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†魔剤戦記† 剤と罪に濡れし者達  作者: ベネト
第1章 剤と罪に濡れし者達
14/44

第14話目 魅入られし者、魅射られし者。

「で?お前にはアレが見えなかった。そう言いたいんだな?」


「だからさっきからそうだっていってんだろ!2人して何にもないところに向かって喋ったりしてよ!?」


 魔理と名乗る少女が中央広場を出て行ってから、俺と神次と勇気の3人で、孤児院の中に割り振られている部屋という名の小さく、狭苦しい室内に通されて今に至る訳だが、神次はずっとこの調子だ。


 どうやらあいつの目には魔理の存在そのものが見えていないらしい。


 なかなかに信じられる出来事ではないが、神次の表情や声色から察するにとても嘘を言っているようには思えない。


「魔理ちゃんは本が好きなのかなぁ?」


 そんな俺たちを他所に、どこか呆けたようにうっとりと錆びついた部屋の扉を見据えながら勇気が言う。


「お前、見かけによらず意外と図太いんだなぁ」


 皮肉の一つでも言ってやったところだ。


「だってさ。とってもかわいいんだよ。僕の孤児院での生活も魔理ちゃんがやってきてからとっても楽しくなってね」


 そんな皮肉など意にも介さず、目をぼんやりとさせながら変わらず、恥ずかしげもなく魔理への感情を吐露している。


「おい!!」


 勇気の肩を強く揺さぶる。部屋に戻ってきてからというものずっとこの調子だ。


 少々手荒になるのも無理はない。俺達には時間がない。閻魔に言えばなんとかなるだろうが、俺と神次がここにいられるのは今日だけだ。


「あ、はい!?もう、なんですか魔沙斗さん?」


 不満げに口を尖らせる勇気を見ていると、この間まで抱いていたものとは別種の苛立ちが募る。


「お前のこと、前に勇気って名前には似合わねぇくらい臆病なやつだと笑って謝ったよな?お前はある意味で相当に勇気があるかもしれねぇ」


 以前自販機や魔逢塾で会ったときは羊のお手本のような、虐げられるものが見せる典型的なリアクションを返していたくせに、俺たちに敵意がないと分かると妙に馴れ馴れしい。


 俺はこのガキと仲良しごっこをするためにここの孤児院に来たわけではない。


 早急にあの塾が占拠しているというこの街に巣食う、顔も知らぬ幾多もの器たちの力の源泉である魔剤に関する情報と、そして何よりも力無き羊を器へと変成させ、覚醒させることが可能だという塾長についての情報を確保しなければならないのだ。


「俺はお前に敵意はない。だがな、お前の惚気を聞くためにここに来たわけじゃない。あの羊を器へと変えるという魔剤の情報を聞くためにきたんだ。そこのところ、忘れるんじゃねぇぞ」


 射殺すような殺意に満ちた脅迫的な視線を、図々しさを秘めた小さな少年の体躯に向けて容赦なくキャストする。


「あっ... すみません... でも、言われてみればさっきから僕が一方的に情報を聞かれてるだけじゃないですか...?」


「おいガキ。あんまり舐めたような発言をすると、この世界の理というものを叩き込まなきゃいけなくなるが、それはお前の望みなのか?」


 言葉遣いこそ丁寧なものの、滲み出る不躾さが俺の神経をこれ以上ないほど逆撫でし、つい言葉を荒げてしまった。


 ガキ相手に脅迫じみた行為を行うなんて、いくら俺が既に穢れきった大罪人とはいえ情けない。


「なぁ、お前からも言ってやれ神次。こいつから話を聞かないと、いつまで経っても魔剤はあのおっさんに占拠されたままだ」


 先程から珍しくずっと頭を抱え、顔を顰めながら柄にもなく考え事をしているように見える神次にも加勢を促す。


「わーった。でもよ〜、どうにもあのお前らが言ってる魔理って女のことがわからねぇ。お前らには見えて、オレには見えない。そんなことがあるか?そもそも、どんななりをしてんだ?」


