エックスナンバーファイルズ
地下室の突き当りの小部屋には、図書室と同じ書棚がおかれていた。広さは八畳ほど。書棚が二列あり、壁際には小さなテーブル。魔法のランプが室内を照らしている。
先程の魔法の図書室と違う点は、書棚に収められているのが書籍ではなく、ファイルだということだった。ルーズリーフのように、書類を挟んで綴じていくタイプの。
カレルレンが先に部屋に入り書棚を眺める。サクラちゃんは部屋の外で見張り番のように立って、中には入ってこなかった。
「ユマ、これを読んでみて欲しい」
「は、はい」
カレルレンが書棚から一冊のファイルを取り出して、壁際のテーブルで広げて見せてくれた。紙は上質なもので、手書きの丁寧な文字が並んでいる。文面は一読すると英語とカタカナを混ぜたような文字で書かれている。本当は読めないはずの言語だけど「魔法のメガネ」を通すことで、日本語に訳されてスラスラと読める。
「読めます」
「うん、上等だ」
『極秘 ファイルナンバー:X-103』
アレクサット王政府内務省特別情報部
リンデルシャッハ特務機関調査報告書
それはエックス番台のナンバリングがされた報告書だった。
「これって……」
「トップシークレット、極秘文書というものだよ」
「えぇ!? いいんですか、こんなのを私なんかに見せて」
これを読んだらもう、日常に戻れないってやつですよね。黒服に追われたり監視されたりする類いの。
「心配ない。ユマ自体がトップシークレット。極秘の召喚魔法実験の被験者だからね。異世界からの来訪者も宇宙人も……。今さらだよ」
形の良い眉を持ち上げて、小さく肩をすくめるカレルレン。
「あ……なるほど」
私は宇宙人と同等の扱いなのね。
ある種の達観を覚えつつ、ここまできたらと覚悟を決める。こういった類いのオカルトめいたことが大好きな、私の好奇心が勝ったといってもいい。
ここまで来たら読ませていだきます。
――王国正暦948年1月7日
第一空中騎士団所属ケイネス・ノルアード大尉の報告。
カスタード山脈レーミア山付近。高度一千メルテ上空にて試験飛行中だった新型飛空艇【閲覧制限】が南東へ移動中、山脈を越えて北北東へ飛行する数機の未確認飛行物体を発見。
当地は冬季のため気流の乱れが激しく、山脈を越えて飛ぶ事が可能な竜も、飛空艇も存在しない空域である。
その物体は風に逆らい推定速度時速八百キロメルテで飛行。
新型飛空艇【閲覧制限】は限界高度一千メルテ【情報制限】まで上昇、方向転換し物体を追尾するも、逆風のため増速を続ける目標物体に追いつけず形状のみかろうじて望遠魔法で視認。
物体はスープ皿を逆にしたような円盤状で、表面は金属光沢がありなめらか。突起物や推進装置などは視認できず。
既知のいかなる飛空艇にも該当せず、他国で開発中の新型飛空艇にも該当しない形状であった。
円盤状の飛行物体は推定時速千五百キロメルテまで増速。高度およそ三千キロメルテまで急上昇、索敵範囲を離脱した。
「これ、まんまUFOの目撃情報じゃないですか……!」
「ユマの言うとおりだね、君らの世界の言葉ならユーフォー。いわゆる未確認飛行物体さ」
分類で言えば、確か第一種種接近遭遇。
未知の飛行物体を軍関係者や騎士、衛兵など、身分のはっきりした人間の目撃証言、報告が綴られていた。どれも詳細に聞き取り調査が行われ、記録されている。
「王政府はかなり前から、説明不能な未知の空中現象、つまり何らかの飛行物体の存在に気がついていてね。こうして調査をしているんだ」
「ヤバイ領域を見てしまった」
「そうなんだ。魔法でも生物でもない。何か得体の知れないものが空を飛んでいる。これだけでも国家の安全保障上の驚異に他ならない。だから、賢者たる僕が密かに調べているんだ」
「なるほどです」
カレルレンが差し出した別のファイルには、少し違った別の目撃談が記録されていた。
『極秘 ファイルナンバー:X-211』
――王国正暦948年6月2日
ニューズアークから東へ五百キロメルテ地点。ダイバーズ辺境伯領内、北部の牧場にて、牧場主による異形の飛行物体の目撃報告。
同日夕刻、牧場主サラトラ・ストックは牧場上空に浮かぶ光を目撃。色はオレンジ色から黄色に変化しながら、金属光沢を持つ「鍋底」のような基底部を見せつつゆっくりと移動していた。
見かけの大きさは二十メルテほど。牧場敷地上空を横断し、ゆっくりと北部のアラハメア連山のほうへと移動。後にジグザグの鋭角的な軌跡を残し視界から消えた。
