パートタイムアサシン(Part-Time Assassin)
混乱の極みに達したところで、吉本と藤田は再会することになった。いちはやく騒ぎから離れて建物の壁に寄り掛かり、両膝に乗せた腕で上体を支え肩で息をしている藤田のもとに、白刃の生えた警棒を握った吉本が駆けつけてきた。顔に懸かる長い髪を掻き上げて、大きく息を吐く。彼にとってはこれでチャージ完了ということらしい。40歳近い藤田とは対照的だ。
「ハンは?」
「逃げられた!」
「何やってんだ。」
「追っかけるぞ。おっさん、ほら。」
悲鳴に近いうめき声をあげながら、藤田が吉本の後に続く。暴動に煮立った団地を走り抜けて角の雑貨屋を左に折れると、振り切ったと安心したか、幾分スピードを緩めて走るハンの後ろ姿が視界に入った。追っ手に気付いたハンは再び加速しながらも、何度も振り返るうち藤田に気付いた。
「グェン!くそ、同じベトナム人がベトナム人を殺すのか!?」
藤田=グェンは脇の下のホルダーから銃を引き抜いた。警察仕様のオートフォーカス・レーザーガンである。少し前を走っていた吉本が減速してグェンと並び、
「あの野郎ー、デカい声でわめきやがって。いいから撃っちゃえ撃っちゃえ。」
「今日は湿気が多い。……発射光がデカいから目立つ。」
息も絶え絶えに応える。
「俺を殺したらホゥの一家が黙っちゃいねぇぞ!!」
「そんなこと言ったって、あんなこと言ってんじゃねぇか!」
「だったらお前みたいな体力バカが、行って突き刺してくりゃいいだろ?」
「いやぁ、人間死ぬか生きるかって時ゃ速いもんだ。」
言いながらもスピードを上げるが、ハンも必死だ。とてもプログラマーとは思えない駿足だが、実際はグェンと同様、心臓は爆発寸前なのだろう。そう考えると、前方に特別警戒中のパトカーが見えてきたときハンが何をするかだいたい見当がついた。
「マズいな。」
グェンが折り畳み式のインカムを着ける。無線になっていて、チューニング済み。
「スコアズ!いるか?」
“やりますか?”
ハンはパトカーのドアを開けると中にいた警官を(非光学)拳銃で撃ち殺し、死体を蹴り退けてシートに座った。そしてIDカードリーダーに手製のパスワード・アタッカーを差し込む。これが(電子的な)キーを見つけ出してエンジンをスタートさせるはずだ。
システムエラー
ポケコンとパーツをガムテープで束ねたにわか作りだが、機能は完璧な筈だ。そう思って何度も「実行」ボタンを押し続けた。
システムエラー
見切りをつけて車外に飛び出そうとして窓ガラスにしたたか鼻を打ちつけた。ドアがロッキングされている。と、突然付属の画面が点滅を始めた。システムのセキュリティーが何かに気付いたのだ。
インターネットワーム 侵入
誰かが警察の車両管理システムに侵入して自分の邪魔をしている。気付くと、グェンと吉本が遠巻きにこちらを見ている。距離は10メートルほど。狙って撃ったとしても当たるかどうか分からない。
「スコアズ、ブラインドだ。」
5キロ離れた場所にいるスコアズがキーをパンチすると、パトカーの全ての窓が真っ暗になった。微細な電気信号を感知して、液晶が光を遮ったのである。闇一色の車内でパニックに陥ったハンが拳銃を乱射する。そのうちの何発かは防弾ガラスを破って車外に飛び出してきた。グェンと吉本は思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。しかし、また何発かは跳弾でハン自身を傷付けたらしく、痛みに身も世もなく騒ぎだした。
「テクを悪用したな!H・Cを敵にまわしたぞ!」
「H・Cに頼まれたの。」
吉本がつぶやく。グェンは立ち上がり、銃口をパトカーに向け照準を定める。センサーがハンの体の熱輻射を感じ取り、短い電子音を発する。同時に超短パルスレーザーがパトカーを貫き、ハンは沈黙した。ガラスに微細な穴の空いた着弾点近くに、グェンは改めて2発レーザーを撃ち込んだ。近づいて更に何発も撃ち込む。液晶表示はローバッテリーを訴えた。頭に来たグェンはさらに不平を吐く。
「バカバカ撃ちやがって、馬鹿!!」
「おい、こりゃ騒ぎになるぜ。逃げるぞ!」
打ち合わせる必要もなく、2人は同時に別々の方向に走り去った。