「すごく可愛くて、天使みたいな子で...」


「黙ってろ」


 再び恍惚とした表情で切なそうに語り出す勇気を、ドスの効いた声を出して制止する。


「俺から見た限りは、黒いドレススカートを纏っているガキだ。あと、右手に常に本を持ってたな」


「へぇ... ずっと手に本を持ってたのか?なんかきもちわりぃな...」


「気持ち悪いっていうなよ!」


 珍しく勇気が抗議してくる。その瞳からは切迫感や焦燥感といったものがひしひしと、刺すように伝わってきた。


 先ほどの太々しい視線とはまた違った類型の感情を抱いているのが容易に見て取れる。


「んなことはどうでもいいだろうが!俺が知りたいのは、あの唾棄すべき秘術のことだ!」


 閉塞感に満ちた室内の空気全てを震わせるほどの大声を張り上げる。


 瞬間、放たれた殺気に気圧されたのか、不満げな燻りをその瞳に宿したまま、俺のことをはっきりと勇気が睨み返して来る。


「なぁ〜?こいつ、こんなやつだったっけ?」


 張り詰め、軋む二人の間合いに、柔球を投げるかのように、神次が間延びした声で割り込んでくる。


 その状況に不釣り合いな柔らかな声が、踏みかけられた薄氷が崩れ落ちるのを間一髪のところで阻止することとなった。


 俺も状況が状況ということもあり、少し過敏になってしまっていた。


「あぁ... 言われてみれば、お前、あの女のことになると随分と譲らないんだな」


「それはそうだ... 僕があの魔逢塾で塾長から力を得たいのも、魔理ちゃんに振り向いて欲しい、そのためだけだ...」


 この羊の如き軟弱な少年は、魔理という変数を介することによって、体格が一回りも二回りも違う大人の男とすら気迫で以って対等に渡り合う存在と化している。


「マジ?それってどういうことだよ?」


 珍妙な事に、先ほどからあまり積極的には会話に参加していなかった神次が興味津々に間に入って質問をしてくる。何か気になることでもあるのだろうか?


「なんだ?気になることでもあるのか?」


「いや〜、なんかよくわかんねぇんだけどな。気になっただけで」


 俺の問いかけに対し神次が返した反応は拍子抜けするほど中身のないものであったが、あいつが違和感を抱いたという確かなものは収穫として得ることができた。


 器の本能は、俺たちのような何の力も持たない羊たちとは次元の違う理に位置している。器であるあいつがなんらかの違和感を抱いたというのならば...?


 言われてみれば、あの少女は俺と神次だけに見えているはずだ。


 いや、おかしいのは俺たちか? それとも神次なのか?


 いよいよ混乱を極めてくる。


「なぁ、あれは孤児院では認知されてるのか?」


「はぁ... 何言ってるんですか。されてるに決まってるじゃないですか」


 勇気が何をバカなことを言っているんだ、という視線を投げかけてくる。


 そうか。そうなると、ここであの存在を認知することが不可能なのは神次だけということになる。


 複雑怪奇に絡み合い、その上次から次へと重なる疑問や解決すべき課題が山積みになってゆく。


 それらに対して、全くとっかかりが見つけなければ見つからないほど苛立ちが募るものだが、今一つの結び目の解く足掛かりが齎されたような感覚を覚える。


 そしてそれは、力無き羊として這い回りながら過ごした人生の過去の記憶と結びつき始めた。


 力を得ることを常に要請され、勝利が故に愛され、敗北が故に突き放された己の反省。


 故に、羊と器の力学を始め、序列を決定づける暗黙の力には人一倍敏感であった。


 神次が器であるということを、やつが告白するよりも先に見破ったのは俺だ。


 力無き羊、虐げられし者には彼らなりの処世訓があり、器にはない独特の嗅覚というものが備わっている。


 それは、その命をより長くこの世界に繋ぎ止めておくために、生物としての基本的な劣った本能がしきりに主張してやまない耳障りな警報であり、鳴り止まないノイズ...


 そんな忌々しい直感が確かに告げる。


 勇気は、何かに心を奪われ... いや、操られているのではないか。


 あの太々しさや不遜さは、勇気の性格の本性であると捉えるにはあまりにも自販機や魔逢塾で出会ったときと比べて異常さが際立ちすぎている。


 あれだけ怯えていた弱気な少年が、たかが最近孤児院に入ってきたという存在一人のためにここまで目の色を変えるものだろうか?


