決戦、魔導バトルシップ
星の海に浮かぶ三角形の闇。
それがエイリアンの母艦だった。
ユーグヘイムさんの分析によれば、一辺の長さは最大で二百キロメル。艦というよりは超巨大な要塞、彗星サイズの宇宙船が侵略の拠点なのだ。
「カレルレン、ユマとグレイ、それに乗員たち。ここからは後戻りのできねぇ最終決戦だ!」
ユーグヘイムさんの声に皆が応え、気勢をあげた。ここまできたら当然、覚悟は出来ている。
新生、超竜級魔法戦艦、新・轟雷天主号は魔導機関全開。地球と赤き月の中間地点に位置する、巨大なエイリアンの母艦めがけて突進している。
と、月と星の光を遮る漆黒の三角形の中で、無数の赤い光が瞬いた。
「ユーグヘイム、高エネルギー反応多数!」
「ま、そりゃぁ気づかれるわな」
カレルレンの周囲に浮かぶ魔法のウィンドゥには、赤い警告文字でロックオンとある。
「防御結界展開、耐熱、耐光量子防御!」
ユーグヘイムさんの指示で乗員たち――おそらく全員が魔法を使える訓練された兵士たち――が、コントロールパネルに手を押し付けて魔法力を注ぎ込んだ。
目に見えるほどに光輝く魔法円のシールドが、艦の前方に多重展開する。
次の瞬間、赤い光が散弾のように降り注いだ。目の前で無数の光が炸裂し、艦全体が揺れた。赤いビームが雨のように周囲の宇宙空間を流れてゆく。
「熱線砲で狙い撃ちか! しかも三脚蟲とは出力が桁違いときやがった!」
真正面の魔法結界がひときわ激しく光り、爆発した。
攻撃は激しく、止むことはない。結界の綻びから熱線が、艦の装甲へ着弾。艦体が大きく揺れる。
「きゃっ!」
「不安」
私とグレイちゃんは祈るような気持ちで、狭い戦闘指揮所の隅っこで手と手を取り合って見守るしかなかった。
「戦艦が簡単に沈むか……!」
ユーグヘイムさんが操艦し、避け続ける。激しい攻撃に晒されながらも、艦はなんとか攻撃に耐え抜いた。
「防御結界65%喪失、再展開まで20秒!」
艦橋の女性オペレータが叫んだ。
「防御結界の再生急げ、間に合わんと次はもたねぇ!」
「前方に高エネルギー反応多数! 第二波、来ます!」
切迫した声が艦橋に響く。超巨大母艦の猛攻に、いきなり大ピンチだ。
「僕に任せて」
その時、カレルレンが魔法円を周囲に展開した。見たことのないほどに複雑で、美しい魔法円。まるでレース編みの刺繍を思わせる精緻さの。
「どうしようってんだ!?」
「『赤き月』の恩恵で、僕の魔法も限界を超えて、極大化しているはずなんだ」
フォン! と光のヴェールが広がり、艦橋の戦闘指揮所を通り抜けて新・轟雷天主号全体を包み込んだ。
「着弾します! 防御結界、間に合いません!」
女性オペレータの悲痛な叫び。目の前には豪雨を思わせる赤い光の束が迫っている。
「大丈夫、たぶん」
「たぶんって、おま……」
誰もが衝撃を予想して身構えた。だが――
「あ、当たらねぇ? 熱線砲がすり抜けていきやがる」
光のシャワーの中、新・轟雷天主号は悠々と進んでいた。
シールドや結界で防いでいるのではない。ビームがあらぬ方向に狙いを外しているかのように。
「確率変動結界、『命中するはず』の確率を極限まで下げたんだ。周囲の空間限定でね」
カレルレンもホッとした様子で微笑んだ。
「マジか、すげぇな!?」
「すごい……!」
確率そのものを操作する。それって最早、因果率操作に近いのではないだろうか。超高度な科学や魔法だけが成し得るという。
