魔王の力、神の力
いよいよミノルと魔獣が相対します。
魔獣の群れを前にして少し腰が引けているミノルにクローシェがほほ笑む。
そして露払いとして先制攻撃を仕掛けるが・・・
果たしてミノルたちは無事に町を守る事ができるのか!?
数の暴力。
一つ一つは大した事がなくても、圧倒的な物量を前に成すすべなく屈する時がある。
・・・では、もし一つ一つが”大した事だった”ら?
それはもはや暴力を超えた破壊だ。
魔獣一体一体が強力であり、理不尽な暴力なのだ。
それが数十体の群れで襲ってくるのだとしたら・・・
それはもう、災害である。
そんな災害を前にミノル達は立ち塞がった。
町を守るために、人々の命を守る為に。
「いや~、ワクワクするのう!」
「いや、全然。 普通に怖いんですけど。」
「うふふ。 大丈夫ですよ。 ミノル様なら問題ありませんわ。」
迫りくる災害を前に一人の震える男と笑う少女、そして姿なき声の少女達は立っていた。
「グォォオオオオオオオ!!!!!」
そんな彼らの姿に憤りを覚えたのか、魔獣の一体が咆哮を上げる。
それにつられて群れ全体の魔獣が次々に咆哮を上げ、大地が割れんばかりに地面が震える。
「ぅぅ・・・こ奴ら、うるさいのう! 何を怒っているのじゃ。」
「私たちが邪魔なのでしょうか。 それにしても怖いですわ。」
そういうクローシェだが、ミノルからはどこをどう見れば怖がっているのか全く理解出来なかった。
「とりあえず、こいつらはここで止めなくちゃだめだ! 町に行かせる訳にはいかない!!」
「ふむ、その通りじゃ。 よう言ったミノル、誉めてやろうぞ!」
「ふふ。 ミノル様。 素敵ですわ。」
「なんで二人はそんなに余裕なんだよ・・・。 よし、それじゃ行きますか!」
余裕たっぷりの二人を尻目に、ミノルは気合を入れなおした。
剣を握りしめ前に構える。
腰を落として姿勢は低く、獰猛な獣のように。
しかしその目は静かな水面のように落ち着いている。
・・・ように見えて、内心は半分パニックになっていた。
(怖い!凄く怖い!!! なんだよアレ! あんなの倒せるのかよ!!)
努めて冷静を装っていたが、足が震えて上手く動けそうにない。
腰を落として低い体制なのは意図的なのではなく、腰が抜けそうになるのを何とか耐えているだけであり、少しも動じず目が冷静そうに見えるのは単純に恐怖で気を失いそうになっているからなのだ。
でも、そんな恰好を見せるわけにはいかないと虚勢を張っていたのだが・・・イナの前では無駄であった。
イナにはミノルの心理状態など筒抜けなのだ。
「かっはっは!! こやつ、カッコつけてはおるが、相当なビビリじゃの! 可愛いやつめ。」
「そうですの?」
「こやつ、本当は怖くて仕方ないようじゃ。 今にも逃げ出しそうじゃぞ!」
「あら、そんな事ありませんわ。 すごく素敵ですわよ?」
「おぬしの前じゃから恰好つけておるようじゃ、子供のようで可愛いのう。」
「あら、まあ!」
「あああああ! そうだよ、怖いよ!悪いか! 当たり前だろ!? いざ目の前にあんなのが迫ってきてるんだぞ!! 怖くない方がどうかしてる! それに全部バラす事ないだろう!」
「まあ、無理もないがの。 じゃが、前にも言ったように大丈夫じゃ。 お主は強い。 何せ、ワシが見込んだ男じゃからな! はっはっは!!」
そういってまたイナは根拠なく笑い飛ばすのだった。
頭を抱えたミノルにクローシェは笑顔を向ける。
「では、ミノルさん。 先制は私からでも宜しいでしょうか? 露払いの役目を致しましょう。」
「えっ? あ、はい。 お願いします。」
「うふふ。 ありがとうございます。 私、頑張っちゃいます!」
「ほう! クローシェ、ワシが見ておるぞ! 頑張るのじゃ!」
「はい、ありがとうございます。 イナ様。」
クローシェはかわいく胸の前で握り拳を作ると舞うように魔獣たちの方へと振り返り手を挙げた。
「我は求める・・・暗黒の破壊を・・・・・・我は求める・・・絶対の閃光の刃を・・・・・・・」
クローシェが何かを呟き始めると、クローシェの周りにおぞましい程の魔力が渦を巻き始めた。
その渦少しづつ濃くなり、やげてクローシェの姿を隠す程になった。
「我が支配から逃れる術はなく・・・我が意に背く事は出来ぬ。」
クローシェがそう粒着と同時に上げた手の指先に黒い渦が集まり、小さな球体になる。
さっきまでの派手さは無いが、それ以上にあの球体はマズイと本能が告げた。
