届く祈り
エイリアン・クイーン。およそ生命体の概念とはかけ離れた、巨大で醜悪な姿に息をのむ。
無数に生えた触手の先端まで数キロメルにも達し、目視できる本体は黒く泡立つタール状の塊。それは宇宙怪獣イソギンチャクを連想する。
果たしてあれが真の姿なのか、本体を包み隠すバイオスーツなのかはわからない。でも――
『殺、殺、殺、憎、憎、憎、滅、滅、滅ッ!』
憎悪と殺意の思念、波動を放つ根源なのは間違いない。
「きゃぁっ……!」
「ちきしょう、なんだこれはッ!?」
「魔法結界で防げないなんて……」
黒板を引っ掻いた擦過音を数百倍に濃縮したような、信じがたい不快感が脳を締め付ける。
頭が割れそうに痛い。全身から冷や汗が噴き出し、視界が狭窄する。このままでは意識を失いかねない。
『死、死、死、死、死、死、死、死、死、死!』
エイリアン・クイーンは殺意の波動を放ち続けている。
知性や感情を超えた純粋な憎悪。それは生きている私たちへの侮蔑と、嘲笑に満ちていた。
三脚蟲のエイリアンたちと同じだ。
世界を破壊し、人間を殺して悦に酔う。悪や善という概念を持たず、ひたすらに増殖のための生存圏の拡大を目的とする。ただ、それだけの存在。
「あなたが、エイリアンのボス……なのね」
宇宙空間をものともしないエイリアン・クイーンこそが、侵略エイリアン達の親玉なんだ。
決して解りあうことのできない、人類の敵。
「ユマ、あれは、銀河中に散った、姉妹の一個体に、過ぎ……ない」
一番影響を受けているのはグレイちゃんだった。苦痛に顔を歪めている。宇宙人であるが故、余計に邪悪な波動を受けてしまっているのだろうか。
「一個体に過ぎない……って」
あまりの衝撃に気が遠くなりかけた。
宇宙にはあんな化け物が無数に散らばっているっていうの?
確かにグレイちゃんは以前、同じことをいっていた。彼女の生まれた母星も別の一団に滅ぼされたと。中には撃退されるエイリアンの一団もいたらしい。けど、もしここで仲間を呼ばれたら、それこそ終わりだ。
「互いに通信、しない、届かない」
「そう、なんだ……」
「種、全体としての意識総体が、繁殖できれば……いいと、彼女らは、考えて……いるから」
「もういい、もういいよ」
ぎゅっと手を握り、苦しそうなグレイちゃんの額に額をくっつける。
こんな時、どうしたらいい?
どうすれば……切り抜けられる?
いまの私は『赤き月』の門番のようなもの。魔法の鍵を開け閉め出来る「合鍵」を借りて、この時代のループに入り込んだに過ぎないのだ。
魔法の力は開放され、魔法使いたちに行き渡ったはず。だから地球上では大勢の仲間達が反撃に転じている。
だけどエイリアン・クイーン戦までは考えていなかった。私は魔法使いではない。でも眠っているあいだ、魔力に想いを乗せ、カレルレンに私を再び召喚するよう暗示することはできた。
だったら何か、危機を回避できる方法――
――ユマっちなら出来るよ。
いっぱい、いろんな本を読んで、いろんな世界を知ってるじゃん。私の知らないこと、いっぱい知っているし。
トキちゃん。
みんな……。
元の世界のみんなの顔が浮かんだ。
そうだ、まだ、まだ諦めちゃだめだ。
魔法主体の視点を変えて、科学的思考で考えるんだ。
「きゃあっ!?」
衝撃で艦体が揺さぶられ、大きく傾いた。
ギシッと軋み艦内の照明が非常灯に切り替わる。新・轟雷天主号に巻き付いた黒くて太い触手が締め付け、ダメージを受けているのだ。
「防御結界限界、これ以上、船体が持ちません!」
「魔導機関、出力低下……!」
艦橋に悲鳴があがる。
「ちくしょう主砲は使えねぇ、身動きが……とれねぇ」
ユーグヘイムさんが苦しげに呻く。カレルレンも苦しそうに壁に背を預け耐えている。
「まずいね、これは……」
「カレルレン、しっかりして!」
「この邪悪な波動のせいで、魔法を……励起できない。魔法が阻害されているんだ」
「魔法が……!?」
『う、動け……ないよ、カレルレン様……』
「サクラちゃんっ……!」
甲板上のサクラちゃんも触手に囚われていた。赤いドラゴンがギリギリと黒い蛇のような触手に圧殺されかかっている。
『悦、悦、滅、滅、滅、滅、滅、滅、滅ッ!』
