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セレーネ視点


「…セレーネ、大事な話が…」

「ヴァルフレード様、婚約を解消しましょう」

「…は?」


◇◇◇


 ヴァルフレード様はプレスティ伯爵家の嫡男で、モルテード子爵家の娘である私セレーネ・モルテードの婚約者だ。

 精悍な顔立ちの寡黙な方で、騎士団に所属する騎士として日々精進されていてとても素敵な方。

 父親同士が友人で、幼い頃に婚約した幼なじみだ。それなりに良い関係が築けていると思っていたけれど私は知ってしまった。


 ヴァルフレード様には好きな人がいる。


 先日、本を買いに街へ出かけた際、腕を組んで歩く仲睦まじい様子のヴァルフレード様と綺麗な女性の姿を見てしまった。

 私の知らないその女性は、すらりとした蠱惑的な赤髪の美人で、ヴァルフレード様は耳まで真っ赤になっていた。

 その様子を見て、私ではダメだと思った。本ばかり読んでいるような小柄で地味なパッとしない私ではあの女性にはとても敵わない。

 だって、長身のヴァルフレード様と並んでとてもお似合いだったもの…。


 無口だけど、会う時にはいつも花束をくれる優しさが好き。

 二人で並んで歩く時、私が物や人にぶつかりそうになると引き寄せてくれる所が好き。

 甘い物があまり好きではないのに、私に付き合って食べてくれる所が好き。


 ヴァルフレード様の好きな所は沢山ある。幼なじみ故に婚約者になったけどそれだけじゃない。

 口数が少なく表情はいつも硬いけれど、紳士的で本当は優しい所が好きだった。ちゃんと…ヴァルフレード様の事が好きだった…。

 だけど、ヴァルフレード様は違った。ただ、それだけの事。

 ヴァルフレード様には好きな人がいて、それでも、幼い頃から婚約している私を大事にしてくれていた。

 優しい人だから、私を傷つけないように婚約を解消したいとも言えず、きっと苦しい思いをされていたのだろう。

 だから、もう解放してあげなければ…。


 ヴァルフレード様からのお茶のお誘いでプレスティ伯爵邸を訪れた。

 いつもより緊張した面持ちのヴァルフレード様に、いよいよ婚約解消の申し出をする覚悟をお決めになったのかもしれないと思った。


「…セレーネ、大事な話が…」

「ヴァルフレード様、婚約を解消しましょう」

「…は?」


 いいんですヴァルフレード様、今までありがとうございました。私の婚約者でいてくれて、大事にしてくれて嬉しかった。だから、ヴァルフレード様に辛い役目はさせません。


 私が悪役になります。


「婚約…解消、だと?」


 ヴァルフレード様が頭を垂れ小さく震えている。喜びに打ち震えるほど嬉しかったのですね。身を引いて良かった…やはりお気持ちはあの美しい方にあったのね。


「今まで、こんな地味で面白味の無い私の婚約者でいてくださってありがとうございました。ヴァルフレード様は私には勿体ない方です。どうか、別の方とお幸せになってください」


 本当は泣いてしまいたい。けれど、ヴァルフレード様が罪悪感を持たれないように、努めて穏やかな笑みを作った。


「…何か、気に入らない事があったのか?」


 唐突に提案された婚約解消に、真意を探るような視線を向けられる。

 目の前で婚約解消を喜べば私が傷付くと思って、気遣ってくれてるのですね。


「いいえ、そんな事ありません。ヴァルフレード様にはとても良くしていただきました。たくさん大事にしていただきました」

「ならば何故?」

「先程も申し上げましたが、ヴァルフレード様は私には勿体ないほど素敵な方です。私以外の、相応しい相手と結ばれるべきだと思ったからです。親の親交だけで幼い頃から縛りつけてしまい申し訳ありませんでした。もう自由になってください…ーーっ!?」