当時、村には魔女や魔法使いはおらず、魔法による幻術とは考えにくい。(注釈:魔法の有効距離を越えている)自然現象の一種かと推測されるが、他国の新型飛空艇の可能性もある。
(注釈:辺境とはいえ隣国が極秘の新兵器を実験するとは考えにくい。また形状が異なると軍の諜報部よりの意見陳述有り)
ところどころにカレルレンが書き記したらしい注釈があった。いろいろと各方面と情報を擦り合わせて検証しているのだろう。
「他国の新型飛空艇かもしれないと報告にはあるけれど、動きから見ても明らかに異様なんだ」
「あ……でも私、飛空艇自体そもそもどんな動きをするのか、知らないんですけど」
度々出てくる魔法の乗り物、飛空艇はどういう感じで飛ぶのだろう。さっき街の上を飛んでいた船がそうなのだろうか。
「基本的には浮力を魔法で増幅させた気球で、船みたいなものさ。推進力は魔法で発生させた風によるものでね。全力で飛んでも『強風で流されてゆく気球』という感じの動きだよ」
「となると目撃された物体の動きは明らかにそれとは違う、ってわけですね」
「そういうこと。だから説明不能。未知の空中現象、未知の物体との遭遇に関しては、王政府の情報機関の一部が、エックスナンバーのファイルにまとめている。それとね、この報告には続きがあるんだ」
「続き……?」
パラパラとめくるカレルレン。魔法の力を秘めていそうな指輪が人差し指と中指にはめられている。綺麗な指先と、手入れの行き届いた清潔な爪に気を取られていると、顔がうんと近いことに気づいてはっとする。おまけに花のようないい香りがする。
同じ報告書を横から見ているのだから近いのは当然だけど、流石に心臓が跳ねる。こちらの邪な感情と動揺に気づかれやしないかとひやひやする。
「ほらここだ」
「あっ、はひぃ」
「……?」
カレルレンが横から私の顔を見たけれど、誤魔化すように書面に視線を集中する。
――ダイバーズ辺境伯に対し、牧場主サラトラ・ストックの家畜に関する被害陳述調書より
(注釈、謎の飛行物体出現と目撃の数日後)
出産間際だった雌牛が放牧中、行方不明になった。
翌日、付近を捜索したところアラハメア連山にほど近い岩場で、死んでいる雌牛を発見。血はすべて抜き取られ、目玉と脳、内臓と胎児が消えていた。また、不思議なことに本来なら家畜の死肉を漁る野生動物たちは、何故か近づかず死骸はそのままの状態だった。
野獣の被害か、盗賊か、いずれにせよ不可解であると、村長を通じ被害の報告を行った。
尚、数日前から出現していた「謎の光」と同様のものが牧場の上空に滞空しているのを、近隣の住民と牧師が目撃している。
「キャトルミューティレーション!」
「ユマ、なんだいそれは」
「えぇと、オカルト用語です。家畜が宇宙人に攫われて血とか内蔵を盗られちゃうっていうか……そういうのです」
この報告書、そのまんまだ。
「宇宙人は実在し、あの謎の光や飛行物体は、彼らの飛空挺ということか」
カレルレンはその事実を確かめるように、確信を持ったようだった。未来の記憶をもつ彼は、世界が彼らに滅ぼされる場面を見ている。
「これらは、予兆……なんだ」
私はその言葉にゾッとした。
何か良くないことが魔法の世界でおこりつつある。
この膨大なファイルがその証拠なんだ。
「これ、もっと読んでもいいですか?」
「もちろんだとも。ユマにはこれを読んで、見解を聞かせてほしいんだ。それがお願いしたい仕事だよ」
「わかりました。でも……あの」
「ん? なんだい」
「上に持っていって読んでもいいですか?」
「それは構わないよ。この屋敷から持ち出さない限りは」
「よかった。ここで読むの、なんだか怖いので」
「あぁ、そうだよね。地下室はいろいろ……」
「いろいろ何ですかー!?」
今さらだけど幽霊とかは怖い。宇宙人だって本当に目の前にいたら倒れる自信がある。
「とにかく無理はしなくていいからね。今日は休もうか、いきなりの異世界でこんなことに巻き込まれて疲れただろう? もうすぐ夕飯だし、そのあとはお風呂もあるからね」
カレルレンの気遣いと優しさに安堵する。
安心すると、くーと情けないことにお腹が鳴いた。それにお風呂って、もしかて私ってば汗臭い!?
「あっ、あっ、はっいい」
思わず目を白黒させて慌てる私。完全に挙動不審だわ。
「大丈夫かい? ユマは時々不思議な動きをするね」
「カレルさま、危険だからその子から離れたほうがいいですよーっ」
サクラちゃんがすっ飛んできて私たちの間に割って入った。
何はともあれ。
その日から私は、エックスナンバーの極秘ファイルを読み漁った。
<つづく>