初めての戦闘!?
異世界最初の出会い人はなんと魔王だった。
魔王は討たれたと聞かされたミノルとサプライズの成功を喜ぶイナ。
そして仲間になるなった魔王のクローシェ。
神と魔王と転生者という何とも奇妙な三人の旅が始まる。
クローシェちゃんと歩き続けて1時間くらいたっただろうか。
「ミノルさん、あそこに見えるのが目的の町、「ルーリ」の町ですわ。」
クローシェちゃんが指を指した方向に目を向ける。
すると遠くに町らしき複数の建物とそれを囲う壁が見えた。
あれがルーリという町らしい。
ルーリという町の主な収入は農業らしい。
月に何度か隣町の商人が買い付けにきて、小麦や果物といった農作物やパンやお酒等を売っているとの事だ。
その他にも旅の行商人や、山を超えた遠くの町の商会とも取引しているらしく、この町に住む人々の生活は安定していて、治安も良いらしい。
また、人の行き来もそれなりにある事から東の果てと言われているにも関わらず情報も集まるとの事。
何も知らない俺にはうってつけの町との事だった。
「あそこは宿とかあるんですか?」
「ありますよ。 商人の人たちが使う宿と、冒険者の人たちが使う宿があるそうです。 商人の人たちが使う宿は少し高いそうですが。」
「俺、お金持ってないんです。 どうしましょう。」
俺は勿論、財布なんて持っていない。
まあ、持っていたとしても日本円は使えないだろうし、カードも使えないだろうから持ってきたところで意味は無さそうだが。
「そんな時こそ戦闘じゃ!」
俺が懐事情に不安を感じた瞬間、イナの元気な声が響いた。
「戦闘? ・・・誰が?」
なんとなくは分かってはいたのだが、念の為確認する。
「誰って、決まっておろう! お主じゃ!!」
そんな俺の微かな希望はイナの喜々とした一言でもろくも砕け散った。
「ああ・・・やっぱり。 俺、喧嘩すらまともに出来ないんだが。」
「大丈夫じゃ! お主ならこの辺の魔物なぞ楽勝も楽勝じゃ!」
「いや、そんな訳ないだろう。」
「そんな訳あるのじゃ! さっそく探すぞい。」
俺の不安などお構いなく、イナが索敵を始めた。
イナの索敵状況は逐一俺の頭の中に伝わってくるようで、周囲に複数の魔物の群れが存在していることが分かった。
「なあ・・・まさかとは思うが・・・・・・これに突っ込むのか?」
「うむ! 腕がなるのう!!」
イナはそう言うと明るく「さあ、行くのじゃ!」と命令した。
それを聞いていたクローシェちゃんは「まあ」と笑い出し、俺はしぶしぶと歩き出した。
道から外れて、繁みの中を進むとイノシシのような間中の群れが居た。
遠く離れたここからでも分かるくらい大きい体をしていた。
大きさ的には観光バスくらいだろうか。
目が4つあり、牙らしきものも4本見える。
しかも凄く鋭く太い・・・あれで突かれたら穴があく所じゃないぞ。
うん・・・とてもじゃないが、素手で勝てる相手じゃない。
「無理、他に行こう。」
俺は即決で踵を返そうとしたが、他の2人に止められた。
「何を言う! あんなものは楽勝なのじゃ! さっさと行くが良い。」
「ミノルさん、大丈夫ですよ。 あれくらいでしたら怪我もしないと思いますし、頑張りましょう!」
・・・どういう神経してたらアレを楽勝と言うのか。
クローシェちゃんも怪我しないとか言ってるあたり、常識人っぽいけど魔王なんだなと思う。
「いやいや、アレは無理でしょ。 見てよあの大きさ! あんなのに突っ込まれたら確実に死ぬでしょ!」
自分の命が惜しい俺は二人に必死に訴えかける。
「バカを言うでない! あれくらいで死ぬものか。 お主はビビリじゃな。」
「心配しなくても大丈夫ですよ。 普通の人間なら即死でしょうけど、ミノルさんなら問題ありません。」
・・・もう、嫌。
そんな俺たちの騒ぎに気づいたのか、群れの中の一頭がこちらを向いた。
「ーーーーーーー!!!!!!」
気づいた魔獣が咆哮をあげる。