「なぁ〜、器になることと、その見えないやつに振り向いてもらえるのか?」


「ああ... 魔理ちゃんは力を持っている人が好きだ... 羊のままでは振り向かれない。羊のままでは、羊のままで。羊でままで。ならボクは...!!!このままじゃ...!」


 神次の問いに対し、冷静さをまるで失い半狂乱で喚き立てる勇気。


 その焦燥感に満ちた瞳から読み取れる精神状態は、過去にみた勇気のどの感情の類型にも当てはめられるものではなかった。


「落ち着け!」


 勇気を一喝し、無理やり肩を掴み強引に揺さぶる。


「なんだぁこいつ?いきなり狂っちまったけど?」


 神次が怪訝そうに眉を顰めてぐったりとした勇気を見つめる。


「早く力を得ないと、魔理ちゃんは孤児院の他の子のところに行っちゃう。みんな必死だから... 」


 気がつくと、先ほどまでのなりふり構わない様子とは一変し、俺がイメージするおどおどした様子の勇気に戻っていた。


「他の子の所?おい、それについて詳しく聞かせてくれ。」


 勇気の乱れた呼吸が治る頃合いを見定め、必死に冷静を装い声をかける。


 知りたいことがそれこそ次から次に積もっていくが、今この状態で答えを急かすような真似をしてしまっては、それこそ急がば回れという事になるだろう。


「みんな魔理ちゃんに振り向いてもらいたくて... あの子は力がある人が好き、羊は嫌い っていうんだ。ボク以外にもみんな魔理ちゃんを狙ってる...みんな魔逢塾で力を貰いたくて、飢えてるんだ...」


 弱々しげに、悲痛な様子でぼぞぼそと勇気が罪を告白するかの如く途切れ途切れに呟く。


 これは... 見るからに奇怪な現象だ。先ほどまでの様子、そして突然半狂乱になったという行動、そして今勇気が話している情報...


 突如、脳内に雷の如く轟き、鮮明に閃く1つの淡い可能性。


 羊を器に変えるという秘術。そして街から消えた魔剤、力に魅入られたガキ共。見えない女。


 可能性は未知数だ。だが、賭けてみるのも悪くない。


 何しろ俺は、このシチュエーションに確かな見覚えがある。


 後悔、憎悪がノイズとなり、妨げられる記憶のサルベージを行う。


 間違いない。俺は知っている。なによりも、誰よりも鮮明に。


 力に魅入られし人間とその原因、そしてその末路を。


 その存在は... この手によって、安らかならざる永劫の眠りに沈められた。


「神次、こいつを見ていてくれ。俺は少し席を外す。魔剤の在処について、閻魔と相談してくる予定だ。ああ、あの門にいた黒人だ」


「お、おう。こいつが暴れたら、”使って”もいいか?」


「あぁ、構わん。頼んだぞ」


こうしてオレは神次に未だに放心状態から回復しきれていない勇気を預けると、閻魔がいるであろう警備室へと向かっていった。


「誰ダ?」


「俺だ。魔沙斗だ」


「マサト!サアサア入レ!」


 すっかり消灯時間を過ぎたであろう孤児院の室内を抜け、未だ明かりの照りつける警備室のドアをノックすると、若干呂律の回っていない馴染みのある安心感に満ちた声が聞こえてきた。


 おそらくエクソダスでも飲んでいたのだろう。中に入ると、埃臭い室内一面にあの独特の芳香が充満していた。


「すまんな閻魔。久しぶりだってのに、土産のひとつもなくてな」


 床に投げ捨てられ、僅かにヒビの入ったエクソダスの空瓶を視界に捕捉し呟く。


 ヤツが大好きなのはエクソダスという酒そのものだ。断じて、それが収められている器ではない。


 その役目を終え、乱雑に後方に積まれている空瓶の骸達が形成する、今にも崩れそうな塔を眺める。


 そう、あの魔理とかいった不節操な女?いや、... アレも、勇気やその他のガキ共を見てはいないはずだ。その目的の対象は、躰という容器ではない。間違いなく...


「オイ、マサト!要件ハナンダ?」


 閻魔が滑舌の悪い上機嫌な声色で問いかけてくる。


 そうか。まだ要件を言っていなかったか。


「閻魔、たしか俺がガキの頃、警備室にはあのバチカンの十字剣と聖水が保管されてるといってたよな?」 

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