クライムレポート(Crime Report)
最近は特捜本部がよく設置される。たしかに凶悪犯罪は増えたが、それよりも最近の事件が殺人課や暴対課だけでは手に負えないからだ。巨額脱税をした企業が議員に泣きつくと、複雑なルートをたどって暴力団に指令が届く。そこからまた複雑なルートをたどって指令が世界中に分散し、モルドバから殺し屋がやって来る。ムンバイから法の裏技が詰まったシンクタンクが届く。イエメンできれいに洗濯された闇資金が情報の高速道路を通って電送されてくる。金の匂いを嗅ぎつけたディーラーが一斉に株式市場で金融オプションを買い漁る。かと思えば、一斉にドルの売電文を発信するといったことになると、どのセクションが誰を逮捕すればいいのかわからなくなる。もっとも、ここまで話が大きくなれば誰も逮捕されたりしない。警察にその気があったとしても、昨今ではこれらのビジネスは一夜でケリがついてしまうからだ。警察に圧力がかかってくる方向ですら、分刻みのスケジュールで変化するのだから、硬直化した官僚システムがついていける筈がない。指をくわえて見ているだけだ。
昔に比べれば、はるかにフレキシブルな捜査システムが千変万化を繰り返しているが、業績は思ったより芳しくない。市民による行政効率の監査NPOからも、特捜チーム制は「日常の業務に支障をきたす」として苦情が出ているので、特捜本部の寿命は日に日に短くなるばかりだ。どうせ起訴までもっていけないんなら、文句が出ない程度の労力でいいだろうということらしい。
藤田が参加させられたのは、暴動当日無法地帯となった現場近くの、都市高速荒江インターで起きた殺人事件の特捜本部だったが、なにせ暴動の逮捕者が留置所に入りきらず、手錠を掛けられたまま廊下の長椅子に並んで座っているような有様なので、普段よりあきらかに小規模なこの本部も、保って二週間といったところだろう。
ところでハンの事件は、本当に昨日一課の刑事が言っていた通りらしい。状況から考えてハンに殺された警官は即死だったろうから、相討ちなんて冗談みたいに思えるが、ファンが発見される前に何か細工したのかもしれない。彼のところには、そういう隠蔽工作専門の別働隊がいる。いずれにしても、この事件はあまり注目されていない。ハンは不法入国の外国人だし、もしそういう人間を殺した犯人が仮に出てこなかったとしても、普段はうるさい日本人の公安委員会や行政監視NPOもあまり文句は言わないだろう。華々しい手柄にもならない。つまりはそういうことだ。
一課の刑事が言っていた企業贈賄は藤田の担当だったが、そう簡単にこの殺しとは繋がらなかった。彼が呼ばれたのは、被害者がインターネット上で恐喝を行っていたふしがあったためで、その方面の専門家としてである。
藤田は最後にチームに参加したが、最初に顔を出した日には、すでに機動捜査隊が提出した初動捜査のレポートが出揃っていた。
最初のミーティングでは、いきなりみんな暗くなった。この商売、一晩明けて犯人の目星がついていないと捜査は長引くといわれている。機捜のレポートによれば、目撃者はいないし犯人の遺留品もない。らちが明かないので藤田以外の全員が不平を言いながらも、西署の腕章を着けて聞き込みと現場の洗い直しに出かけた。その人数が普段より多いのに気付く。そういえば、いつの間にかこの手の事件で設置される特捜より多少規模がデカくなっている。もしかしたら、(県警)本部も今回は本気でホシを挙げる気かもしれない。