真っ白な部屋で。
気付いたら、僕は真っ白な部屋にいた。そして、僕は一人だった。
上も下も、右も左も、全てが白一色。その中に僕だけがいる。
外を見ようと窓を探した。けれど、窓はなかった。
じゃあ外に出てみようと扉を探した。けれど、扉も見当たらなかった。
窓もなければ、扉もない、閉ざされた空間。
「どこだろう……」
一人ぽつりと呟いてみるけど、僕以外誰もいないから、答えてくれる人はいない。
「どこだろう……」
無意味なことだとわかっていても、どこか口癖のように呟いた。
「ここは君の終着点。しかし、ここは君の出発点」
誰もいなかったはずなのに声が聞こえた。それは僕の背後からだった。
驚いて僕は振り向いた。そこにいたのは、一人の少女。
右手の人差し指を上に向け、斜め下を向いているのか、前髪で表情がわからない。けれど、口元は悪戯っぽく笑っている。
「君は……誰?」
「私は……誰でしょう?」
少女は顔を上げた。それは、どこかで見たことのあるような(気がする)顔だった。
「一体、何なの?」
「誰もが信じている存在。けれど、誰も見たことがない存在、かもしれない」
少女はくすくすと笑った。僕は首を傾げた。理解が出来ない。
「そのうちわかるよ。さて、君はどうしてここにいるのかな?」
「どうして? ……どうして?」
どうして僕はここにいるんだろう?
「まあそれも、そのうち知ると思うけどね」
少女は試すような、それをどこか楽しんでいるような、そんな目で僕を見ていた。
「ねぇ、君はここに来る前のことを覚えている?」
「え?」
ここに来る前のこと? 僕は目を瞑り、ここに来る前のことを思い出そうとした。けれど、頭には何も浮かんで来ない。ただ空っぽな暗闇があるだけだ。
「何も、覚えていない」
「そう、まあ当たり前だけどね」
だったら言って欲しくなかった。
僕が不機嫌そうな表情をしていたためか、それを見た少女はおかしそうに笑い出した。
「そんなに声を立てて笑うほどでもないだろう。ね、聞いてる?」
「聞いてるよ。それにしても……ぐふっ、あははは。本当、面白い」
笑われているこちらとしては、とても不愉快なのだけど……
「本当、面白かった」
笑いで出てきた涙を拭きながら少女は言った。
「満足したかい?」
「うん、したよ。そう言えば、君には聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「君は『未来』と『過去』見れるとしたらどっちがいい?」
「……どうしてそんなこと聞くの?」
「さっき言ったでしょ。私は『誰もが信じている存在。けれど、誰も見たことがない存在、かもしれない』って。これの意味、君はわかる?」
「わかるような、わからないような……」
「じゃあ、ゆっくり話そうか」
そう言って少女は左手で指を鳴らした。突如目の前にテーブルと椅子、ティーポットにティーカップが現れた。椅子とティーカップは二人分ある。少女は得意げな笑みを見せると、すとん、と椅子に座った。
テーブルや椅子の足には、小さくて綺麗な彫刻が施されていた。そして、そこに座っている少女はとても画になっていて、僕はそこに座ることを躊躇った。けれど、少女は僕が座ることを待っているように見えたので、恐る恐る椅子に座った。
「君に一つ教えよう。先ほど言ったとおり、ここは君の終着点であり、出発点でもある。しかし、ここは全ての終着点であり、出発点でもある。この意味、君にはわかるかな?」
少女は右の人差し指を上に向けて言った。そんな少女の横では、ティーポットがティーカップに紅茶を注いでいた。それを目の前で見ていた僕はなぜか不思議に思わなかった。
「……君は何が言いたいのかな?」
「んー、簡単に言うとしたら、ここの空間は君であり、君はここの空間である――ということかな」
