ランチミーティング(Luncheon Meeting)
午後は福岡税務署で、国税局税務相談室、福岡財務支局、全国銀行オンラインセンター福岡支社それぞれのシステム管理者と会う。地下の食堂街で昼食を摂りながら、という形になった。
「全銀ネットの調整勘定で不整合が出たんですよ。そのタイミングでログ(通信記録)を取ったら、幽霊電文が発信されてたんです。そこで財務局さんの監視委員会が日銀に連絡をとったんです。日銀がすぐに精査要求を出してネットに介入してきたんですけど……」
「例のウィルス騒ぎ?」
「すぐにシステムをダウンさせて、日銀精査もリカバリ後に持ち越しということになったんです。で、3日後にシステムが回復したときに、入金指示電文がセンターで化けてゴーストになったことがわかったんです。アドレスも誤読されて行き先も分からず迷走したあげく、結局発信者のところに帰ってきていたんですよ。」
「おたくのバグだったの?」
「といっても、ロジック上からはなんの不具合も発見できなかったんですけどね。ただ、その後にあんなことがありましたから、ウィルスの影響を受けてたんじゃないかってことになって、日銀も最初はえらい剣幕でしたけど、そういうことならって決済を認めたんです。でも、結局決済は成立しませんでした。入金先の口座が解約されてたんです。」
「怒って解約したのかな?」
「いえ、口座の所有者が死亡してたんです。そうですよね、藤田さん?」
「暴動騒ぎがあった晩に、殺害されてますね。」
「どういうこと?」
「さあ。ところで、全銀電文フォーマットの備考欄は依頼人が任意の文字をセットできること知ってます?」
「うん、1200バイトまでだっけ?」
「それを使って企業同士が秘密の文書をやりとりしてることは?」
「ああ聞いたことあるよ。発信するときは暗号化しておいて、着信者が暗号鍵を使って復号するらしいよ。」
「なんでそんな面倒なことすんの?」
「全銀ネットは金融機関しかアクセスできませんからね。しかも物理的に独立したネットだから秘密の会合をもつにはこれほど理想的な環境もないわけです。」
「あっそうか、例のゴーストにも暗号文が入ってたんだ。」
「備考欄に入ってた規定外文字は、日次帳表として閲覧エリアに格納されるそうです。表向きは送付電文エラーリストですけど、銀行幹部しかアクセスできません。幹部はそこからオフラインの自分のコンピュータ上で解読するんです。」
「なんでそこまで知ってるの?」
「銀行のシステムに侵入したに決まってるでしょ。この人だって往年のテクニカルアナーキストなんだから。」
「あ、それで俺たちを呼び出したわけだ。そんなこと、上司には報告できないもんな。」
「あーすっきりした。誰かに言いたかったんですよ。」
「それで、その先は?」
「ここまでですよ。」
「暗号を解読したんじゃないの?」
「無理ですよ。暗号鍵の入ったマシンはネットにはつながってないし、鍵なしで簡単に解読できるなら連中もそんなシステム使わないですよ。でも、電文自体は一応バックアップを取りましたけどね。」
「それ下さいよ。」
藤田がやっと口を開いた。
「えっ?でも、絶対ウィルスに感染してますよ。僕は圧縮ファイルの形で持ってますけどとても解凍する気にはなりませんね。」
「いいですよ。」
「じゃあ、後でメールで送っときます。」
「でも全体が見えないな。結局金の受取人が殺されたのと、その暗号文とどう関係があるの?」
「やっぱり“神”でしょう。これも、一種の“奇跡”だと思うんです。殺された人は、ネットで何か悪いことをしてたんじゃないですか?」
「ゴーストを発信したりとかね。」
「でも、今回ワクチン作ったのは本当に“ミカエル”かな?」
「俺は、そんな高位の神じゃないと思うよ。せいぜいケルビムくらいじゃないかな。」
「ウィルスが聖書に由来するからって、キリスト教関連の神だとはかぎりませんよ。最近は“ヴェーダ”の神々の動きの方が活発なんですから。」
「でもさ、やっぱヴェーダの神ってインド人なのかな?」
話があらぬ方にそれたので、その間に藤田は自分の考えを整理することにした。