世界の成り立ちと神の名前
少女に怒鳴られ慌てて起きた稔。
自宅で眠っていたはずが、そこは真っ暗な空間。
そこで少女は世界の成り立ちと現状を説明する。
どうやら彼女は異世界を生み出した創造神らしい。
しかし、既に彼女の力は衰え外の世界へ救いを求めていた。
そんな彼女の事情を知った稔は異世界転生を決意。
彼女と共に世界を救う為、異世界へと飛び込んだ。
最初に気づいたのは頬を撫でる優しい風だった。
その風に乗って心地よい優しい花の香りがする。
瞼には柔らかな光が落ちて、小鳥の鳴き声も聞こえる。
穏やかだ。
こんな穏やかな気持ちになったのは何年ぶりだろう。
日々の仕事の忙しさで日の光の温かさや、花の香りなど忘れてしまっていた。
俺の日常はいつだって蛍光灯のあかりとモニターに並ぶ文字、そして寒い夜の冷たい風だった。
こんな感覚はしばらくぶりだった。
俺はそんな心地よさを感じながら瞼を開けた。
「おお・・・眩しい。」
途端、俺の目には光輝く太陽が入ってきた。
体を起こす。
ここはどこかの野原のようだ。
野原には色とりどりのたくさんの花が咲いている。
「本当に綺麗だな。」
目の前に広がる景色に見とれていると小鳥が膝の上に乗っかってきた。
小鳥は俺を見つめると首を傾げてチュンチュンと鳴いていて愛らしい。
そうして一羽の小鳥と見つめあっていると肩に別の小鳥がとまった。
こちらもチュンチュンと鳴いていて愛らしいのである。
どちらも俺から逃げる様子もなく、まるで歌うように鳴き始めた。
そんな穏やかな気持ちで和んでいいると、ふと頭の中に声が響いた。
「まったく・・・呑気なもんじゃのう。」
それはあの少女の声だ。
「ああ、キミか。」
約束通り、彼女はこちらの世界でサポートをしてくれるようだ。
「小鳥とイチャついているところ申し訳ないのじゃが、この世界の説明をしなくてはの。」
「了解。 よろしく頼む。」
俺は目を閉じ、小鳥に向けていた意識を自分の内側へと向けた。
するとすぐに意識は内側、つまり”俺の中”に入り、おしゃれな椅子とテーブルが現れ、そこに少女は座っていた。
「ほう、もう”内向世界”への干渉ができるようになったのか。 うむ、優秀優秀。」
「内向世界への干渉?」
「そうじゃ、ここは己の内側、内向世界というところでの。 まあ、なんだ、思考の中とでも考えればよい。 ここは意識のなかでのう、時間は外の世界の1/1000で早さなのじゃ。」
「ああ、事故にあって空だが飛ばされたときに、時間がゆっくり流れるっていう話を聞いた事があるが・・・そんな感じか?」
「まあ、似て非なるものじゃが、そんなようなものと今は考えておれば良い。 今はそこは重要ではないでな。 今お主に話さなければならないのはこの世界の誕生と理じゃ。まずはそこから認識してもらわねばならん。」
確かに、俺はこの世界の事を良く知らない。自分の事ながらそんな状態で転生を決めた俺もどうかと思うが。
「分かった、宜しく頼む。」
俺がそういうと少女は誇らしげな笑みを浮かべた。
「うむ、素直なのは良いことじゃ。 では今から説明するからの、良く聞いておくのじゃ。」
少女の話を要約するとこうだ。
この世界は一人の神が作ったのだそうだ。
空も海も山も全て神が作ったものだそうだ。
そして神は命を生み出した。
最初は魚だったり鳥だったり、そのうちに動物を生み出し、最後は人間を生み出した。
生まれたばかりの人間は生きていく事もままならず、神は人間に姿を変え、人間達によりそい生きる術を与えていたのだそうだ。
そうしている内に人間の数は増え、それはやがて集団となり、村が出来た。
その頃には信仰ができ、人々は神に自然に感謝して暮らしていた。
神は人とは関わらず、天からその暮らしを見ていたらしい。
やがて村から離れて暮らす人々が出始め、新しい村ができ、やがて町が、都市が、国家が出来て地上では多くの人間が暮らすようになっていた。
その様子を見て、神は自分の子供が成長していく様子を楽しく眺めていたらしい。
しかし、そうして人が増えていくにつれ、人の欲が強くなっていき、やがて差別や暴力といった負の面が濃くなっていった。
その淀みは時が経つにつれ大きくなっていき、そして魔が生まれた。
神は人間の心を信じて極力干渉しないでいたが、そうこうしている内に魔の存在が生まれてしまったのだ。
魔は人間の欲望や憎悪を増幅させ、人間の心は見にくく歪んでしまい、果ては人間どうしで争いを始めた。
さらに力を増した魔は人を操り、門を繋いで人間界に溢れだしたのだ。
それを見た神は調停役として天使を遣わせたが、強大な力を身に着けた魔とその魔に操られた人間達の手で討たれてしまった。
