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†魔剤戦記† 剤と罪に濡れし者達  作者: ベネト
第1章 剤と罪に濡れし者達
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第2話 器の決闘、劣等の血統

「実に素晴らしいね。お前はボクの... いや、オレの琴線に触れた」


 目の前に立ち塞がり、肉食獣のような視線で一点とザイゴンを見つめる、違和感を具現化したような存在。


「魔素の力を帯びた一撃を喰らって、なんで生きていやがる!?」


「おい」


およそあの牛山から発せられたとは思えない、静かながらも迫力に満ちた声が困惑するザイゴンを貫く。


「”カバン”を、見たでしょう...?」


 そのまま、蛍光色のオーラを纏ってじりじりとこちらに詰め寄るように歩んでくる牛山。


 こんなやつ相手に恐怖を感じているという、信じたくない現実にザイゴンが苛立つ。


 自分よりも二回りほどの小さな体躯の牛山など、ザイゴンがその気になれば簡単に振り払えるだろう。


 いや、あの一撃を喰らっても絶命しなかったあのバケモノを...?ザイゴンに躊躇いと迷い、そして克明な恐怖がその心に満月のように浮かび上がる。


「お、お前...!?何者なんだ...!?」


 上擦った声で情けないことを言ってしまうザイゴン。


「”魔素の器”、あなたと同じですよ。ただし...」


「お前より遥かに格上のね」


「そういうことかよ。お前、学校ではあんな大人しそうな面しといてよ... なぜ器でありながらああもオドオドしてんだよ。なおも気に喰わねぇな」


 先ほどまでの混乱が嘘かのように、落ち着きを取り戻すザイゴン。


 からくりがわかってしまえば、彼にとって牛山も恐るるに足りるものでもない。奴もまた、器であるというだけだ。


 そして、このような本性を隠した弱々しき器に負ける展望など、あらゆる世界線の可能性を収束させたところで見えてこないだろう。


 ザイゴンもまた、器であるというだけある。


「力を持ちながら、なぜ堂々と振る舞わない?」


 ザイゴンが不機嫌そうに詰り、嬲るように牛山との距離を詰めてゆく。


「はぁ... お前などの劣等種に答える義務もないが... いいでしょう。ボクはね、自分を下に見てくる奴らを殺すときの、あの何が起こったのか訳わかってなさそうな顔が大好きなんですよ!劣等種のお前にわかります?あの、生まれ持った常識の全てがひっくり返って唖然としてる奴らを殺す楽しみが!だから、ああして嗜虐欲をそそるようにしてるんですよ...!!」


「供物である牛に殺される悪魔、シュールすぎるでしょう!お笑いで天下取れますよ!そして牛を供物として捧げようとする人間を、代わりに供物にしてやるのが何より面白い!」


 恍惚とした表情を浮かべ早口になった牛山がカバンを蹴飛ばすと、そこからゴロンと人の首が転がり出てきた。


 途端に辺り一体を、鉄臭く、生温い大気が包みこむ。


「こいつらはみんな供物になったんです。どれも、いい顔をしていましたよ!」


 牛山が生首を蹴っ飛ばすと、勢いよく跳ね飛ばされたそれがザイゴンの足元に落ちた。


「同類だなぁ、オイ」


「どこがです?劣等種」


 見下したような視線を向ける牛山と、落ち着きを完全に取り戻し不適に笑うザイゴン。


「テメェも結局それか。オレと同じだ。その乾きを満たす為に必要な以上の供物を、楽しみで殺している」


「悪いですか?」


「いや、悪いとは全く思わねぇ。いいじゃねぇか。せっかく魔素の器となったんだ。暴虐の限りを尽くさずして何をする?俺も楽しくてたまらねぇな。お前みたいな、見てるとイラついてくるような雑魚を嬲るのが。まぁ、本当のお前は違ったみたいだけどな?一本やられた気分だ」


「お前に言われても全く嬉しくないね。それに、お前みたいなダラシないやつは嫌いだ。お前毎日何本魔剤を飲んでんだよ。よほど魔素の燃費が悪いみたいだな。飲んだらそのまま垂れ流しじゃないか。強欲なる、罪深き牛だ」


 鈍い音が響いたかと思うと、ザイゴンの腹から深紅の噴水が迸った。 


「愚鈍なる血だ、燃費が悪すぎますね?矮小なる箱庭でイキがる雑魚の血統特有の味ですよ、それぇ?」


 それをいつの間に指につけていた牛山がペロッと舐めて、罵倒する。


「おい、それはテメェの血液だよ」


 そう言われて、自分の指を見た牛山は絶句する。


 確実にザイゴンの腹を切り裂いたはずの自らの指の第一関節より上が、あるはずのその姿を消し、代わりにどくどくと噴き出す血液の噴水となっていたことに。


「テメェ、オレが魔素デブりだといったな?そんな指先だけに纏ったヒョロイ魔素じゃあ、俺の力場に轢き潰されるだけだ」


「ちぃっ...」


 どうやら、彼の血液から湧き出す力場に指が弾かれたようだ。


 伊達に毎日三十本以上剤を取り込んでいるとのことはある。並ではない魔力だ。


 居合の達人が向き合うように、魔を宿した者たちがわずか二メートルほどの間隔を取り向かい合う。


 空気が極限まで張り詰めて、純粋なる殺意と殺意が対峙する。


「決闘、します?牛に喰われる魔の貌が楽しみですよ?」


「牛が魔に喰われるのは変わらねぇ摂理だ。いくらお前が器だったとしても、やってることはやっぱりちいせぇな。さっきの不意打ち、イラついてきやがった」


 挑発... すなわちそれは、不可逆的なトリガーたり得た。


「テメェを殺したら、今日はよく眠れる気がするぜ。知ってるか?あのソロモン王は一回の食事に牛三十頭を費やしたそうだ。より高位の器たる俺には、それ以上の供物がふさわしい」


「へぇ。バカのくせによく知ってるんですね。結局結末は神に見限られるところまで、そっくりになりたいですか?」


 一触即発の間合い。その煽り合いが、いつ鮮血の飛ばし合いへと発展するかは、常に間合いと殺意の弛みが生まれる瞬間を、瞬きもせずに全身で観察しあうお互いにもわからなかった。


 何故なら、達人同士の勝負においては、常に先手ではなく、その先手の行動に対応した受け手が、一瞬にしてその趨勢を決めるものであり、互いが互いの先の行動無くして行動することを望まなかったからである。


 空気がまるで琴の弦のように張り詰め、2人にとって1分に感じられるほどの時間が流れた。


 その間、僅か二秒。


 器である者同士が今、対峙する。

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