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暗闇の中、彼は目覚めた。
手を伸ばす。
すぐに、伸ばした手は何かに触れた。
それは、蓋だった。
立派な棺桶の蓋。
それを、内側から開ける。
月光が彼にやさしく降り注いだ。
クンクン、と匂いを嗅ぐ。
懐かしい気配、懐かしい匂いがした気がしたのだ。
銀色の髪に、赤い瞳をした青年だった。
彼は、吸血鬼である。
それも、【神祖】あるい【真祖】と呼ばれる吸血鬼であった。
吸血鬼の中でも、とくに畏れられる存在。
神と同等に扱われる存在。
そんな彼は、しかし、まるで迷子の幼子のような、仔犬のような顔をしてキョロキョロと周囲を見回した。
「……お腹減った」
懐かしい匂いに刺激されたのか、彼は自身の空腹に気づく。
でも、それを満たしてくれていた存在は、もういない。
イナムラマコトはもういない。
この世界のどこにも、もういない。
帰ってしまったから。
役割を終えて、元いた世界に帰ってしまったから。
だから、先程感じた気配も、匂いもきっと夢だ。
幻だ。
それが嫌でも突きつけられる。
だから、
「…………」
真祖の吸血鬼、ジル・ブランヴィリエは窓を見た。
その先にある、月を見た。
変わらずに、ずっと存在し続けている月を悲しそうに見つめ続けた。
そして、またクンクンと漂ってきた匂いを嗅いだ。
「!!!!」
ジルは目を丸くして、もう一度周囲を見る。
殺風景な空間が広がっている。
夢でも幻でもない、匂いと気配がたしかに感じられた。
「マコト、戻ってきたんだ」
子供のように、彼の声が弾んだ。
彼は立ち上がり、窓に近づく。
窓を開ける。
そして、その背に蝙蝠のような翼を生やすと、空に飛び立ったのだった。