それに気づいた他の魔獣達が合せて咆哮をあげ、こちらに体を向けた。
「ーーーー!!」
「ーーーーーーーーーーー!!!!」
「ーーーーーーーー!!!!」
「ーーー!!!」
次々と咆哮をあげる魔獣。
あっちはすっかり戦闘モードのようだし、恐らく走っても逃げ切れないだろう。
こうなったら戦うしかない。
「おお! やつらはやる気満々じゃぞ、ミノル。」
「分かってるよ! なんでこんな事に・・・死んだら恨むからな!」
「良いじゃろう。 その時は存分に恨むが良い!」
俺はとりあえず目の前の開けた場所に飛び出した。
さっきの場所だと木々が邪魔で視界が悪いし、あの巨体じゃ木なんて吹き飛ばして障害物にもならなそうだと思ったからだ。
「!!!!!!!!!」
俺が広場に出ると最初に咆哮をあげた魔獣が突っ込んできた。
俺は直ぐに横に”飛んだ”。
そう、まさに飛んだのだ。
「え!?」
俺は今自分のやった事が理解出来なかった。
俺が居たであろう場所から20メートルは移動したであろうか。
その距離を”1回の横跳び”だけで行ったのだ。
「・・・どういうこと?」
俺がこの状況に混乱していると魔獣が向きを変え、再度俺に突っ込んできた。
「いいっ!?」
今度は咄嗟に上に”飛んだ”。
俺の遥か下を魔獣が通り過ぎていく。
周りをみるとルーリの町や遠くの山々、どこまでも続く森に俺が異世界転生した花の咲いている野原まで見える。
あんな高さまでジャンプして着地したというのに足は痛みどころか痺れもない。
「・・・どうじゃ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべそうな声でイナが尋ねる。
「これ、人間の身体能力じゃないよね!?」
「うむ、お主は神になったのじゃからな! まあ、まだ神と言っても赤ん坊のようなものじゃがな。」
これで赤ん坊。
俺は眩暈がしそうになった。
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
おちょくられたと思ったのか、魔獣がひと際大きく吠えて先程よりも勢いを増して突っ込んできた。
気づくのに遅れた俺は今度は避けられそうにないと直感した。
ほぼ反射で俺は手で顔を守るように庇い突進に備えた。
その直後、激しい地響きと共に土煙が舞い、爆風が巻き起こった。
・・・痛くない。
待てども待てども体のどこにも痛みは現れなかった。
もしかして、もう死んでしまったのかという心配が頭に浮かんだ。
そう思った直後、目の前から激しい呼吸音が聞こえた。
生温かく、獣臭い強風に何だろうと目を開ける。
目を開けた俺の目の前にあったのは先程の魔獣の鼻だった。
「ええっ!?」
目の前の魔獣は鼻息も荒く唸っている。
どうやら俺を付き飛ばそうとしているみたいだ。
だが、俺の身体はビクともしない。
痛みもなければ、特に力も入れていない。
俺が感じるのはこの獣臭い鼻息だけだった。
「どうじゃ、本当に問題なかったであろう!」
頭の中にイナの声が響く。
「え・・・あ、うん・・・・・・そう、だな。」
俺はそう答えるのがやっとだった。
未だに頭の整理が付かない。
観光バス程の大きさのイノシシの魔獣が思いっきり突っ込んできて怪我をしていないどころか俺を吹き飛ばせないでいる。
しかも俺は殆ど力を入れている感じはしないが、相手は必死に地面を蹴っており、足元がどんどん抉れて行く。
ああ、本当に人間じゃなくなったんだな~、と呑気に考えているところに後ろから咆哮が聞こえた。
どうやら他の魔獣が俺に向かってきているらしい。
どうしようと思っていると俺にイナは焦る様子もなく話しかけてきた。
「おい、どうするのじゃ。 そろそろ町に行きたいのじゃが。」
「どうするって・・・どうすれば良いんだ!?」
「何を焦っておる? さっさと全部纏めて倒してしまえば良かろう。 まずは目の前の魔獣を倒してしまえば良い。」
「倒すって言ったって・・・」
この観光バスを?
