インハングアウト(In Hangout)
仕事が終わっても藤田は家に帰らず、吉本と一緒に西新の南に位置するベトナム人街にいた。ここは唯一、藤田がグェンに戻る場所だ。ベトナムレストランで吉本と一緒にビールを飲んでいるところへ、ファンが厨房から出てきた。
「昨日はご苦労さん。金はいつもの通りでいいな?」
白いエプロンで手を拭きながら、ファンが2人の向かいに腰を降ろす。グェンはマイルドセブン・ライトに火を点け、吉本は追加のビールを注文する。
「じゃあ謎解きを始めようじゃないか。」
「なんの?」
「やりっぱなしにしないのが俺たちの主義だろ?」
「今度は松野幹事長からの仕事だからな。間違いはないだろう。」
「冗談だろ? 俺は最初からあんなヤクザ、信用しちゃいねぇぜ。」
「とにかくこの件はほじくらない方がいいんだ。」
「分相応ってのはいい心掛けだけどな、つんぼさじきじゃいつか殺されるぞ。」
「ウチみたいな所帯の小さいとこはな、触らぬ神に祟りなしってこともある。」
「それとこれとは別。どうせ、お前んとこの シンクタンクも 夜通しでフル回転してたんだろ? それで想像以上にデカいヤマだって分かったんでブルったってとこだ、どうせ。」
ファンはリッチだ。見たままの食堂の親父じゃない。福岡のベトナム・コネクションのなかでも、ホウの一家と勢力を二分しているし、学者や弁護士、アナリストと個別契約してプライベートのシンクタンクまで持っている。こいつは大企業の持ってるものにも劣らない最高級品だ。
「昨日あったもうひとつの殺しも、こっちとつながってるんだろ?ってことは、ハンをバラす指令を出したトップは神龍会よりも上ってことになるわけだ。九州バイオの汚職と特許訴訟、本庁とH・Cの追っかけ競争をしてるFBI、それ全部が県と国とアメリカの間に挟まって、ホットなシフトが起こってるってわけだ。」
ファンがうんざりしたように、
「ハンはH・Cの掟を破ったから消されたんだろう?」
「馬鹿のふりするんじゃねえ。手前ぇのクソ頭が何企んでるかを訊いてるんだ。」
「何企んだって……ガイジンのギャングに何ができるってんだ!?」
「まあ、今度のことでハンみたいなのを出したホウのトコに代わって、 お前んトコが神龍会の御用達になった。そのご褒美を取り上げられたくない から、多少のことには目をつぶろうってのもわかるけどな。なあ、昨日の ことで上から下の腸捻転が起こってるんだ。こういうときは、もうちょっと 欲を出したっていいと思うけどな。鉄が冷えて固まっちまったらホントに入り込む余地がなくなるぜ。」
「まあ、お前が表の仕事で勝手に嗅ぎ回るのは別に止めんよ。」
「なめんなよ。掴んだネタよそに売るぞ?」
突然吉本が笑い転げだした。何かが彼の笑いのツボにはまったらしい。
意表を突かれてグェンたちも笑う。