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†魔剤戦記† 剤と罪に濡れし者達  作者: ベネト
第1章 剤と罪に濡れし者達
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第7話 ファウストの情報網

「決めたぞ!オレ、魔逢塾にカチ込むことにする!」


 魔逢塾にカチ込みに行く‼︎と突然響き渡る神次の大声と、それに続く肉の裂けるような音が隣部屋から鈍く響き渡ると、しばしの静寂。


 そして、背中を小刻みに打ち震わせながら、意気揚々とガッツポーズをする神次。


「そもそもお前、その魔逢塾とやらがどこにあるのか知ってんのかよ」


「あっ、言われてみれば知らねぇ!魔沙斗、パソコン借りるぞ!」


 冷静な俺の突っ込みに、悪びれもせずに即答するや否や、オレの羊と牛の骨から造られている特製の机を勝手に占拠してパソコンを立ち上げる。


 大柄な神次に、片方の膝を曲げて足を乗せられると言う不作法極まりない座り方をされて、ギィギィと悲痛な音を立てている。


 供物としてその生涯を、より上位の存在に期待された牛や羊たちは、死して骨となってもまだこのように尊厳を踏み躙られ続けるのだ。体重を支えきることが難儀なのか、悲鳴にも似た耳障りな音を立てる骸細工の椅子に思わず苦笑する。


 何故か俺のパスワードを知っている神次が許可を得る間もなく勝手にパソコンを立ち上げ、親指と人差し指だけを使ってキーボードに打ち込んでゆく。


 ガタンッ!という激しい音が鳴り響く。


 こいつはいつもエンターキーを凄まじい力で叩きつけるせいで、半分割れかけている。

 

 それに、こいつがいつのまに勝手にパソコンを使うだけならいいのだが、間違いなく俺が留守の間にいかがわしいサイトでも見ているのであろう。


 そのせいで知らずに設定でも変えたのだろう。Solomon666という煩雑なレイアウトの、見たこともない下品な検索エンジンが立ち上がる。


 使いにくくて堪らないので、前にこのことを詰問したが、勝手に変わっていた。俺は知らないの一点張りだった。


 いい加減弁償でもしてもらおうか。その言葉が舌先まで出かかって引っ込む。


 俺はこいつのおかげで、パソコンなんかよりももっと大事なことを守られている。安全だ。器ではない俺にとって、神次はある意味ボディーガードのようなものだ。こいつがいなければ、大学に行くのだってビクビクしなければならない。


 つくづく、この世界は力を持たぬ羊に優しくないと思う。まぁ、世の中というものは常に強者の都合で設計される。それならば嘆くことに意味はなく、より強い者となることを目指して生き抜かねばならない。それが俺の信条だ。


「はぁ〜!?まっっっっったくヒットしねぇんだけど!!!!」


 耳障りな神次の声が俺のぼやきをかき消す。


「あっそ」


 こいつはいつもリアクションがデカイので、これくらいで適当にあしらっても問題がない。


「いやいや、冷たいな!今回は俺の魔生がかかってんだよ!なぁ、見てくれ!」


 あまりにも煩いので、仕方なくパソコンの画面くらいは一緒に見てやることにした。


 たしかに、画面には魔逢塾なるものは一つも表示されておらず、代わりに、こちらの塾をお探しですか? とDEVIXなる塾の情報が表示されている。


「あああ〜っ!! マジでイラつく!」


 神次がパソコンを殴りつける寸前、奴の顔面に鉄拳を叩き込む。


「いっっっっっでぇ!!何しやがる!」


「俺のパソコンだ」


 まるで自分が一方的な被害者であるかのように怒鳴る神次に冷たく言い放つ。


 このザマだ。こいつには人のものは大切に扱うという意識がないのだろうか。


「俺の椅子から降りろ。調べてやるから待て」


 これ以上やつにパソコンを触らせておくとロクなことがない。


 神次を半ば突き飛ばすように椅子から落とすと、仄暗い伏魔殿の一室の、さらに一角にある電脳の図書館の司書が、床に落とされて呻いている男から入れ替わる。


 神次だって器であるのだし、やろうと思えばただの人間である俺からパソコンの座席の支配権を奪い返すことなど容易い上に、なんなら殺すことだって造作もないだろうが、そのようなことは決してしてこないあたりだけは信頼が置ける。


