インベストゲイトサポートシステム(Investigation Support Systems)
署に残った藤田は、捜査支援のためのアプリケーションソフトを構築する作業を始めた。機捜の報告書は状況証拠から早急な結論を仄めかしているが、無いよりはましなのでそれをもとに捜査のフローチャートを作る。できるだけ状況の変化に対応できなくてはならないから、みるみる複雑な樹状構造物が出来上がった。最後にそれぞれの結論を評価したものを加える。グェンがひと作業終えてキーを叩くと、端末の画面に彼の作ったシステムを図示したものが表示された。
表面上は性格診断なとで使うチャートにも似ている。最初の設問が書き込まれたボックスから出発してイエス/ノーで別のボックスへ分岐していき、ボックスを最後まで辿ると自分の性格やら恋人との相性がわかるというアレだ。ただし、ここでの設問は捜査上のチェック項目である。あとはそれをプリントアウトしてみんなに配ればいいのだが、これはあくまで概念図であって、藤田の作った複雑なシステムそのものではない。
実体はSMの集合体であり、生きている。つまり、チャート図上のボックスはそれぞれ独立したプログラムなのである。新しい情報が加われば、SM群体は自己を再構築して、評価変数を更新する。それに伴いチャート図もダイナミックに変化する。ボックスの順序が変わり、ボックスが表す設問自体も変化する。しかも現場の捜査員が入力する情報以外にも、プログラム自身がネットワークを通じて収集する情報も加わるので、チャート図は常に変化し続けている。与えられた情報が結論群すべてを駆逐するようなものなら、それを評価するサブシステムがあるルーチン(計算過程)に引数を渡して眠っていたモジュール群を呼び出し、ある程度「革新的なチャート」を自分で考えだすから高位のAI(人工知能)といえなくないこともない。
県警は高い金を出してこのソフトウェアを購入し、本部のメインフレーム(中央計算機)に組み込んだが、ネットのシステム管理者がマイナーチェンジを怠ったために、しばらくは藤田のようなユーザーには扱いが難しすぎて手が届かず、警察内のコンピュータ貴族、ウィザード達だけのおもちゃだった。ま、人的資源は無駄遣いしていないとしても、予算はあまり効率よく使ってないかもしれない。
午前中いっぱいかかって、藤田はシステムを組み上げた。マニュアルは頭に入っているから、システムを組むこと自体は単純なキーパンチでしかない。プロパティ(特性定義域)に必要な情報を入力していくだけだ。ただ、こいつは組んだ後の運用にやたら気をつかう。テクは繊細だ。