「まずは軽くパンチじゃ!」
イナが楽し気に言う。
「他人事だと思って・・・」
こっちの身にもなってほしいが、とにかく挟撃されたら終わりだと思い、言われた通りに拳を繰り出した。
ただし、軽くではなく思いっきり。
その瞬間・・・
「!?!??!?!??????」
魔獣は悲鳴にもならない声を上げ、木々をなぎ倒し、300メール以上吹き飛んで動かなくなった。
あたりが静まり返る。
俺は何が起こったのか分からないまま呆然としていた。
「だぁーっ! 軽くと言ったでは無いか! 全力で殴るヤツがおるか、馬鹿ものめ!」
イナの声で我に返る。
「いや、だっておかしいだろう! なんなんだこれ! あいつ、吹っ飛んだぞ!?」
「当り前じゃ! お主が全力で殴ればこうもなるわい! ・・・まあ、まだお主のレベルが低いからこの程度で済んでいるのじゃが。」
おいおいおい! これで俺のレベルが高かったらどうなるんだ!?
「まあ、やってしまったものは仕方ない。 次からは手加減するのじゃぞ。 ほれ、さっさと後ろの魔獣達を仕留めるのじゃ。」
呆れたような声でイナが指示をだす。
俺が振り返るとさっきまで闘争心剥き出しの魔獣達がビクッとなった。
「ほれ、さっさと逃げる前に仕留めよ。 ワシは早く町に行きたいのじゃ。」
俺はイナに言われた通りに魔獣にとびかかった。
俺は一息で距離を詰め、手前にいた魔獣に軽くチョップ。
1体目は地面にめり込んだ。
次に2体目。
体の下に潜り、拳を振り上げた。
巨体が上空へ吹き飛び落ちてきて二度と動かなくなった。
3体目は軽く回し蹴りをすると先程よりは距離は無かったが、40メートルくらい吹き飛んだ。
4対目は逃げようと体の向きを変えたので上に飛び乗り拳を下ろした。
4対目も地面にめり込んだ。
5対目は既に逃げ始めて姿が消えかけて居たので手近にあった石を投げた。
石は目にも止まらぬ早さで飛んで行って、魔獣の体を貫通していった。
こうしておれは無事に5体の魔獣を討伐したのだった。
「うむ! 初めてにしては中々良かったぞ! これからも精進するのじゃな!」
「・・・・・・はい。」
俺はそう答えるのが精一杯だった。
「ミノルさーん!イナちゃーーん!!」
遠くからクローシェちゃんの声が聞こえる。
「おー! ここじゃ!」
クローシェちゃんにイナが返事をする。
クローシェちゃんは目の前までくると笑顔で労ってくれた。
「お疲れ様でした、ミノルさん! どうでした、初めての戦闘は。」
まぶしい笑顔を向けてくれるクローシェちゃんとは対照的に苦笑する俺。
「いや・・・なんか、本当に良く分からなかったです。」
「あらあら。 でもまあ、最初はそんなものです! これから頑張りましょう!」
幾分か励まされて元気になった俺にクローシェちゃんが微笑む。
「お主はどうじゃったのじゃ、クローシェ?」
イナがクローシェちゃんに尋ねる。
ん? 調子?
「はい、私も少しですけど頑張りました!」
そういうと何も無い空間に魔法陣と思われる模様が現れると穴が空き、その直後ドサドサと先程の魔獣達が落ちてきた。
その数13。
「うむ、流石はクローシェじゃな。 手際が良い。」
「いえいえ、最近は手加減を覚えたので地形を変えなくて済むので嬉しいです。」
「ほう!それは素晴らしい! これからも頼りにしておるぞ。」
「はい! こちらも頼りにしますね、イナちゃん! あとミノルさんも!」
もう驚くのも疲れた俺は苦笑するしかなかった。
こうして俺の初めての戦闘は幕を閉じた。
俺とクローシェちゃんで狩った魔獣は、魔法の収納庫に全て収めて貰った。
便利だなと呟いた俺に対し、「もう解析は終わっておるからお主も使えるぞ」とイナが教えてくれた。
・・・そんなのアリ?
色々な事を思いながら俺たちは今度こそルーリの町へ向けて出発した。