コトワリタイ
昼休み、大抵零が新の隣にやってきて数人で昼食をとる。
派手なグループか目立つグループが零の傍に集まるので、必然的に周囲が騒がしくなる。
性格的に新は騒がしいタイプではないのでだいたい聞き役に回るのだが、見ていると派手な見た目に反して、零もまた積極的に発言するタイプではなかった。
垂れ目がちな形の良い目で緩い笑みを浮かべながら相槌を打つだけで様になるので、輪の中心になりがちだが、大抵は賑やかな誰かが喋りを回している。
「なあなあ、GW皆暇?」
「俺バスケ部あるから無理だわ」
「私暇ぁ!」
クラスメイトの一人がそう口火を切ると、途端に周囲が騒がしくなる。
「昼じゃなくて、夜! 肝試しやろうぜ! 夜なら健人も部活ねぇだろ」
「夜?あー、まあ夜なら行けるか。何時に?あんま遅いと微妙かも」
発案者である村田の発言に、思わず新は気づかれないように眉を顰めた。
(絶対行かねぇ)
どう考えても面倒事に巻き込まれる予感しかしない。
「んじゃ20時とか? あそこ行こうぜ、森林公園」
「えぇ、あそこって最近動物のバラバラ事件あったとこだよね」
もともとニュースにもなっていた森林公園は木々に囲まれた広い公園で、夜になると鬱蒼と繁った木々に囲まれた道に街頭はないため不気味だ。
たまに自殺者も出るため、地元の人間は夜に森林公園になど行こうとはしない、心霊スポットになっていた。
「何、森林公園に行くの?」
「あ、委員長も来る?」
いつの間にか人数が増え、委員長の石田真も参加することになっていた。
「関原は行かないの?」
なるべく空気になっていたところを石田に問いかけられ、彼の柔和な顔立ちから目を逸らしながら、小さく頷いた。
「あー、オレはやめとく」
一瞬だけブーイングが上がったが、新一人行かなくてもメインで零が来ればいいのか、その場はアッサリと収まったがにみえたが、それも零の発言で振り出しに戻ってしまった。
「だったら俺も今回はパスかな」
「えぇ! 零は行こうよぉ! つまんなぁい!」
茶髪を緩く巻いた髪に派手な出で立ちの島中が、零の腕に細い指先を絡ませながら唇を尖らせた。
「新が行くならいいよ」
「ゲッ、、お前っ…!」
思わず隣に座る彼を見上げれば、何を考えているのかわからないアルカイックスマイルを向けられた。
「まじ零は関原好きな!」
(今そういうのいらねぇ……)
朗らかに笑う箱爪健人に、八つ当たりの殺意が沸いた。
「零来ないとか無理っしょ。関原強制参加な!」
「いや、オレは……!」
「え、来るよね?」
「ち、近い」
「く、る、よ、ね!」
島中の圧力のある笑みに、白目を剥きたくなる。
ピンクのルージュをぬった唇の端が、苛立ちを隠しきれていなかった。
「わかった…」
「やった!」
(あー最悪だぁ……)
拒絶しきれずごり押しされ、泣く泣く新は机に突っ伏した。
女子の威圧に勝てる男子ははたしているのだろうか。
所詮、ヒエラルキーが下の新には決定権などない。
本来は大人しいグループの中で目立たずに生きていたい新のことを、周囲は零のオマケとして見ていることなど最初から知っていた。
人間関係は波風立てぬよう静かにしていたいので、結局は空気を読むしかないのだ。
(こいつが変に懐かなきゃなぁ、、もっと平和だったのに)
新の細い髪を指先で遊んでいる零を下から睨み付ければ、彼はその作り物めいた端正な顔で小さく笑った。
それだけで周囲が見惚れているのがわかる。
「あ、そうだ。もう一人呼んでいい?」
中村メイが、そう言うと後ろの席にいる男子生徒に声をかけた。
「げ、岡崎じゃん」
村田が小さく嫌そうな声を上げた。
「禎丞も行こうよ」
「あ? 行かねぇよくだらねぇ」
長い足を組んで目付きの鋭い岡崎ににべもなく拒絶されるが、中村は臆することもなく続けた。
「え、もしかして肝試し怖いの? そんな見た目して?」
「ああ?」
濁音混じりの声は、見ているこちらがハラハラする。
ツーブロックで強面の岡崎が見た目ほど荒い人間ではないことはなんとなくわかっていたが、荒々しく立ち上がって教室を出ようとする姿は、零以上の長身も相まって少し威圧感があった。
「禎丞、20時に森林公園ね! 来なかったら家に行くから!」
一瞥もくれず去って行く岡崎に、中村はあっけらかんと返す。
「ねぇ、ちょっと何であいつ誘うの? めっちゃ怖かったぁ」
「いや、見た目ほど怖くないって。禎丞はわりと良い奴だよ」
島中が中村に抱きつきながら唇を尖らせた。
「たしかメイって岡崎と同中だっけ」
「うん、小学校から一緒。あいつ未だに馴染んでないしさ、幼馴染みとしては放っとけないんだよね」
「いや、むしろ岡崎いること自体が肝試しだわ!」
岡崎に対して必要以上に苦手意識があるのか、村田が嫌そうに顔を顰めた。
「大丈夫だって。仲良くしてよ」
苦笑いしながら肩を竦める中村に、石田が首を傾げた。
「彼、そもそも来るの?」
「たぶん来るよ。家に突撃されたくないだろうし」
とりあえず話が纏まったのか、新の気持ちを置き去りにワイワイと楽しそうに計画を立てる彼らに遠い目をしながら、新は小さくため息をついた。
(まあ、視ないふりすればギリ大丈夫か? いや、大丈夫なのか?)
いっそ、母を連れて行きたい所だ。
(ヤバかったらこいつら置いて帰ろ、そうしよう)
この決断を、後に新は後悔することになる。
視えないふりをしたところで、相手に悪意があって敵意をむけられてしまえば、視えるだけの新には何も抵抗などできはしなかったのに。