そこで神は自らの加護を与えるにふさわしい人間を選び、自身の力の一部を加護として与えた英雄と呼ばれる存在を作り、魔の侵攻を退けた。
その後、魔の王、つまり魔王と話し合い、不可侵の取り決めを行った。
取り決め内容はこうだ。
1 魔及び神とそれに連なるものは人間界への直接干渉を禁ず
2 魔及び神とそれに連なるものはお互いの世界への干渉を禁ず
3 1もしくは2の禁を破った場合、戒律に基づき眷属も含めて全ての力を失う
このような取り決めが結ばれたらしい。
基本的には人間への干渉は禁止とし、お互いの世界に対しても不可侵の約束を交わしたようだ。
そしてこの約束が違えないよう、”戒律”という権能を代償とする契約を結んだらしい。
詳しい事は分からないが、神や魔王といえどこの契約には逆らえないらしく、違えた場合には眷属も含めて本当に全ての力を失うらしい。
これにより、5000年の間、世界の平和は保たれていたようだった。
だが、いかなる契約にも例外があるらしい。
この契約は神と魔王が交わしたもので、お互いが存在している事が前提のようである。
まあ、魔王も神も寿命という概念はなく、永久不滅なのらしいが。
そんな中、魔王が反乱によって命を落としたらしい。
本来は不死であった魔王だったが、どうやら魔族による大儀式により存在そのものを書き換えられてしまい、不死性を失ったそうだ。
そしてこれには神側の天使も噛んでいたらしい。
本来、そのような儀式は魔界には存在せず、全ての創造の神しか知らなかったそうだ。
だが、眷属である天使の一人がその知識を盗み、魔界と結託して魔王を滅ぼす提案をしたのだった。
こうして魔王はとある天使と魔族の反乱により命を落とした。
そしてこの件に噛んでいた天使は神界から魔界へ身を移し、堕天使となったそうだ。
その天使は魔界で魔王に次ぐ力を得て、人間界を支配しようと軍を起した。
それを知った神も軍を編成し、神界にいる6大天使を筆頭とした軍を派遣し、魔族軍と全面戦争となった。
その戦いは苛烈を極め、900年に及んだ。
この戦争は後の世では”破滅の900年”と呼ばれ、人間界にも大きな被害を出したという。
この激しい戦いは神界の勝利をもって終結した。
しかし当時の魔王を討った首謀者の魔族と堕天使は行方をくらまし、神界側の大天使も4人が消滅という大きな犠牲を払った。
そして魔界は新たな魔王を擁立し新生魔王国を立ち上げた。
そうして新たな魔王と神は不可侵条約を締結し、それぞれの国の復興に励んだ。
物語はここで終わり、となればいいのだが落ち延びた魔族と堕天使は機会を狙っていた。
そして新生魔王国の幹部に内通者を作り計画を進めていった。
そして”破滅の900年”から約4万年後の200年前に再び事を起こした。
まずは内通者を使って魔王を暗殺。
新たな魔王は先代と異なり魂が若いため不死性は持っておらず、大儀式は不要だったらしい。
そして魔王が不在となった混乱に乗じて大臣であった伯爵級悪魔たちを買収、逆らうものは一族もろとも虐殺し、新生魔王国を掌握していった。
そして全ての条約を破棄し、人間界を襲い始めた。
人間を襲えば更なる負の感情が手に入り、魔族としての力を増す。
そしてその力を以て、今度こそ神界を滅ぼそうとしていた。
ここまで語ると少女はため息をついた。
「これがこの世界の経緯じゃ。 そしてお主にはワシの代わりに世界を救い導いて欲しいのじゃ。」
俺は思っていた以上の話に理解が追いついていなかった。
「いや、スケールが違いすぎるだろう。 いきなり魔王軍とか大天使とか言われてもな。 そして、その話に出ていた神って・・・もしかしなくてもお前だろう?」
俺の質問にその小さな胸を張り、満面の笑みで答えた。
「うむ! その通りじゃ! ワシこそが全ての創造者たる神なのじゃ!」
「だよな、でもお前消えかけてるんだろう? 先代の魔王と同じく不死性とかなかったのか?」
俺がそう聞くと少女は少しむくれた表情で答えた。
「もちろん持っておったわい! 持っておったのじゃが・・・先の大戦争の最中にワシにも儀式を使われての。 その儀式は魔族を数百単位で消費するもので、対象の存在を消滅させるものじゃったのじゃ。」
その時を思い出したのだろうか、少し悲しい顔をしていた。
「もちろん、ワシを消滅させるなど不可能じゃ。 じゃが、存在のレベルを落とすのには充分じゃった。 ワシは権能の殆どを失い、その権能の中に不死性があったのじゃ。」
俯いた顔には悔しさが滲んでいた。
「天使創造の権能も無くなってしまってのう。 ワシの可愛い娘たちに苦しい思いをさせてしまった。 そしてワシは残された力で今までやってきのじゃ。 じゃが・・・」
そこで少女は言葉を濁した。