少女はそう言って注がれた紅茶を一口飲んだ。僕の近くにも注がれた紅茶が置かれる。けれど、僕はそれを飲む気にはなれなかった。
「まあ気にしなくていいんだよ。君はただ、私の質問に答えてくれればいい」
「はぁ……」
「じゃあもう一度君に問おう。未来と過去見れるとしたらどっちがいい?」
「……ねぇ、一つだけ質問していい?」
「答えを先に聞きたいんだけど……まあいいよ。質問って何?」
「未来と過去って、何?」
「……君にはそこから説明しなきゃいけないのか。まあいいか。
未来と言うのは、これから起きること。過去と言うのは、もう起きてしまったこと。簡単に言うとそう言うことかな」
少女はそう僕に説明すると、再び紅茶を飲んだ。僕は目を伏せ、紅茶の水面に浮かんだ僕を見つめた。僕はティーカップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。紅茶は甘すぎず、苦すぎない味で、後味もさっぱりしていた。
僕はふぅと息を吐くと、少女に僕の答えを言った。
「僕は…過去を選ぶよ」
「それまたどうして?」
「どうして……か。理由はたぶん、無いと思う」
「……そう。まあ決めるのは君だからね、私が色々言う必要はどこにもないからね」
どこか素っ気なく少女はそう言って紅茶を飲んだ。僕はそれが何となくかわいくて、そっと笑うと紅茶を飲んだ。
少女がティーカップを置くと、また僕に質問をした。
「腕、足、口、耳、眼、心臓……全て二つずつあってもいいよね?」
少女は一つずつ自分の体にある部分を指差しながら言った。
「全てか……口は一つがいいや」
「どうして?」
「口が二つもあったらさ、僕一人だけでケンカしちゃうと思う。だから、口は一つがいい」
「そう……でも、他の所は全て二つで良いよね?」
「んー……心臓は一つで良いや」
「どうして? 心臓は生きる上で一番大事なものだよ? 二つあった方が良いじゃない」
少女は驚いたように言った。僕はそれに苦笑いで笑うと、理由を言った。
「一番大事……か。だからかもね。一番大事だからこそ、二つもあっちゃいけないんじゃないかな? 上手く言えないけど……僕はそう思う」
僕は紅茶の水面に浮かぶ自分を見つめながらそう言った。少女はティーカップに紅茶を注がれながらいいていた。僕の言っていることが、まるで理解できない、納得いかないという顔で。
「はぁ……そうか、そうか。私も初めてだよ、君みたいな人は。まあいい、君の望むとおりにしてあげよう」
そう言って注がれた紅茶を飲んだ。
「あ、そうだ。言い忘れていた」
少女は慌てたように言った。僕は何だろうと首を傾げる。
「君は『涙』って知ってる? まあ未来と過去を知らない君だから、『涙』も知らないだろうけど……」
「『涙』……なんでだろう、それは何となく知ってる。頬を伝って行く、あの雫でしょ?」
不意に映像が流れた。栗色の少し長めの髪。細く白い体は今にも折れそうだ。その子は目元から雫をたくさん流していた。
それが僕の脳裏に一瞬だけ見えた。だけど、映像の中に出てきた子は誰だかわからない。
「『涙』だけは知ってるんだね。そう、君の言うととおりだよ。君はその『涙』はいる?」
「……うん、いる」
「そっか。じゃあ君が選んだ全てを、君に与えよう」
少女はそう言って、左手で指を鳴らした。すると、球体が現れ、それは水色に光っていた。
「それは君が選んだもの――」
水色に光る球体は僕に近づいて来た。そして、僕に触れると一段と輝いた。僕はその眩しさに耐え切れず目を瞑った。
けれど、次に目を覚ました時には、少女と僕とこの白い空間しかなかった。
「何も……変わってない」
「変わってないように思うだけだよ。実際は変わってる。ただ見えに見えていないだけ」