エイリアン・クイーンの中央部分が突然膨らんだ。そしてラフレシアのような黒い粘液質で覆われた花弁を開き、中枢からブクブクに膨らんだ黒い肉塊が盛り上がった。その黒い塊を掻き分けて、人面を思わせる器官がせりだしてきた。
「う、うわぁああっ!?」
「キモイっ!」
それは、数百メルはあろうかという巨大な黒い能面のような顔だった。
熟れたブドウの果実を押し出すように、ジュルンと二つの漆黒の眼球が溢れ、青い地球に視線を向ける。
『欲、欲、欲、水、水、地、地、肉、肉』
欲望に滾った目にゾッとする。狙いはあくまでも美しい惑星、地球なのだ。
腐ったドブ水のような意思が流れ込んでくる。地球に降下するつもりなのだ。ひたすらに生命と水を貪り尽くし、汚染し、無限に増殖するつもりなのだ。
スリット状の切れ目、口がニチャァ……と開いた。勝利を確信したような喜悦。さらに開いたクレバスのような裂け目から、赤黒い光が溢れ出した。
「み、未知の高エネルギー反応……ううっ!」
女性オペレータが苦痛に言葉を詰まらせた。エイリアン・クイーンはまず、私達にとどめを刺すつもりなのだ。
「ち、ちきしょう!」
「ここまできて……」
魔法が使えない、艦も動けない。
カレルレンでさえ、魔法が使えない状況下であればどうすることもできない。
何度目かの絶体絶命。
繰り返した敗北と、絶望のループ。
抜け出したと思ったのに、あと一歩のところで、またダメなのだろうか?
嫌だ。
もう、あんな悲しい思いをするのは嫌。
「嫌……!」
残された道は無いの?
本当に?
あとはもう、祈るしか……。
祈る……?
「ユマ、私たちは、孤独では、ない」
「グレイちゃん」
そうだ。
祈りは、願い。人の想いを乗せた波動。
想いは何ものにも勝る、強い希望を生む。
魔力に乗せて願いを届けられるなら、その逆も――
魔力の流れをほんの少しだけ、赤き月から地球へと向かう流れを、再び循環させるように艦へと向ける。
イメージするだけでいい。
水が流れるように、自然に、魔力の流れを。
流転する力が、ふたたび月へと戻るように。
古の魔法使いから連綿と続く想いが、カレルレンに届くように。
『――……ばれ!』
声だ。
『――負けるな……!』
『――諦めるなっ!』
「こ……これは?」
『――戦え、希望を見失うでないぃっ!』
カレルレンの魔法通信のウィンドゥから声が届き始めた。大勢の声が、声援が届く。
「魔法使いたちの声……! 地球にいる……みんなの声だ」
「こいつあぁ……驚いた」
想いが届く。願いが、魔力の流れにのって、私達に向けられている祈りが届く。
『――負けないで!』
『――お願い……賢者様!』
『――俺たちも諦めねぇ! だから賢者様たちも!』
夜空を見上げ、天空で起きている異変に皆が気がついている。
赤き月の横で、三角形の黒い月が砕けつつあることを。
絶望の闇に負けまいと、果敢に立ち向かう小さな光があることを。必死で戦い続けるカレルレンやユーグヘイムさんが、宇宙にいることを、魔法使いたちは知っている……!
『『『負けるな!』』』
大勢の魔法使い、魔法剣士、ゴーレム乗り。それ以外にも数えきれないほどの人々の声が大きくなる。
生き残った兵士たちの声援、祈りが届いた。人類の総体意識はひとつになって、混じりあい、ひとつになってゆく。
「みんな……!」
願いと祈り、熱き声援が私達の背中を押す。
圧殺されかけていた心が再び立ち上がる。
呪縛を押し返す、気迫が漲る。
「う、うぉおおお……ッ!」
「ぬぅうううっ!」
「うぁああ!」
『何、何、意、意、味、味、不、不、明……ッ?』
エイリアン・クイーンの思念波が揺らいだ。動揺の気配が、私たちの呪縛を緩めた。
「これが私たち」
「俺たち」
「人間の意思の力だぁああっ!」
皆の意志の力が、絡みついていた邪悪な波動を押しのけた。
『何、―、―、―、―?』
ガラスが砕けるような音がして、エイリアン・クイーンの呪縛が解けた。動ける、頭痛が消えた。
「魔力が……巡る!」
「魔法が使えるぜ!」
カレルレンとユーグヘイムさんが視線を交わす。
『たぁ、あああああっ!』
艦橋の外で一条の光が、暗い空を切り裂いた。
「サクラちゃんっ!?」
ドラゴンに絡みついていた黒い触手を切断する。光のブレスを吐くたびに、桜色の可憐な花弁が宇宙を舞う。