「古の魔導書にあった伝説の魔法なんだ。『真の魔法』は失われた叡智のはずなのに、僕ごとき未熟者が……」
「赤き月が頑張れって。応援してくれているんです」
私は戸惑うカレルレンに声をかけた。
「ユマ、君は……もしかして太古の世界で彼らに?」
「会いました。というか全員が真の魔法を使う人ばかりだった気がします」
「呆れた、君は僕がたどり着けない神話の領域を見てきたんだね」
「すべてグレイちゃんの、科学のおかげですけどね」
なるほど、とカレルレンは納得したようだった。
戦いの最中、少しでも話ができてよかった。
熱線砲の攻撃は続いていたけれど、やがて諦めたように止んだ。というより、母艦の懐に飛び込んだからだろうか。
三角形の巨大な要塞が目の前に迫っていた。表面は岩のようで無数のゴツゴツした突起が見える。
「近い、大きい!」
人造の構造物のはずなのに表面は月面を思わせた。自然の岩や砂で覆われ、クレーターが無数にあった。
おそらく長い旅をしてきたのだろう。暗く、孤独な宇宙を何千年もかけて渡ってきた、エイリアンたち。
私は一抹の寂しさを覚えた。
グレイちゃんのような宇宙人もいる。なのに、こんな不幸な形でしか出遭えない異星人、エイリアンもいることに。
警報が鳴り響き、再び艦内が慌ただしくなる。
近くで観察すると、黒い三角おにぎりを思わせる中央部分はやや凹み、内部は空洞になっているらしかった。複雑な構造物が内側に無数にあるのが垣間見える。ぼんやりと雲のように、赤い光が無数に点っている
「あれが、中枢……!」
「よし懐に入り込むぜ、敵母艦の中枢を狙う! 艦首、主砲、発射準備!」
「了解!」
「カレルレン! ってことはよ、こっちの命中確率も操作できるってことか?」
「まぁ、おそらく出来るね」
「頼むぜ」
「艦長! 第三波、攻撃来ます! これは……三脚蟲です! 数百……無数の敵機が接近中!」
エイリアンの母艦から無数の黒い点が、羽虫のように放たれた。魔法のモニターがその姿をズームする。全て三脚蟲。穴の開いたピーナツのような物体を脚に抱えている。宇宙空間機動用のパックなのだろう。
「構わねぇ! このまま突っ込むぜ! 対空火器、他の兵装も全解放! 出し惜しみは無しだ!」
「了解、全兵装解放、使用制限解除! 繰り返す、オールウェポンズ・フリー」
警報が一層けたたましく鳴り、魔導機関が唸りをあげる。
「撃て!」
針ネズミのような武装に囲まれた超竜級魔法戦艦、新・轟雷天主号は一斉にすべての武装を解き放った。
前方で無数の球形の光が弾けた。
光るブドウを思わせる輝きが、止むことなく生まれては消えてゆく。迫り来る数百機の三脚蟲を確実に、光の矢が、魔法の弾丸が仕留めてゆく。
『よく頑張ったけど、無駄ーっ!』
それでも対空火器をすり抜けてくる三脚蟲は、甲板にいたサクラちゃんが鋭いブレスで粉砕する。
激しい戦いの中、ついに艦は中枢の真正面へと艦首を向けた。地獄の底を思わせる穴が開いている。
「魔導重粒子加速砲、発射!」
ユーグヘイムさんが全魔法力を艦に注ぎ込んだ。艦首の巨大な砲口が唸り、光を放った。
轟音と閃光。
前方に群がっていた三脚蟲は、衝撃波で殆どが瞬時に破砕、消滅した。
「いっけぇええええ!」
青白い雷光を伴った光の柱が、暗い宇宙を切り裂く。まばゆい輝きはエイリアンの隠れ棲む母艦の洞穴を照らしながら、深淵へと突き刺さった。
「着弾ッ!」
ドッ……!
