか。

 あの日から、あの時から、身動きが取れなくなった私を自由にしてくれるそうだ。

「……、」

 ―バカバカしいにもほどがある。

 本気で悩んでいる人間をからかって楽しいかと怒鳴り散らしたくなる。

「でも、」

 それでも、私がここに来たのは、来てしまったのは多分、助けてほしかったから。

 神様に祈ったところで、誰に許しを乞うたところで、この罪は消えない。

 来る日も来る日も、頭の中を駆け巡るあのことが、私を許してはくれない。

 それなら、人魚でも何でもいい。

 私を解放してくれ。

 これを、一生抱えて生きていく気は私にはミリともない。

 そんなことしないといけないなら、死んでやる。

 それでも死ねない。

 死にたくない。

 ―ではなくて、死ぬことができない。

 その手段を私は残念ながら持ち得ないし、持っていたとしても自らというのは出来ない。

「、だから」

 だからこうして、噂を頼って身を投げに来た。

 どこかに連れて行ってくれるなら、存在を消してくれるも同義だろう。

 今のこの世で死んで、身体が残るよりはマシではないか。

 あの有名な人魚姫のおとぎ話のように、最後は泡になって消えることができれば最高じゃないか。

「……、」

 まぁ、そんなグダグダ考えている暇があるのなら、さっさとことを済ましてしまおう。

 もう、この世に未練などないのだから。

 私はもう落ちるところまで堕ちている。

 いや、むしろ堕とした方か。

 あの人を落としてしまった私も、堕ちなくては。

 落ちて、堕ちて、オチテ、おちて、挙句の果てに泡になって、消えてしまえばいい。

 あぁ、それがいい、

 とても素敵だ。

「……、」

 覗き込むと、そこは深く、暗く、普段なら見えるはずの底が見えない。

 深海魚とかでも住んでいるんじゃないかと思うくらい。

「…住んでるのは人魚か、」

 さぁ、あとは飛び込むだけ。

 そうすればどうにかしてくれる。

 靴は―せっかくだし持っていこう。

 そしたら一緒に消えてくれるかもしれないし。

 右足を、一歩踏み出し―空気を踏む。


「ばいばい」


 誰にも届くことのない声が、なぜか酷く響いた気がした。

 最後に見えた景色には、美しい何かが煌いていた。


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