新・轟雷天主号に巻き付いていた黒い触手を、勢いにまかせ次々と破壊してゆく。
「動けます! 艦体、スラスター制御回復!」
艦が息を吹き返した。
「ありがとう、戻るんだサクラっ」
カレルレンが手を伸ばすと、サクラちゃんはドラゴンの変身を解いた。そのまま艦橋下のエアロックへと転がり込む。
『……やりましたです』
「よくやったね、サクラ」
『ごほうび、もらいますー……』
「あぁ、いいとも!」
魔法のモニターの向こうで、サクラちゃんが親指を立てた。
「艦長ッ!」
「よぉし機関全開ッ! 周囲の触手を排除する!」
ユーグヘイムさんが魔法力を全力で注ぎ込む。魔導機関が再起動し唸りをあげる。
「陽電子魔導特装砲四門、使用可能! いけます」
「撃てぁあああ!」
新・轟雷天主号が、光のハリネズミと化した。
周囲に迫る黒い触手を連射する光の槍で破壊し、切り刻む。
『痛、痛、痛、痛、憎、憎、憎、殺ッ!』
エイリアン・クイーンが巨大な触腕を傘のように広げ、宇宙空間へと跳ねた。衝撃で三角形の母艦の残骸が完全に崩壊。無数の岩塊と瓦礫が宇宙空間へと広がってゆく。
「タコ女王さんよ、てめぇにゃ最高にイカした土産をくれてやるぜ!」
魔法のモニターが船倉を映す。そこにはケーブルに繋がれた丸い爆弾が鎮座していた。
焦熱魔素融合反応弾だ。
「グレイちゃんよ、止めやしねぇよな?」
「渋々、納得」
「そうこなくっちゃ、起爆シークエンス!」
魔法術式が流れ込むや赤熱し、臨界寸前へと至る。
「ウェポンベイ解放、射出! 面舵いっぱい、全速で離脱!」
焦熱魔素融合反応弾が置き土産のように宇宙空間へと放出された。
カウントダウンの声と共に、宇宙空間に触腕を広げるエイリアン・クイーンの顔面部分へ、狙い澄ましたように吸い込まれてゆく。
『滅、滅、滅、滅、殺、殺、殺、殺!』
エイリアン・クイーンの怨嗟の波動は遠く、もう私たちには届かない。地球から熱い声援と、祈りが私たちの意識を守ってくれている。
「ちなみに魔力は大盛り、威力は数乗倍の特大だぜ!」
ユーグヘイムさんが爽やかな笑顔で叫んだ。
「当然、命中確率は操作しておいたよ」
「ナイス、カレルレン」
「機関全開! 全速離脱!」
まるでロケットのように加速する。私達は急加速する艦内で必死に椅子につかまった。
「9、8、7……3、2、1、起爆」
カッ!
光が視界を白く染め上げた。
『滅ッ――――――――――』
背後にまばゆい太陽が生まれ、艦橋に濃い影を生む。
衝撃波に追い越され、艦体が揺れた。
「凄い、太陽みたい」
白い光球が全てを飲み込んでゆく光景がモニター腰に見えた。
「中心温度は数億度、消えちまえ!」
「……魔法の誤った進化の果てに生まれた怪物が、宇宙から飛来した怪物を消し去るなんて。皮肉だね」
「まぁそう言いなさんなカレルレン。要は使いどころだぜ?」
がっとカレルレンと肩を組むユーグヘイムさん。
「そうだけどさ……」
エイリアン・クイーンの声はもう、聞こえなかった。
完全に消滅したのだ。
核兵器そっくりの焦熱魔素融合反応弾の超高温が消滅させてくれたのは、日本人として少し複雑な思いがした。
次第に小さくなってゆく光の渦。その後には何も無い、完全な無の空間だけが広がっていた。
「やったぜ、こんちきしょー!」
「「「おぉおおおお!」」」
艦内が歓声が湧いた。
「終わった……。こんどこそ」
カレルレンが深く椅子に腰を沈めた。
こみ上げるものがあるのだろう。しばらく彼は天を仰いだまま動かなかった。
「私達やったんだね」
「勝利、宣言」
「ですねー」
グレイちゃんとサクラちゃんと、私も喜びを分かち合う。
『『『うぉおお、やったぁああ!』』』
魔法通信からは、全世界から勝利の喜びに沸く声が届いていた。
カレルレンがやってきて、私に手をさしのべた。その手をとってみつめあう。
「ユマ、ありがとう」
「カレルレン」
私たちはしばらくそうしていた。
サクラちゃんが睨んでいなければ、グレイちゃんが興味深げに観察していなければ、この流れは……もしかして、キス……だったのかしら?
「さぁ、還ろう。みんなで、地球へ」
「「「はいっ」」」
前方には青く輝く大きな星が見えた。
地球。それはまるで、漆黒の宇宙に浮かぶ宝石のように美しかった。
<つづく>