巨大なエイリアンの母船の内側の構造物――おそらくは都市――が内側から膨れ上がった青い光に飲み込まれた。わずかに遅れて、衝撃と、巨大な赤いマグマのような火柱がせり上がる。
内側に叩き込まれた超強力なエネルギー放射砲が、内部の構造物を沸騰させ瞬時に巨大な火球を生じさせたのだ。
沸騰した溶岩流は、不気味な黒い結晶のような都市を、飛び立とうとしていた三脚蟲を飲み込んだ。
「うぉおおおっ!」
乗員たちが歓声をあげた。
「ついにエイリアンの母艦を……」
「やっつけた……!」
黒い三角形の中心に真っ赤な光が生じ、そこから赤い稲妻のような亀裂が全体に広がってゆく。割れ目からはマグマが噴き出し、加熱による崩壊の連鎖が止まらない。音のしないはずの宇宙空間に岩山が崩れるような崩壊の音が響いた。
「やったか……!?」
その光景を眺めながら、汗だくのユーグヘイムさんが呟いた。全身全霊で魔法力を戦艦に注いでいた。魔力がいくら豊富でも、それを使う人間が限界なのだ。急速に魔導機関の音が小さくなる。
カレルレンが異変に気がつき駆け寄る。
「魔導機関なら少しは僕でも」
「すまねぇ、カレルレン」
「母艦の崩壊に巻き込まれます、退避を!」
女性オペレータが上ずった声で叫んだ。新・轟雷天主号はゆっくりと取り舵いっぱい。艦首の方向を崩壊してゆく黒い三角形から地球へと向けた。
その時だった。
すさまじい衝撃が艦を揺さぶった。
「どわっ!?」
「な、なんだ!?」
警報が鳴り響く。ぐわん、と艦が傾いた。人工重力で立っているはずの私たちも床に転びそうになった。
魔導機関の出力が低下し、制御しきれていないのだ。
「グレイちゃん!」
転んで椅子にしがみついていたグレイちゃんを助け起こす。
「ユマ、まだ、いる」
「えっ!?」
グレイちゃんの視線の先、窓の外を見る。ぐにゅる、と黒い何かが艦体に絡み付いていた。黒々としていて脈打つ、触手のような何かが。
『こいつ離れ……きゃうっ!?』
「サクラちゃん!」
甲板にいたサクラちゃんの悲鳴だった。窓に顔を押し付けて外を見る。そこには信じられない光景が広がっていた。
崩壊してゆく三角形のエイリアン母艦。そこから、じゅるじゅると触手が伸びていた。とてもつもない大きさの、タコの化け物のような、黒いヌラヌラとした物体が這い出してくる。
「な、なんだぁああっ。あれは!?」
「生命体………!? まさかあれが、エイリアンの……」
すさまじい大きさだった。
生命体として考えれば信じられない巨大さだ。母艦と比較すれは小さい。それでも数キロは優にある。粘着質の腕でさえ、十キロメル彼方いるこの戦艦を捕らえているのだから。
「女王」
「エイリアン・クィーン!」
グレイちゃんの言葉に私は呻き声をあげた。
おそらくあれが、母艦に隠れ潜んでいた敵の親玉。エイリアンたちの母体。ぶくぶくと泡立つ体表面、そこから生えた無数の触手は、原初のおぞましい不定形生命体を連想する。地獄の業火でも死なない邪神さながらに。
突然ギィン、と凄まじい頭痛に襲われた。
「ぐっ!?」
「きゃあっ」
全員が頭を押さえ、膝を折る。
『殺、殺、殺、殺、殺、殺、殺、殺、殺、殺、憎、憎、憎、憎、憎、憎、憎、憎、憎ッ』
凄まじいまでの憎悪。
悪意、殺意、全ての負の感情を濃縮したような意思が流れ込んでくる。
それはエイリアン・クイーンが放つ、超常の波動だった。
<つづく>