少女はそう言って普通に紅茶を飲んでいた。僕は慌てている自分が不思議に思えて、僕も残っていた紅茶を飲んだ。
「それにしても、色々ありがとうね。そう言えば、最後に一つ質問していい?」
「何?」
「どっかで会ったことある?」
少女は口元を緩めると、左手で指を鳴らした。すると、白い空間が崩れ始めた。
ボロボロと壊れていく。白い部屋の向こうは闇だった――。
「君に一つ教えよう」
闇の中、少女は空中に浮いて、口元を緩めて言った。
「ここは一つの空間。そして、ここは一つの固体。君の答えはその固体を形作る。私は君で、君は私だ。
そして、私と君とこの空間は、全てイコールだ。
君の答えは君の形成。私の質問は、存在への手段。そして、この空間の形成と、この空間の存在。つまり、私が質問することで存在することが可能になり、君の答えは君を人として作り、そして、『世界』に人として存在することができる。
さぁ君の質問に応えよう。君の質問は『どっかで会ったことある?』だったね。
私の答えはこうだ」
少女は右の人差し指を僕に向けて言った。
「さきほどの質問は、自分への問いかけだ。私と君は、イコールなのだから」
白い空間の崩壊がさらに激しくなった。僕が白い空間の一部に立っているのがやっとだ。けれど、僕はそこに何とかふんばって少女に向けて言葉を向けた。
「ねぇ! 君は先ほど僕と君はイコールと言ったけれど、それは違うんじゃないかな?」
少女はどういうこと? と言いたげに顔をしかめた。
「もしかして、君は***でしょ!」
白い部屋の一部が崩れた。僕は足場を無くし、暗闇へ落ちていった。
―――最後に見たのはたぶん、少女の泣き顔だと思う。
「それで? それからどうしたの?」
興味津々に表情で彼女は聞いてきた。
柔らかいウェーブのかかった栗色の髪。あまり外に出ないせいか、普通の人より白い肌。病院生活が長い彼女は、普通の一人も痩せていて、あまりにか細い。
けれど、今の彼女は僕の話に好奇心旺盛な、無邪気の瞳を向けている。
僕は彼女の頭をそっと撫でてやると、彼女はくすぐったそうに笑った。
「それで……って、どこまで話したっけ?」
「心臓は二つも要らないよ。ってあなたが言った所まで」
「ああ。それで、少女は不機嫌そうな顔をして、あっそって。そのときの少女の顔ったら、君にも見せてあげたかったよ」
「そうなの……けれど、何で心臓は二つも要らないなんて言ったの? 二つあった方が片方がダメでも、一つだけでも生きていけるんだし……」
僕はそっと微笑むと彼女をそっと抱いた。ふわっと太陽のような温かい香りが鼻をくすぐる。
「君の言うとおり、心臓は二つあったほうがいいかもね。でもね……」
僕はぎゅっと彼女を抱きしめた。彼女の体温を確かめるように、彼女が生きていることを確かめるように。
「こうやって、お互いがお互いを抱きしめて、お互いの心音に気付けたら、ああ、自分達はいきてるんだって。そう思いたかったからね」
トクン、トクン、と彼女の心音が、彼女が生きていると言う証が聞こえてくる。
彼女は僕の胸に耳を押し付け、目を閉じている。少しして、『聞こえた……』と小さく言った。
「音、聞こえる。あなたが生きている証拠が、聞こえる……」
「そう……僕にも聞こえるよ。君の音が」
お互いがお互いを抱きしめ合い、お互いの生きている証の音を聞く。僕にはこの上ない幸せに感じた。
今だったら答えられるだろう。どうして自分がいるのか。どうして僕は存在しているのか。
答えは―――。
RADWIMPSさんの『オーダーメイド』という曲を友達に教えてもって、そのときのイメージをただ書きなぐった感じの作品です。本当に、書きなぐってます……
『オーダーメイド』は良い曲ですので、是非聴いてみて下さい。