「だいたいこういう時はな、裏掲示板で情報を集めるのが手っ取り早い」


 一応神次に説明をしつつ、ファウストという名の掲示板へと飛ぶ。 


 画面いっぱいに、黒く澱んだ枠の中に、紅の魔法陣が照らし出されたレイアウトのいかにも怪しげなサイトが表示される。


 ここではありとあらゆる裏情報が交換されており、非合法の通販としての機能も兼ね備えている。この掲示板を管理している、メフィスト なる人物が、俺みたいな全国各地の禁断の情報を集める匿名の ファウストさんたち へと知識を授けたり、ファウストさん たちが情報をやりとりする空間を提供しているのだ。


 ここにも警察は干渉することができず、特に二年前に起こった、ファウストが、より上位の悪魔の体液から生成されたという違法魔剤の取引の温床となっていたことが発覚し、警察が捜査を開始したが、その全員が行方不明となり打ち切りという名の撤退を行った事件は、警察は現実の空間も、電脳空間の治安も維持することができないとして権威をさらに失墜させることとなった。


 このサイトの背後にはあの悪名高きバチカンが関与しているとの噂もあるが、実のところを俺が知るわけもない。


「おおっ!?なんだこのサイト!?見るからに怪しさ満点じゃねぇか...」


 床に落とされて額を強打し、こめかみから血を流しながら起き上がった神次が、いつのまにか目を輝かせながらモニターを覗き込んでくる。


「お前、ファウストを知らないのか?」


「フ... ファウスト?」


「ほら、知ってるだろ?2年前のあの違法魔剤の取引の時に話題になったあれだよ」


「はぁ?」


「いや、なんでもねぇ」


 呆けたような顔で返事を返す神次。この顔は、初耳です って言った表情だ。知り合って長くないのに、言葉なくとも理解できる。


 ファウストくらい知っているはずだという思い込みで話しかけてしまったが、こいつに限れば、知らないのならば、知らないままにしておいた方が良い。


 間違いなく変な使い方をして大ごとに発展する未来がリアリティをもってありありと予想できる。


「まぁ一種の掲示板サイトだ。あんまり大した情報はないんだが、調べないだけマシだろ」


 うん、我ながら悪くない返事だ。悪徳と神秘に濡れた、ロクでなし共にとって電脳空間上の楽園であるこのサイトの本質に触れることはやめておく。このような言い方をしておけば、あいつが興味を持って勝手なことをする可能性も低いだろう。


 それにしても、あの二年前の違法魔剤の取引事件を知らないとは、呆れることこの上ない。


 あの著名な、『ソロモンの鍵』にも登場する、悪名高い高位の悪魔の血液が含まれている魔剤が取引されている可能性がある と言って連日ニュースになっていたのだが、本当に神次は世間に関心というものがないらしい。


 どうやったらあれを耳にせずに生きることができるのか疑問にすら思える。


 ファウストで検索をかけると、すぐに情報がヒットした。


[魔逢塾] 器でない人間も安心して通うことができます!万全のセキュリティ体制!(by コードネーム・エンペラー)


[ここに通い始めてから、成績がぐんぐんと伸びています!羊としての宿命から、少しでもマシな待遇へと将来を送ってもらえることを願っています...](by ファウスト)


[コルドバから派遣された腕利きのボディーガードが、周囲を徹底的に防衛しているので子供を通わせても、命を落とす心配がありません!](by ファウスト)


 ははぁ、なるほど。 


 書き込みの数々を見ていると、どうやらその魔逢塾とやらは器でない人間が安心して通えるように、ボディーガードやSPを雇って万全のセキュリティ対策を行なっているらしい。