「だが、そこまで頑張ってきたのに、また魔界で騒動が起きて戦争になった。 今回も力の限りに頑張ったが戦況は芳しくなく、助けを求めた・・・そんな感じか。」
少女はただこくりと頷く。
「はあぁぁ~・・・・」
俺は大きなため息をついた。
転生すると決めたとき覚悟はしていたつもりだが、甘かったと言わざる負えないだろう。
もちろん、投げ出すつもりはないが、話の大きさに不安しかない。
俺は只のサラリーマンだ、それが世界の存亡をかける戦いをすることになるとは。
だが、やるしかない。
この少女は困っている、そして俺は助けると誓った、ならやることは一つ。
「分かった、改めてこれからよろしく、神サマ。」
そういって俯いている彼女に手を伸ばす。
少女は涙ぐんでいたが強い瞳をこちらに向けハッキリと応えた。
「うむ、よろしく頼むのじゃ!」
俺たちは固く握手をかわすとどちらともなく笑っていた。
そこからはこの世界の事を聞いた。
今俺がいる場所は人間界の東の果てにあるアルフという町の近くだそうだ。
ここは魔族の侵攻も及んでいない平和な土地で風の精霊の加護を受けた土地とのことだ。
また、アルフという町はこの少女が初めに造った人間の興した町との事で、神への信仰心も強く、言い伝えも多く残っているらしい。
そして、俺はこの世界では神として転生したが存在レベルが0らしく、神としての権能は何も持っていないとのこと。
それでも身体能力は通常の人間の非ではないのでくれぐれも目立たないようにとのことだ。
「詳しい事はステータスを確認するのじゃ」
「ステータスが見れるのか?」
「うむ、こう手を動かしてみるが良い。」
言われた通り手を左から右へ動かすと目の前にグラフと表みたいな物が現れた。
なんかゲームみたいだなと思いながらも確認してみた。
なるほど、確かにレベルは0だ。階級は無し。
パラメータは無いがスキル欄があったので見てみると”神域作成”と” ”とあった。
「なあ、スキルの神域作成ってなんだ?」
「ああ、それはそのまま神域を作れるスキルじゃ。 今は無理じゃろうがその内権能を行使したり創造したりすることができる”神の奇跡”を使うことができる領域の事じゃ。」
なんだそれ、結構チートじゃないか?
そして俺はもう一つ気になっていたスキルの事も聞いてみた。
「あと、もう一つスキルがあるみたいなんだが、名前が見えないんだよ。これは何だ?」
「おお、それはワシじゃ。」
「・・・は?」
「ワシじゃ。」
「・・・はい?」
「だ・か・ら! ワシじゃ! ワシの事じゃ!」
どうやら彼女は真面目に言っているらしい。
「神ってスキルだったの?」
俺はいたって真面目に聞いたつもりだったが、彼女は馬鹿にされたと思ったのだろう。
少し頬を赤らめて説明してくれた。
「そんな訳なかろう! お主をサポートする為にお主の力の一部になったのじゃ。 有難く思うのじゃぞ。」
そういうと彼女は今度は恥ずかしそうに顔をそむけた。
おそらく、力も譲渡してなくなり、肉体もない彼女が俺をサポートする為にはこうするしかなかったのだろう。
「なんか・・・申し訳ない」
俺は彼女に無理を言ってしまった気がして謝ってしまった。
そんな俺に困ったような笑顔を浮かべたが、すぐに明るい笑みで提案してきた。
「お主には感謝しておるんじゃがのう。 そうじゃ、そのスキル名はお主に決めてもらおうかの。」
「え?」
「え? では無い。 スキルとしての名前をお主に決めてもらいたいのじゃ。良い名前を頼むぞ。」
「でも、俺・・・が? 神サマの名前を?」
「今のワシは神では無い。 お主のスキルじゃ、頼むぞ。」
ええええ・・・。
神の名前を俺が考えるの?友人のあだ名すら思いつかない俺に?
「えーと・・・」
悩む俺に彼女は機体のまなざしを向ける。
うーん・・・。
「・・・イナ・・・・イナはどうだ?」
「イナ、イナか・・・面白い! ワシは今日からイナじゃな! これからよろしくの。」
良かった、合格らしい。
「よし、では取りえずこれからの事を伝えるぞ。 現実に戻ったら案内人がくるのでその者と町へ行くのじゃ。」
「案内人?」
「うむ、ワシの友人じゃ。 変なことするんじゃないぞ。」
「お・・・おう。」
神様に友人って居るのか?
「じゃ、あちらでの~。」
「お、おう・・・あっちで。」
なんか良くわからないが案内人を待って町に行けばいいのだろう。
とりあえずこの世界はイナの方が詳しいし、案内人が居るのであれば色々助かる。
現実に戻った俺は目を開けた。
そこにはまたもや可愛らしい女の子が居た。
その頭には角が2本生えていたが・・・いや一本は折れているのか半分くらいの長さしかない。
少女が静かに自己紹介を始めた。
「初めまして、神ちゃんの友人で魔王のクローシェと申します。 お迎えに上がりました。」