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生きている、殺されていない。
その点で語るなら、なるほどたしかに、ミルさんから見れば俺は運が良いのだろう。
「……あはは」
なんて答えてみようも無いので、俺は笑って返した。
運の善し悪しなんて主観の問題でしかない。
自分のことを不幸だと、そう思えたらきっと幸せだったと思う。
心の底からそう思えたなら、きっと、俺は幸せだったと思う。
世界が変わっても、生きてることはいいことらしい。
(肯定してくれたと思ったんだけどな)
ある種のリップサービスだったんだろう。
いや、それともこんな凄惨な死に方をしないだけマシ、程度の意味かもしれない。
最初の死体を見つけてから数時間。
トータルで十体近い転移者の成れの果てを見てきた。
そのことごとくが壊されていた。
「顔が青いな。無理もないか。
本来なら君のような子供に見せるべきものではないものだからな」
ほら、とミルさんは飴玉を渡してくる。
「君、そういえば今朝も食べていなかっただろう。
少しはカロリー補給しなさい」
「あ、はい。すみません。
でも、俺、あんまり食べなくても平気なんです。
少しの量でたくさん動けるんで、燃費いいんですよ」
俺は受け取った飴を手で弄びながらそう答える。
そんな俺にミルさんが呆れながら、
「……少年、それは」
なにか言おうするが、その言葉は途中で止まった。
いきなり突き飛ばされたのだ。
そして、今まで立っていた場所が歪む。
ミルさんはいつの間にか、俺の横に立っていた。
「間一髪だったな。
さてさて、挨拶もなしとはマナーすら忘れたか?」
俺は地べたに転がったまま、ミルさんの視線を追う。
そこには、人間種族の灰色の髪の少年と黒髪の青年が立っていた。
二人は、ミルさんを見ている。
「妖精族か?」
黒髪が言う。
聞いたのではなく、呟いたらしい。
その横で灰色髪が、
「森の防人だろ」
「よくわかるな」
灰色髪が答える。
「魔力の感じと、あと、昔から高慢ちきじゃん?
その匂いというか味がする」
「……お前、エルフも食ったことあるのか」
黒髪が引き気味に言う。
しかし、灰色髪はそれを意に介さず、俺を見てきた。
「あ、アイツじゃね?
欠片と同じ匂いがする。
気配は、しないな」
「そうか」
そんな二人に対して、ミルさんはとても緊張しているようだ。
この二人が転移者を殺していた犯人、ってことでいいのかな?
状況的にはそう、だよな。
逃げた方がいいんだろうけど。
ミルさんの指示はないし。
さて、どうしたものかと考えていると、ミルさんが小さく俺へ言ってきた。
「少年、走れ。振り返るな」
小さい声で、でも有無を言わせない圧があった。
言われたなら従うしかないだろう。
俺は、立ち上がると走り出した。
整備すらされていない森の中をめちゃくちゃに走る。
背後から爆発音のようなものが聞こえてくる。
ミルさんには振り返るな、と言われたが、ついその音と振り返ってしまった。
その時だ。
何かが俺に覆いかぶさってきた。
「足があると厄介だよな」
そんな声が聞こえたかと思った矢先、足に衝撃が走る。
同時に、木が折れたようなそんな音も耳に届いた。
見ると、両足がそれぞれあらぬ方向に折れ曲がっていた。
(歩けなくなった)
痛みはなかった。
立ち上がることと、歩くことが出来なくなった事実が俺の目の前に映し出されている。
「声くらい上げろよ」
そう言って、灰色髪は俺の首へ手を伸ばしてくる。
ぎりぎりと、首が締め付けられる。
苦しいけれど、それだけだ。
抵抗はしない。
しても無駄だから。
だって、ずっとそうだったから。
少しだけ、保護してくれたミルさんには悪いかなとは思ったけど。
でも、方法が違うだけで結果としては変わらない。
この人が他の転移者や俺を殺す理由、目的についてもどうでもいい。
興味がない。
俺は目を瞑り、その時を待つ。
しかし、
「変なやつだな。なんで鳴かない?」
灰色髪が首から手を離して、怪訝な声で呟いた。
「…………」
あ、終わりか。
そういえば、あの死体の数々は壊されていたっけ?
あんな殺され方されるのかな。
痛いのは、嫌いだから。
どうせならこのまま殺してくれれば良かったのに。
いや、待てよ?
あの空間が歪むやつで殺す気だったなら、またあの魔法を使えばいいだろうに。
なんでこんな物理で痛めつけてくるんだろ。
「ふむ」
そんな、灰色髪の声が聞こえた。
俺は目を開ける。
すると、
「これ、苦手なんだけど。
ま、美味しく食事をするためのひと手間だな」
なんて言って、灰色髪が俺の頭へ手を伸ばして掴んできた。
そして、今度は頭をぎりぎりと締め上げてきた。
同時に、なにか圧迫感を感じた。
でも、やっぱり痛みはない。
時間にして数秒にも満たなかった。
唐突に、灰色髪の表情が驚愕したものに変わったかと思うと、今度は、恍惚とした表情へと変化した。
「あはははは!!!!
いた!! いた!!
運命はあるんじゃないか!!」
今度は、狂ったように笑い、叫んだ。
なんなんだろ、この人。
情緒不安定なのかな?
「あー、そうかそうか。
こうすればいいのか」
なんて言って、灰色髪は包丁をどこからともなく出現させる。
その顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。
包丁を握りしめ、空いている方の手で俺の左手を押さえつけてくる。
「……っだ」
記憶が瞬く。
恐怖で歯がカチカチ鳴った。
そして、漏れ出た俺の声はとても情けないもので。
「やだ、ヤダヤダ!!!!」
俺が逃げようと暴れるのを、灰色髪の笑顔が深まる。
「はは、やっと鳴いたな」
なんて言って、包丁を俺の左手首に添えたかと思うと、一気に突き刺した。
そして腕にかけて、滑らせた。
「~~~~っ??!!!」
久々に感じる痛みに声にならない声を上げる。
血が舞う。
赤い、紅い、朱い血が舞って飛び散って、俺に降り注ぐ。
意識が遠のいて、黒く染まる。
視界が染まる。
赤く、紅く、朱く染まる。
そして、オレは目を覚ました。