 そして、表向きの検索ではヒットしない理由も同時に察しがつく。おそらく、襲撃の対象として狙われないように、表には情報を出さずこっそりと運営されているのだろう。


「ボディーガード!?今から一発そこに通ってる餓鬼共に話をつけにいきてぇのに、そんなんがいたら困っちまうよ!」


 神次が頭を抱えて落胆している。


 いや、元からカチ込みなんてしたら、ロクでもないことになるだろうが。


「そんなに話をつけたいのなら、平和的に交渉するってのはどうだ?」


無理を承知で提案する。


 器と堕したものはただでさえ利害の対立が生じた際に、平和的な解決方法というものをとることを唾棄する。


 とはいえ、神次は粗暴な性格をしているが、器の中では比較的良識はある方だと言える。


「交渉!?別に悪くはねぇけど、オレみたいなやつがガキの溜まり場に行ったところで、追い出されるのがせいぜいだろ?」


 たしかに、こんな顔以外の全身に刺青が余すところなく走り抜けており、羊を模した露悪的なピアスやアクセサリーの類をじゃらじゃらと身に纏っている金髪の大男が赴いたところで、叩き出されるのが関の山な気がする。


 とはいえ、問題はない。


「大丈夫だ。俺も行く」


「マジか!?!?!?!!ありがとう!!感謝するぜ〜!!!」


 俺の返答がよほど意外だったのだろうか。どうせ無理矢理にでも俺を連れだしそうな気しかしなかったのだが、神次が嬉しそうに肩をバンバンと強く叩く。


「本当だ。ほら、見てみろよ」


 神次が喰い入るように覗き込んだ画面には、先程のファウストの画面に新たな書き込みと、それに添付されたあどけない顔の子供の写真が追加されていた。


[私の可愛い子供も、器ではないため、安心して通うことのできる学習環境を求めています。そのため、魔逢塾に通わせてみたいと考えているのですが、場所はどこにあるのでしょうか?]


「おい、これって...?」


 眉を顰めているものの、口角が不謹慎にも上がっている神次が、たしなめるとも、期待に満ちているともつかぬ表情で聞いてくる。


「あぁ、もちろん嘘、拾い画だ。どこの誰だかも知らん。」


「魔沙斗!お前ってやつは本当に最高だな!」


 悪徳と汚泥に塗れた掃き溜めの街、剤皇街の郊外のアパート、伏魔殿の一室で、最下級に下卑た笑みを浮かべた男が2人、悪意と愉悦に満ちた表情をたたえながら、無言で腕と腕を軽くコツンとぶつけ合った。


「さぁ、神次、返事が来るまでいっぱいやろうか」


 冷蔵庫から、エクソダスの瓶とひび割れて埃をかぶっているカップを2つ取り出すと、それぞれに注ぎ出した。


「魔素の寡占は、マジでfuck!ぬるま湯、楽園のクソガキ!使い魔の痰カス以下の畜生道に堕ちちまえ!」


 先ほどから俺のベッドの上で飛び跳ねながら、上機嫌で罵詈雑言の数々を吐き捨てている神次が、高濃度のエクソダスを飲んだことで酔いが回り、さらに元々ない制御のリミッターが外れたのか、悪意の濃縮還元のようなワードの数々を吐き捨てている。


 やはりこのような悪辣な言葉を喚き立てる姿こそ、奴の容姿に相応しいような気もする。そんな失礼なことを考える。


 エクソダスの空瓶をひったくると、それを意気揚々と振り回し叫び続ける神次を横目に、優雅なポーズを決めながら、エクソダスの濃厚な芳香を鼻腔で十分堪能した後に、ゆっくりとグラスを傾け、始めの一発を口に含むと、舌に馴染ませてゆく。


 喉を灼熱の砂漠と変貌させつつ走り抜けたエクソダスが胃の腑にも瞬間的に染み渡り、燃えたぎるような感覚が全身を包む。


 悦楽と蛮勇が脳内を支配し、しばしの怠慢に微睡みつつ、想いを馳せる。


「ははっ」


 いつぶりだろうか。 ちゃんと声を出して笑ったのは。


 興味深くてたまらない。


 身の程知らずな羊の生き様、従属者として生きることを定められた存在が、現世の... しかも、この剤皇街というとびきりのクソに濡れた贄の祭壇にてどう足掻き、そして抗い生きてゆくのかが...

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