 私を見つめるヴァルフレード様の瞳から涙が溢れ落ちた。


「ヴ、ヴァルフレード様?何故泣いておられるのですか?」


 泣きたいのは私のほうなんですよ。


「…セレーネ以外の者などいらない。俺は、セレーネ以外と結婚する気は無い…!」

「ヴァルフレード様もういいんです!もう気遣っていただかなくて大丈夫です。私は好きな方に幸せになって欲しい、真に想う相手と結ばれ幸せに暮して欲しいのです。…たとえその想い人が私では無くても…」

「だから!それはセレーネ…っ」

「ーーっ見たのです!」

「…見た?何を…」

「…ヴァルフレード様と綺麗な赤髪の女性が仲睦まじく寄り添い歩いているところを!」


 ヴァルフレード様がいつまでも私を気遣って婚約解消を承諾しないので、抑えていた想いが溢れ出てしまう。


「赤髪の…女性?」


 ヴァルフレード様は、少し考える様子を見せると小さくぽつりと呟いた。


「…違う」

「え?」

「赤髪の…女性ではない」

「いいえ、赤い髪の女性と腕を組んで…まさか、別の方が…?」

「違う!あれは男だ!」

「……どう見ても女性でしたが」


 あの女性が男性だなんて、そんな突飛な言い訳が通用すると思うのでしょうか。


「あれは、イザイア・パルッソ。パルッソ伯爵家の次男で騎士団の同僚だ」

「同僚…伯爵家…?」


 たしかに、パルッソ伯爵家は皆さん燃えるような赤い髪の方ですね。


「イザイアには変わった趣味があって、女装するのが好きなんだ」

「女装」

「〜〜っ、どうしてもと頼まれて断れなかった。あいつもそろそろ縁談が持ち上がりそうで、これが最後のチャンスだと言われて仕方なく…っ」


 ヴァルフレード様が仰るには、イザイア様は女装した姿でデートしてみたかったそう。

 その一度きりのデートを私が見てしまったと。


「婿入りすれば、デートどころか女装さえ出来なくなるでしょうね…」

「わかってくれたか?俺はセレーネを裏切っていない」


 ……あら?

 では、ヴァルフレード様は他に好きな方はいないという事?


「あのー…、ヴァルフレード様には好きな方は…」

「セレーネだ」

「へっ?」

「黙っていてはまた誤解されかねないからな。俺は出会った頃からセレーネだけを想っている。セレーネは自分の事を地味で面白味が無いと言ったが、そんな事はない。小柄で小動物の様に愛らしく、好きな物を前にするとクルクル変わる表情も見ていて飽きない。俺はセレーネと添い遂げたいと思っている…嫌か?」


 真剣な瞳で見つめられ顔が熱くなる。


「嫌じゃ…ないです」


 幼い頃から私は想われていた…?


 ヴァルフレード様が好きなのは私…?


「〜〜〜〜っ!!」


 ヴァルフレード様の言葉を頭の中で反芻していると顔が火を噴くように熱くなり、真っ赤な顔を見られるのが恥ずかしいので両手で覆い隠した。

 こんな時、どんな顔をしていればいいのかわからない…!


「セレーネ…こっちを見てくれ…」


 ヴァルフレード様の手がそっと私の手に触れ、顔から剥がされる。

 恥ずかしさで死んでしまいそう。


「辛い思いをさせた、すまない。これからは、俺のセレーネへの想いを疑う余地がないほど、言葉で、行動で示そう。ーー愛している。…セレーネも聞かせてくれ」

「…ぁ、わ、私も…愛しています」


 私の言葉を聞くとヴァルフレード様は破顔して、そっと優しく唇を重ね、力強く抱きしめてくれた。


 私は初めて見るヴァルフレード様の表情に、口づけに、抱擁に、更に早く心臓が脈打つのだった。


「そういえば、大事なお話とは?」

「結婚式の日取りについてだ」


 何もかも私の早とちりだったのね…恥ずかしい!



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