帰還条件
魔法の世界が滅亡の危機に瀕している――
なんとかしなきゃ。
なんとかしてあげたい。
でも……私に何が出来るの?
自分の成績でさえ救えないのに。
というか、クラスの悩み事だって解決できるかどうかさえ怪しい。
そもそも、私みたいな女の子一人に出来ることなんて、たかが知れている。
そうだよね、身の程をわきまえよう。
一気に燃え上がった私のやる気は、一瞬でしぼんでしまった。
元々、自分に自信があるほうではない。引っ込み思案で、友達と賑やかにおしゃべりするのも楽しいけれど、どちらかと言えば静かな場所で妄想に耽る方が好き。
クラスの席順だって前から二列目の廊下側二番目。窓側の後ろから二番目の「主人公席」にいる子とは程遠い。
「あの……やっぱり私には無理……。というか、出来そうなことが思い付かないというか、無いかもしれないです。ごめんなさい」
椅子に腰を下ろし頭を下げると、温くなったお茶を一気に飲み干した。
「そっか。ユマは普通の女の子だものね。突然巻き込んでしまって此方こそすまない。戸惑うのも無理はない。それに、謝る必要なんてないよ」
「……はい、ごめんなさい」
つい、謝ってしまうとカレルレンは責める風もなく、逆に表情を明るくして、身を乗り出してきた。
「だから、提案だ。ユマには僕のアドバイザーになって欲しいんだ」
「アドバイザー?」
「そう。知恵を貸してほしい」
「知恵、なら賢者さまのほうが」
「ううん、足りないんだ僕だけじゃ。戦うのは王国に専門の人たちがいる。考えるのは賢者たる僕の役割。だけど……どうしても世界の外側から来る彼らの事が、わからないんだ」
そういってカレルレンは世界の概要を説明してくれた。
大陸が三つに、広大な海洋。王国は大陸それぞれにいくつかに分かれていて、一枚岩ではない。領土と資源をめぐっていつもどこかで小さな戦争が起きている。
それは、私たちの世界だって同じこと。さほど驚きはなかった。暮らしている種族は人間が8割。残りはエルフにドワーフ。他に半獣人などが暮らしている。
種族間の争いはあまり無く、国のなかでは共存している。
「僕らが暮らしている国は、アレクサット王国。三大陸のひとつヒューペルシア最大の国。周辺国は友好的な小国と、衛星都市国家が十数個ある」
「すごい、じゃぁカレルレンはここの……」
「カレルさまは、魔法使い組合の長にして、大賢者! 王宮への出入り自由、七賢者のお一人ですよー」
サクラちゃんがすらすらと補足してくれた。
よほどカレルレンのことが好きなのか、敬愛の眼差しを常に向けている。
「ははは、そんな大したものじゃないよ。困り事や面倒ごとをほっとけない性格でね。いつも損な役回りさ。おまけに不可思議な現象に興味をもって、調べているうちに……担当官にされちゃったのが運のつきさ」
たはは、と頭をかく。
「は、はぁ……」
なるほど、興味をもってUFOや宇宙人に関わっているうちに、巻き込まれてしまった。ということなのね。
「ここからが問題なんだけど」
カレルレンは、魔法の窓に画像を映しながら話し続けた。
映像を見たところ、金属加工や機械文明はあまり発達していない。科学文明のレベルで言えば、産業革命当時の地球レベルだろうか。
けれど魔法はすごく発達しているのがわかった。情報の通信も魔法で行っている。空を飛ぶ魔法の乗り物もある。木造船に気球をくくりつけたような乗り物がゆっくりと飛んでゆく。
人形のゴーレムが、ロボットのように土木作業に投入されている光景もあった。
つまり魔法を前提に考えれば、二十世紀に近い感じ。それどころかサクラちゃんのように、魔法の力で「人造人間」を生み出してしまうあたりは完全に進んでいる。
けれど、天文学は「占星術」に包含されていた。星の運行を詠んで、運命や未来を予言するための、神官たちのものにすぎなかった。
だから「星の彼方から襲来する存在」という概念が理解できない。天使や悪魔の襲来といったほうが、理解されるだろう。
こんな世界では、荒々しい侵略の意思を持つ宇宙人に対して、対処できるはずもない。だから取り返しのつかないことになったのだと。
「僕の意識と記憶は、少なくとも過去十回近く、この世界の時間をループしてきた。けれど結末はいつも同じ、世界の終焉さ」
映像が途切れ、カレルレンは初めて苦悩の表情を浮かべた。
世界は焼け落ちて、人間や動物、あらゆる種族が捕まり、おそらくは……食料のようなものに変えられている。
そんな恐ろしい世界の終わりを見てきた、とつぶやく。
「なら……! もっと過去に遡ることは出来ないんですか? 数百年前とかにいって、この事を伝えて準備すれば……」
天文学を教えて、科学を発展させて、そして準備したらどうだろう。宇宙人に対抗できるんじゃないかしら。
「時間を遡れるのは、僕が認識できる時間までなんだ。つまり……せいぜい数年前。自分自身の記憶と意識に、上書きするのが精一杯なんだ。最初からやりなおしさ」
「そう……なんですか」
カレルレン自身の人生を、ある時を境に何度も繰り返す。
他の誰にも理解されず、ただひたすら、絶滅の運命を回避しようと戦い続けているかと思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる。
それはどんなに辛くて孤独な戦いだっただろう。
やっぱり、何かしてあげたい。
私に出来ることがあるのなら。
「それに、君のような召喚者も、一人だけしか呼べないみたいなんだ。時間と空間の理をねじ曲げる、因果を操作する魔法が影響している。けど、僕にも原因はわからない」
諦めたような口調。召喚者に一縷の望みを託しているのだとわかる。
「なのに、私みたいなハズレもあるんですね」
「自分を卑下するものじゃないよ」
「でも……」
自分に自信なんて、そう簡単に持てはしない。
「ユマは凄いよ。僕の話を理解して、すぐに受け入れ、そして提案までしてくれた」
「提案っていうか、単なる思いつきで」
時間をもっと遡って、歴史を変える。それは時間遡及もののSFなら鉄板のネタだから。
「それだよ! 僕が望んでいたのは君のような存在なんだ」
「ひゃう!?」
カレルレンはテーブル越しに身をさらに乗り出して、私の手を握ってきた。温かくて優しい手。
私は思わず赤面し、あわわ……と焦りまくる。
イケメンな賢者さまの顔が近い。けど嫌な感じはまるでしない。
無邪気な子供か、子犬にじゃれつかれたような、そんな気持ちがする。そう、自然体だからだ。こんなふうに感情を素直に、臆することもなく表に出せるカレルレンがちょっぴり羨ましい。
「ユマ、君を食客として僕の家に迎え入れたい」
「しょっきゃく?」
「食っちゃ寝するだけの気楽な立場だとおもうなよー」
なぜか噛みついてくるサクラちゃん。
「あはは、ところで……。わたし帰れるんですか?」
門限は夜の7時なのですけど。遅くなるとお母さんとお父さんが心配するし、犬のシロの散歩もしなきゃだし。
「あぁそれなら心配ない。今ここにいるユマは、魂の複製。魔法量子的クローン。本体とは切り離されたもう一人の君。存在の可能性だから」
「えっ…………?」
<つづく>