そして球体が”キーン”と甲高い音を鳴らしながらどんどん小さくなっていく。
「我は命ずる・・・・・・疾く消え去れ!」
クローシェはそういうと上げた手を魔獣達の方に振り下ろす。
「極雷槍!!(スパークランス)」
クローシェがそう叫んだ瞬間、目も眩む閃光が辺りを包み、耳をつんざく轟音が体を震わせる。
ミノルは咄嗟に目を瞑り頭を手でかばう形で防御体制をとった。
大気を震わす衝撃にミノルは飛ばされそうになるが、必死に踏ん張り堪えていると徐々に光が落ち着いてきた。
完全に光が消えて、ミノルが目を開けるとクローシェからまっすぐ延びる焼けた大地が目に入った。
「ほう、中々の威力じゃ。 精進しておるの、クローシェ。」
「はい!ありがとうございます、イナ様」
少女は嬉しそうに振り返ると身体全体で喜びを表現した。
「・・・」
そんな二人を横目に、ミノルは目の前の光景に呆然としていた。
さっきまでそこにあった草原が、今は溶けて赤く光っている岩や黒い煙を上げている土になっている。
その爪痕はクローシェからまっすぐ延びて魔獣達の半分を貫く形でついていた。
驚いていたのは魔獣達も同じようで、先程までの勢いはどこへやら、顔には恐怖すら見て取れる。
それはそうだろう・・・さっきまで居た自分達の半分が消し飛んでいるのだから。
「ほれ、どうしたミノル! 呆けてないでお前も頑張る所じゃぞ!」
イナにそう言われてハッと我に帰る。
今度は自分だとばかりに気合を入れなおす。
「でもなあ・・・」
そうは言ってもまだ”半分”残っている。
俺に何ができるだろうか。
「まずは一頭ずつ仕留めて行けば良い。 ワシもサポートしてやるでの。」
イナに言われて少し悲しくもあったが、今の俺に出来るのはそれが精一杯なのも事実。
俺は自分を奮い立たせ、魔獣の群れに突っ込んだ。
突撃してきた俺に群れの中から二頭が飛び出してきた。
その二頭の内一頭は首を切り落とし、もう一頭は思いっきり背中を殴って地面に沈めた。
剣はその一撃で折れてしまった。
その様子を見ていた他の魔獣が雄たけびをあげる。
恐らく、クローシェちゃんより危険度は低い相手と分かったのだろう。
一気に潰せと言わんばかりに四頭が突進してきた。
一頭目を殴り飛ばし、二頭目を蹴り上げたまでは良かったが、三頭目はよけ切れず突進をもろに食らって吹っ飛んだ。
数十メートルくらい吹き飛ばされたミノルは土煙を上げながら地面に転がった。
普通であれば即死だったであろう一撃だが、ミノルに傷は無かった。
しかし、既に四頭目がミノルに向かって追撃をしてきたのだ。
ミノルがダメかと思ったその時、
「ふむ、お主スキルを覚えたぞ。 早速使ってみてはどうじゃ?」
とイナの呑気な声が聞こえた。
スキルの言葉に慌てて目を閉じ確認する。
するとそこには”神の力”という文字があった。
効果は”10分間一時的に全てのステータスを上昇させる。上昇値は使用者のレベルに応じて変化する”とあった。
ミノルは迷う事は無かった。
「スキル! ”神の力”」
そうミノルが叫んだ瞬間、世界が一変した。
スキル「神の力」は使用者の身体能力だけでなく、”全て”のステータスを上昇させるスキルなのだ。
それには思考力や魔力だけでなく、他のスキルも上昇させる力をもつ。
「神の力」を使ったミノルは常時発動している千里眼もパワーアップし、世界を見通す”千理眼”となっていた。
今や魔獣の一挙手一投足が手に取るように分かる。
しかも、思考もパワーアップした事により、周りがスローモーションのようにも見えるのだ。
ミノルは魔獣の突進を難なく避けると脇腹に拳を打ち込んだ。
魔獣は声にならない悲鳴と共に吹き飛び、遥か彼方の森にある木々をなぎ倒し息絶えた。
「ふむ、レベル4でその程度であれば、まあまあじゃの。」
イナが満足げにしている。
「うわあ・・・俺、どんどん人間離れしていくな。」
ミノルはそんな現実に少し恐怖を感じていた。
「神になるのじゃからこの程度はなんてことはない。 さあ、さっさと片付けるのじゃ!」
イナの言葉で気持ちを切り替えたミノル。
魔獣の群れにはまだ十二頭程残っていた。
それぞれが逃げ出そうとしているが、「神の力」を使用したミノルの前では不可能だった。
一頭残らず撃退され、魔獣騒動は終わりを迎えた。
ミノル達に魔獣が討伐されたのは町に避難指示が出てからわずか30分程度の間の出来事だった。
後にこの事件は”奇跡の30分”という物語として語り継がれていくことになるのだった。